後編 『柱間陽兵の支払』

「なんだ、またあんたかよ。何回来たって金ならないよ」

「あのね、キミ。借りた金返すのは当たり前だろう?」


 少年はクイッとあごを傾けた。

 奥に広がる四畳半の光景を見てみろ、と。


 たしかに。なさそう。

 奥では敷きっぱなしの布団で父親が寝たふりをしている。

 少年の背中には赤ちゃんをオンブした妹が不安そうに隠れている。


 もう、ホント心が痛む。


「それより兄ちゃん、手ぶらかよ?」

「いや、お土産にプリン買ってきたよ」

「サンキュ。まぁ上がってきなよ」


……というわけで、こたつに入ってこの兄妹がおいしそうにプリンを食べているのを眺めている。


「ところで本題なんだけど……」

「だから金ならないよ。父さん、退院したばっかなんだよ」

「だろうね。でもさ、こっちも困るんだよ。少しでも誠意っての?そういうの見せてもらわないと」

「気持ちだけでいいんならいくらでも」

「いや、現金じゃないと」

「おじさん、心が痛まないの?払わないって言ってんじゃないんだよ。あとで払うって言ってんの。こっちだって食費とか光熱費とか税金とか社会保険とかさ、とにかくいろいろあるんだよ」


 まったくどっちが年上なんだか分からなくなる。


「その『あとで』っていうのが困るんだよなぁ」

「じゃさ、出世払いとかダメ?オレ、きっとビックになるぜ」

「なにで?」

「そりゃ、なんかで。自信はあるんだ」


 はぁぁ。


「なんかないの、お金になりそうなもの?」

「てか、マジであるように見える?」


 心配そうな小っちゃい妹さん、よだれを垂らした赤ん坊、背中を向けて寝たふりを続けているおとうさん。

 タンスはなくて段ボール箱。机はなくて段ボール箱。布団の代わりも段ボール箱。

 部屋の隅には畳んだ段ボールがたくさんある。金目のモノなんかなにもない。


「おじさんも手ぶらで買えるわけにはいかないんだよねぇ……」

「だろうね。いま返せるのは……」

 少年はポケットの底に深く手を突っ込む。

「……この五十円くらいだな。これで今日は勘弁してくれない?」


 陽兵君がピンと指先ではじいた一枚の硬貨を受け取る。

 ん?

 なんかこれ、ちょっと……違和感あるな。


 手のひらを開いてみてすぐに分かった。

 確かに五十円玉だ。


「わかった。これでオッケーだ」

「え?いいの?ホントに?50円だよ?」

「ああ、いいよ」

「オッサン、いい人なんだな」

「今頃分かったのかよ。まぁいい、今度はケーキをお土産に持ってきてやる」


 ケーキの言葉に妹ちゃんの顔にパッと笑顔が咲く。

 少年もなんだかホッとしたようにポケットに手を突っ込んでニッと笑った。

 うん。こいつにはこういう笑顔の方がよく似合ってる。


「じゃあな」


 こうしてオレは無事に回収を終えて帰途に就く。


 ポケットの中には50円硬貨一枚。でもただの50円玉じゃあない。穴の空いてない50円玉は『エラーコイン』と呼ばれており、かなり高く売れるのだ。それこそ借金がチャラになるような値段で。


「まったく大したガキじゃないか」


 ~おわり~

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