第19話 家族編(六)徘徊

 見学から帰った達也は、細田の施設にするか奥戸の施設にするか迷っていたが、結局料金が安い奥戸のデイサービスを利用することにした。そのことをケアマネージャーに伝えると、すぐに契約を交わす運びとなり、週三日間デイサービスを利用することとなった。


 デイサービスは朝九時に車で迎えに来て、体操、ゲームなどの遊びごと、散歩、昼食、入浴を行って、夕方五時に車で送られて来る。達也が利用した奥戸のデイサービスは、七時まで延長することが出来た。


 母親がデイサービスに行っている間、達也はほとんどの時間を睡眠時間に充てていた。認知症が進んだ母親は、昼夜を問わず家の外に出て行こうとするので、夜もろくに眠れなかったのである。たとえ母親がぐっすり眠ったとしても、達也が寝ている隙に起きだすとすぐ外に出て行こうとするのであった。


 母親が徘徊はいかいしたことで、警察にお世話になる機会も多くなっていった。


 ある一月の寒い時期のこと、デイサービスから帰った母親は、ズボンを脱がせるとそのままベッドに入って眠りについた。達也はその隙に近くのコンビニに行って買い物をして来ようと思い、十分間ほどアパートを留守にした。買い物から帰るとドアのかぎが開いている。あわてて部屋に入ると母親の姿が見当たらなかった。達也は、母親のズボンとコートを持ってアパートの付近を探しまわった。あてもなく探していると携帯が鳴りだしたので、でてみると警察からの知らせであった。


「今、駅前の交番でお母さまを保護しています」


 以前、母親が警察に保護された時、達也の携帯番号を警察官に知らせていたため、その情報が警察機関に登録されていたのである。母親は一月の厳冬げんとうのなか、長袖のシャツ一着と紙おむつを身に着けただけの姿で、スーパーの出入り口付近を歩いていたらしい。母親を連れ戻しながら、せめてもうひとり介護する者がいればと考えていたのだが、あの姉のことを思い浮かべると、致し方がないことであった。


 母親の異常な行動はさらにエスカレートしていった。トイレが認識出来なくなったため、場所をかまわず糞尿ふんにょうをするようになってしまったのである。夜中に目が覚めた母親が達也の部屋に入って来て、椅子いすに腰掛けた途端におむつを脱いで糞便ふんべんをしてしまったこともあった。便器と椅子の区別もつかなくなっていたのであった。

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