第4話

「もう夜も遅いから、手短に話そう。

銀の髪の者を見たことは?」


ダイレンの言葉にラナはふるふると首を横に振った。


「そうか。無理もない。

銀の髪の者は妖精の取り替えっ子として忌み嫌われる存在だ。

その者たちは月蝕の夜に生まれる。

生まれながらにして強い魔力を持ち、人よりも妖に近い。

人ならざる者と言っても良いだろう。

多くは生まれた日に親から離され神殿に連れて行かれる。

そして女は巫女みこに、男は巫覡ふげきになるように育てられる。

神からの神託を宿す者だ。

稀に人々の前に出る時には上半身を覆うようにヴェールで隠されているため、普通の人間がその姿を見ることはほとんど無いのだ」


特にラナは貧しい家庭で生まれたこともあり、神殿のある大きな街には

赴いたこともなかった。

しかし、腕の中でスヤスヤと眠るウラの整いすぎた顔は確かに「人ならざる者」と言われると納得してしまうほどである。


「マナナン・マクリールが仰っていた、この子の複雑な業というのは」


「詳しいことは私にも分からない。

これは私が若き日に神託を受けた時の話だ」


一つ呼吸を置いてから、ダイレンは話し始めた。


ダイレンは幼い頃から、精霊や妖魔の類が見える子どもであった。

そういう子どもも魔力が強いとされ、神殿で魔術と神学の勉強を受ける。

ゆくゆくは司祭となるように育てられるのだ。

この世界には魔法が当たり前のように使われているが、使える人間はそう多くはない。

大抵のそういう子どもが神殿で育てられるからである。

その多くは司祭となる道を志すが、中にはダイレンのように街に出て魔導師として独り立ちする者もいる。

ダイレンも最初は司祭の道を志していたが、その神託を受けたことで街に出ることを決意したのだ。


「その神託はなんて…?」


「満月の夜に現れる『銀の髪の乙女』。

その乙女は隠されたものを暴くもの。天と地の均衡を守るもの。

妖精の取り替えっ子であって、そうではない。

お前はその者に生きる術を与えよ。道を照らし導け。

それが叶うまでお前に愛は訪れない」


一言一句忘れていないのだろう。ダイレンの口からはその神託がスラスラと出てきた。

それを言うダイレンは苦々しい顔で、眉根を寄せている。


「まるでその神託は呪いのように私の心に重くのしかかった。

まだ十代のうら若き頃だ。

いつかは愛や恋を知ると信じていた頃だ。

そのまま司祭となる道を選べば、神殿に縛られ更にその機会が遠のくだろう。

私はそれが怖くて神殿を出た。

街に出て、人との繋がりを持てばきっといつかは愛を知る日が来る。

そう思って、魔導師として独り立ちすることを選んだのだ」


自身の得意であった治癒魔法を売りにして、魔導師として開業したダイレンはそれなりに繁盛した。

稼いだ金で社交場へ繰り出し、たくさんの人との繋がりを持った。

おかげで人脈は広がり、魔導師としての仕事は軌道に乗った。

小金があると分かれば言い寄ってくる女もいたし、恋愛の真似事をしてみた時期もある。

しかし、やはりダイレンの心が満たされるような愛はどこにもなかった。

探し続けるうちに齢は五十を超えた。

探しても探しても見つからぬものにダイレンの心は疲弊し、そして諦めたのだ。自分が愛を知るのは『銀色の髪の乙女』に道を指し示すことが出来てからなのだと。

そこからダイレンは商売の値段を吊り上げた。

いつか出会う『銀の髪の乙女』に遺せるものは多い方が良いだろうと思ったからだ。

いつ出会うかも分からないようなそんなものに縋るしかないほど、ダイレンは疲れていた。

何か心の支えが欲しい。その思いでダイレンは生きていた。


しかし、そんな商売のやり方が受け入れられるはずもなく

ダイレンが魔法を使えば使うほど、人々はダイレンを嫌った。

居心地が悪くなれば街を変え、村を変え、たどり着いたこの村でダイレンは海へ向かった。


愛を知れず、『銀の髪の乙女』も一向に現れない。

手元にある莫大な金も、一人では虚しいだけだ。

もういい。もう、死んでしまいたい。


そんな気持ちで裸足のまま海に入った。


緑色の髪の美しい人魚メロウが「こちらへ、こちらへ」と優しく微笑んでいざなってくれる。

手を引かれるままざぶざぶと海に入っていく時に現れたのがマナナン・マクリールだった。


「私の子どもたちよ。その男はまだ生きねばならない。

運命の乙女の導き手を、食べてしまってはいけないよ」


メロウたちが笑いながら「残念」と言い、その手を離すとダイレンはその場に

膝をついた。

首まで海に浸かりながら、死ぬことも出来ないのかと絶望したのだ。


「導き手、悲しむことはない。

もう少しの辛抱だ。運命の乙女を産み落とすために星々が動いている」


「私はもう寂しいのです。私のような者でも、愛し愛されたいのです」


「本当にもう少しなのだ。乙女が現れるまで、私が話し相手となろう。

お前に愛はやれないが、友情をあげよう。

あの高台に家を建てるのだ。寂しくなったら海を見てごらん。私はいつでもそこにいる。

たくさんの話をしよう。人間の友よ」


それから何千の昼と夜を語り合っただろう。

ダイレンとマナナン・マクリールは『銀の髪の乙女』を待ち続けたのだ。


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