第13話

 コツをつかんだのだろう。恵美の戦いぶりは安定していた。

 ハラハラさせられるような局面もなく、立ちふさがるモンスターをくだしてのける。


 そしてボス部屋手前の大関門に到達した。重厚な両開きのタイプだ。

 表面が生物のように脈打つさまは、えもいわれぬ不気味さがある。


 恵美が首筋に冷や汗を浮かべる。


「ほかの人の配信で見るより迫力あるし!」


 俺は恵美と向き合う。


「そろそろ時間もギリギリだ。ここで引き返すのもよし、フロアボスにいどむもよし……どうする?」

「せんせーはウチなら出来ると思ってくれてんだよね? ……チャレンジ一択っしょ!」


 恵美が意を決して扉に触れる。


 途端、石造りの扉がひとりでに開かれていく。腹部を揺らすような重低音を発して。


 その先の大空洞で、巨大なトカゲが待ち受けていた。全長にして2メートル弱。

 黒ずんだ体皮が金属質のツヤを放つ。ところどころ、紋様のように炎を纏っていた。

 ――サラマンダー。初心者の壁たる第1層のフロアボスだ。


 サラマンダーが舌を伸ばして恵美を威嚇する。


「キシャアアア!」


 恵美が顔色を青ざめさせつつ、それでも一歩一歩、踏みしめていく。


 サラマンダーの足元に簡素な魔法陣が展開された。口腔をいっぱいに開き、挨拶がわりの炎を吐き出した。


「飛び道具は卑怯っしょ!」


 恵美が横に身を逃した直後、火球が元いた空間を通り過ぎていく。


「あんなん喰らったら黒焦げジャン!」


 恵美が顔を引きつらせる。


「とりま、距離を詰めないと、攻撃できないし!」


 腰を落として足をバネに飛び出した。身体強化スキルのおかげで、その速度は野生動物にも匹敵する。


 サラマンダーが火球のつるべ撃ちで恵美を迎撃していく。


 恵美がジグザクな軌道で火球群を回避する。多少、手こずりつつもサラマンダーを打撃の間合いに捉えた。


「近付いちゃえば! こっちのモンだし!」


 サラマンダーの脇腹に強烈なブローを見舞った。


「き、ギィオオウ!?」


 サラマンダーが苦痛にあえいだ。


 ヒット&アウェイの要領で、恵美がいったん距離をとる。


「なにこれ、カタすぎ!」


 手甲をビリビリとふるわせていた。サラマンダーの頑丈さは、ほかの第1層モンスターの比ではない。


「それに……そばにいるだけでヤケドしそう! 息苦しくなる!」


 恵美が肩で息をしていた。

 サラマンダーはたえず炎を纏っている。接近しただけでスリップダメージに肌をあぶられてしまうのだ。


 俺は恵美を鼓舞する。


「大丈夫だ! お前の耐久値なら、その程度の熱に負けない! お前のパンチはサラマンダーに着実なダメージを与えている! 隙を与えず纏わりつけ! 蓄積させていけば、遠からず倒せる!」

「う、ウス! やってみる!」


 恵美が相手の側面に回りこんで拳を繰り出していく。

 しかし引け腰なのは否めない。理性で抵抗感をおさえこもうとしても、本能的に火に近づくのはイヤなのだろう。


 こればっかりは一朝一夕で、どうにもならない。

 まだ三回目の探索だ。俺としたことが……機を見誤ったか?


 サラマンダーがわずらわしそうに尻尾を振った。恵美を振り払わんとする。


「やっば――!」


 恵美が背後に飛んだ。尻尾のかすめた事実を実感してか、小刻みに全身をふるわせる。

 完全に吞まれてるな。本来のパフォーマンスを発揮できていない。


「撤退させるべきか……?」


 俺はちいさく呟いた。第1層ならば、ボス部屋に踏みこんでも離脱不能にはならない。


「いや、まだ手はある……エミル、ユニークスキルを使ってみろ! 使いかたは分かるな? この場を切り抜けるに、最適の『皮』を選べ!」

「りょ、りょーかい!」


 恵美が俺に頷きを返してきた。手元に空間のひずみを生み出し、亜空間から水色の膜を取り出した。

 アイテムボックスに収納されたドロップ品のひとつだ。


 これまでの行程で、恵美は複数のモンスターを討伐してきた。

 そしてモンスターは殺されたとき、確率で戦利品を落とす。そうした素材は建築や医療など、さまざまな分野で活用されている。


 素材を売り払うか、自分の装備に加工するのが冒険者というもの。


 恵美は天運のパラメータが世界の頂点に近い。ドロップ率も相応のはず。

 今回、恵美の取り出したアイテムは『スライムの被膜』だ。


 恵美がブヨブヨの被膜に視線を落とし、渋面を浮かべる。


「これをかぶるの……なんかキモいかも――だけど! そんなコト言ってられないし!」


 服を着るように、被膜をみずからの頭部に覆いかぶせた。

 そうするやいなや、恵美の全身が目のくらむような光を放つ。


 一瞬のち、恵美の姿が様変わりしていた。流水のような羽衣をまとった天女へと。

 全身をヌルリと包みこむ装束はシースルー……ようするに恵美の下着が透けて見える。


 恵美が自分のナリを確認して苦笑する。


「あ、アハハ……メッチャ恥ずいけど! 開き直ってブチのめすし!」


 ヤケを起こしたようにサラマンダーへと挑みかかった。

 先ほどとは段違いの立ち回りだった。軽やかな足運びでサラマンダーを翻弄、隙を見つけるや、容赦なく打ち据えていく。


「スッゴ! ゼンゼン熱くないし!」


 これこそ恵美のユニークスキル『変身』の効果だ。モンスターのドロップ品――体の一部を装備することで、その特性を得る。

 スライムは弱いモンスターだ。しかし熱耐性にすぐれている。それこそ格上のサラマンダーの炎をものともしないほど。


“うおおおお! 変身した!? ニチアサの魔法少女アニメみたいだ!”

“ふーん、えっちじゃん”

“ありがとうございます! ありがとうございます!”

“ふぉおおおおお! 脳内フォルダに焼きつけねば!”

“エミルをそんな目で見るな、俺! あくまで大事な娘! それ以上を期待したって無意味だ! 身の程をわきまえろ!”


 チャット欄が熱狂に包まれていた。どうやら変身スキルは配信ウケもよさそうだ。恵美はつくづく持ってる側の人間だな。


 サラマンダーが死に体になっていた。無防備な頭部をさらしている。


 トドメとばかり、恵美が拳をおおきく振りかぶった。


「これで! トドメ!」


 強烈なフックがサラマンダーの顎にヒット――するのみならず、その首をゴキリとへし折った。


“よっしゃあああああ!”

“ナイス!”

“オイオイ、三日目でフロアボスを撃破しちまったぞ!”

“やっぱ、エミルは天才だわ!”


 勝利を称えるコメントが雪崩をうった。


 サラマンダーが粒子に分解されて消えるのを見届け、恵美が俺のもとに走り寄る。


「ねえ、せんせー! ちゃんと見てくれてた? ウチはちゃんとやれてた?」


 息せき切って問いかけてきた。幼子のように、純真な眼差しを注がれる。


 あまりに微笑ましいものだから。俺はついつい調子に乗った。恵美の頭部にポンと手を置いて髪をクシャクシャになでる。


「よくやった! 師匠として誇らしいぞ!」

「うん! うんうん! ウチ、ガンバったモン! 中途半端で逃げないモン!」


 恵美が泣き出しそうな顔で何度も頷いてる。口調まで幼児退行を起こしていた。


 しばらくの間、おとなしくしていたものの――


「ひゃっ!」


 恵美が俺の手を一瞥すると、我に返って奇声をあげた。狼狽して視線を泳がせる。


「わ、わるい! 不快だったか……?」


 俺はあわてて手を引っこめた。


 恵美が気まずそうに首を横に振る。


「ううん、こっちこそゴメン……ウチってば子供の頃、親にホメられたことなかったんだよね……強敵撃破でテンアゲになってたんだけど、冷静になったらビックリしちゃって」


 顔を赤らめて面を伏せた。突然、恥ずかしくなったのか?

 さっきは、俺にセクハラまがいのスキンシップをさせていたのに?


 なにやら両親との関係に問題を抱えているようだが、友人でもなんでもない俺が踏みこんでいいことでもない。

 他人という存在は、分からないことだらけだ。

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