ユニークスキル『我慢』持ちの底辺配信者、ダンジョン探索中に有名なＪＫギャルを助けたら急にバズってしまう……あの、無自覚に誘惑するのはやめてください。我慢できなくなるので

第26話

「せんせー……ちょっと！　ハズいってば！」

　恵美が遠慮がちな手つきで、俺の背を叩いてきた。

　俺は腕の力をゆるめない。離れがたかったからだ。

「エミル、お前に出会えたことは……俺の人生最大の幸運だ！」

　感情を爆発させている。自制がまるで効かない。俺らしくないな。

「……そっか。うん、ウチも……」

　あきらめたのか、恵美が手を下ろして、されるがままになった。

　しばしの間、抱擁を味わう。

「……っ！？」

　我に返ったのち、俺はパッと身を離した。

「ち、ちがう！　そうじゃないぞ！　これはいわゆる告白なんかじゃ――」

　言い訳をポロポロ垂れ流していく。俺は衆人環視の下、いったい何をしてるんだか……。

「――で、あるからして！　あくまで教師としてのスキンシップだ！」

「へーえ、そうなんだ？　いち教師が生徒をハグするのはフツーなんだ？」

　最後まで聞き終えた恵美がふくれっ面になっている。

　俺はおそるおそる恵美にたずねる。

「怒ってるか？」

「べつにー？　ただ、せんせー……じつは女たらしなんじゃね？　と思っただけ」

　恵美がプイとそっぽを向いた。

“こンのむっつりスケベがよぉ！　エミルに手ェだすなって忠告したろうが！”

“レオポルトのクセにナマイキだぞ！”

　リスナーの大ブーイングが発生してしまう。

　俺の混乱をよそに、恵美がうずくまるアゲートに手を差し伸べる。

「対戦ありがとね！　アゲートちゃん、メッチャ強かったし！」

　アゲートが顔をあげて呆然となる。

「……なんのマネですか？　敗者（わたし）を嘲笑っているのですか？」

　恵美がてらいなく笑いかける。以前のトラブルなど忘れたかのように。

「んなコトないって！　……じつはさ、ウチ、アゲートちゃんにあこがれてたんよ」

「え？」

　予想外とばかり、アゲートが目を見開いた。

「周囲におもねることなく、自分を貫いてるカンジ！　カッコいいなって思ってた！」

　恵美がアゲートの手を強引に握りしめる。

「そういや、ウチが勝った時の条件きめてなかったし……もしよければ、ウチとトモダチになってくんない？」

「…………」

　アゲートが恵美の目をまっすぐ見返していた。漂白されたような表情。

「センパイとして色々、教えてほしいし！　……ダメかな？」

　反応を待つ恵美に対し、アゲートが、

「――ふ、うふふ！　あははは！」

　こらえきれずに吹き出した。

「なんですか、それは！　勝者なのですから命じればいいでしょうに！」

「いやいや、トモダチって命令してなるモンでもないっしょ？」

「そうですね……そういうかたでしたね、貴方は」

　アゲートが恵美の手をとって立ち上がる。

「白状すると……私は貴方のことがうらやましかったのです。みんなの中心にいて、笑顔を生み出すことができる……そんなこと、私には逆立ちしても出来ませんので」

「え！？　マヂ！？　……そしたらウチら、最強コンビになれんジャン！　たがいに持ってないモンを補い合えるし！」

「また調子のいいことを……」

　苦笑するアゲートの横顔がスッキリしていた。憑き物がおちたように。

　それを見て、俺はアゲートの前に進み出る。

「あの、さ……正直、俺の中でも答えを出せてないけど……悪くないモンだろ？　他者と交流するっていうのは」

　困らされたり喜ばされたり、困らせたり喜ばせたり……その手の感情を味わえたのは、恵美に出会えたからこそだ。

「キッチリ答えを出して配信で発表するよ。見守ってくれると助かる」

　そこに意義を見出したい。ラベリングしなきゃ不誠実だ。

　アゲートが意を決したように俺に頭をさげてくる。

「先日は大変、失礼いたしました……私、イチから出直そうと思います。自分を見つめ直す必要があるようです」

　恵美が気安くアゲートと肩を組む。

「ウムウム！　悩みごとがあったら相談に乗るし！　遠慮なく頼ってくれたまえ！」

　話がいいカンジでまとまってくれた。

　俺はホッと吐息をつく、

「――ＦОＷＷＷＮＮ！」

　最中、つんざくような咆哮がアリーナにとどろいて空気をブチ壊した。

　結界の破砕音が響き渡り、観客たちが悲鳴をあげる。

　俺たちの頭上、合成獣が羽ばたいている。ワシの頭部と両翼、ライオンの胴体を持つ異形。

“グリフォンじゃねえか！”

“騒動が収束したと思ったら……またイレギュラーモンスター！？”

“スタンピードが起こるのか起こらんのか、もう分からん！”

　グリフォンの強さは第６層モンスターに相当する。恵美はおろか、アゲートも太刀打ちできまい。

「観客への被害は避けたい……みんな、伏せろ！」

　俺は周囲に呼びかけ、腰を深く落とす。足を極限までたわめた。それを一気に解放、グリフォンめがけて跳躍する。

　その反動に耐えきれず、会場の土台が爆散した。地面が揺れて観客たちがあわてふためく。

　グリフォンが機首を曲げて回避する――のを許さず、俺は縦に一刀両断した。

「三度目のイレギュラーモンスター……」

　俺は地上に降り立ち、呟いた。

　なんらかの異変が水面下で進行している。未知の怪物が忍び寄ってくるかのようだ。

　しかし、何もわからないまま……俺たちは解散の運びとなる。

　不気味な余韻が尾を引いていた。