2.娘が花が美しいと言ったので③

 盗賊達の罪の追求、裏取、真犯人の捕縛。それらが裏で進行している中、伯爵からの要望で、宿に滞在することになったアルベルトとリリアン。謝罪とお礼も兼ねて、もてなしたいという事だった。結局花畑の散策が僅かしか出来なかったこともり、アルベルトはそれを受け入れた。警備は再配置されており、新たに護衛も付けた。それでようやく外出が許されたリリアンは、シルヴィアを伴って花畑に出かけ、存分に鑑賞した。

 その翌日、リリアンを訪ねる者があった。ヴァイオレットの父、プレート伯爵だ。伯爵はリリアンに向かって深く礼をすると、朗らかな笑みを浮かべていた。昨日、わざわざ挨拶にやって来た伯爵は、リリアンにも丁寧な態度で接してくれた。アルベルトに対しては恐縮していたようだが、それは仕方ないだろう。

 要件は昨日済んだはずである。今日は一体どうしたのかと首を傾げるリリアンに、伯爵は困ったように眉を下げたのだった。


「実はリリアン様にお願いがございまして」

「お願い、ですか? わたくしに?」


 リリアンは公爵令嬢ではあるが、決定権というものが無い。大抵の場合成人していない子息令嬢は自分でなにかをすることができないのだ。基本的には当主が許可を出さない限り公的にはなにもできない。それがわかっているだろう伯爵は、ひとつ頷いて、リリアンからアルベルトに向いた。


「ヴァーミリオン公のおかげで、先日より当家が抱えていた問題は解決致しました。花畑はすぐには元に戻りませんが、ならず者を排除することが出来たのですから、あとは時間の問題です」


 伯爵はそこで一旦言葉を切った。


「まずは当面、花畑を戻すのが目標です。ですがそれには時間がかかる。けれどもそれまで町に人が減るのは困るのです。ここで暮らす者にも生活がありますから」

「だろうな」


 アルベルトは適当に相槌を打つ。言っていることは分かるが、正直興味が湧かなかった。一体何の用だろうと思っている。ただリリアンが真剣に話を聞いているから、その邪魔をしないよう、聞いている風でいるだけだ。

 伯爵は、真面目に取り合ってくれる公爵親子に心の内で感謝をして話を続けた。


「花畑に花が戻れば人も戻る。そこで手っ取り早く、『花を添える』ことにしたのです。リリアン様にはそのお手伝いをお願い出来ないかと思いまして」

「それは、どういう事でしょうか?」


 リリアンは更に首を傾げた。

 花畑に花を添える、と言われて、真っ先に思い付くのは移植だ。どこか他所の土地で育てた花を畑に植える、もしかしたら町民総出でやるのかもしれない。リリアンがそれを手伝うのは問題ないだろうが、大して知識の無いリリアンが行ったところで役に立たないだろう。雑用か、賑やかしにしかならない。そんな状況ではなんにもならないから、手伝うわけにいかなかった。

 不思議がっているリリアンの隣、アルベルトはやや険しい表情に変わっていた。伯爵の思惑を察したのである。


(昨日あれほど萎縮していた者と同じ人物とは思えんな。思っていたよりも余程図太いようだ。まさかリリアンをミスコンに誘うとは……!)


 アルベルトは眉間にぎゅっと皺を寄せる。美しいリリアンを美女コンテストに誘いたくなる気持ちは理解できるが、それを許容できるかどうかは別問題である。


(というか、生半可な人物ではリリアンの足元にも及ばない。参加者を募った所でそれではコンテストにならないだろう。まさか出来レースにするつもりか? リリアンを餌に私の機嫌を取る……あり得ない話ではないが、賢いやり方ではない。この男、何を企んでいる)


 もしもアルベルトの想像通り、リリアンをコンテストの一番に据えることでアルベルトの機嫌を取るつもりなら、最悪の手段だ。もしもそれを実行するようなら、プレート家の当主のすげ替えも視野に入る。リリアンに対して無礼極まりないからだ。

 むう、と腕を組むアルベルトだったが、伯爵はにこにことしたままであった。


「実は、近隣に宿泊している方や観光にやって来た方を中心に参加者を募っているのです。町を代表する花、それを編んでかんむりにした物に相応しい女性を決めるという催しをしようということになりまして。町興しの一環で、いわゆる美女コンテストですね。可憐な花と可憐な女性の相乗効果を狙っているわけです」

「はあ」

「リリアンに、それに参加して欲しい、と?」


 ずばり言うアルベルトのその言葉にリリアンがぴくりと反応をする。

 社交的ではあるが、公の場に出る事の少ないリリアンは、注目を浴びることに慣れていない。だから観客の視線を受けて評価されるミスコンなんかには、とてもではないが参加したがらないだろう。

 もっとも実際のところは、どこに行っても注目の的である。なにしろ美しい父と兄に囲まれていて目立つし、リリアン自身もかなり美しいから、貴族の中でも目を引く。それを「注目されていない」と感じているのは、父や兄が周囲の視線を遮るようさり気なく壁になっているからだった。その壁が、視線を集めているのだから、効果のほどは知れたものであるが。

 もし、参加を依頼されたら、リリアン本人から断りが入るだろうとアルベルトは考えていた。リリアンも少し表情が固くなっている。食い下がられたら面倒だなと、アルベルトは伯爵の次の言葉を待った。

 けれども伯爵は「いいえ」と首を横に振った。


「まさか! リリアン様の美しさは突出しています。参加されれば、その場で優勝が決まってしまいます。参加して頂きたい、というお願いではございません」


 ほう、とアルベルトは目を細める。伯爵の思惑はわからないが、目の付け所は悪くなさそうだった。伯爵の言う通り、美しさでリリアンに敵う者など、国内はおろか地上に存在するかどうか怪しいところである。なるほど確かにコンテストには参加させてはいけないだろう。アルベルトは脳内でリリアンの美しさを讃え、うんうんと頷いた。


「伯爵の言い分はもっともだ。では、なにを手伝うのだ?」

「参加側ではなく、運営側です。参加者への表彰の際に、冠を渡す役をお願い出来ませんでしょうか」

「なるほどな」


 アルベルトは一度、隣に座るリリアンへと目をやった。


「コンテスト自体の箔付けか。公爵家の令嬢から優勝者へ、冠が手渡される。そうすればそれなりに話題になる」

「ええ、その通りです」


 伯爵はそっと息をつく。そうして、あくまで参加者ではなく、表彰の場を盛り上げるため、少しだけ出て欲しいということを続けてリリアンに伝えた。

 リリアンはやや不安げだったが、伯爵の真摯な態度で納得したようだった。


「実は、始めは娘にやってもらうつもりだったのです」

「ヴァイオレット様に?」

「ええ。ですが断られてしまいまして。『ヴァイオレットがビオラを表彰するだなんて、つまらない冗談だ』と」

「まあ」


 リリアンはくすりと笑った。ヴァイオレットとビオラ、どちらも意味は『菫』だ。適任だと思わなくはないが、趣旨が違ってしまうのかもしれない。それに、リリアンもこの町にまったく無関係でもない。ヴァーミリオン家として事件に関わっていることであるし、何より友人の実家の助けになるのなら、リリアンが断る理由は無い。


「それだけでこの町が豊かになるとは思えませんが……ヴァイオレット様のお父君からのお願いですもの、その程度でよければ、お手伝いさせて頂きますわ」

「有難うございます、リリアン様」

「お父様、お手伝いしても良いかしら?」


 伺うリリアンに、アルベルトはしっかりと目を合わせて頷いた。


「リリアンがやりたいと思うのなら、私は止めないよ」


 その言葉に、リリアンはぱあっと明るく微笑んだ。アルベルトも表情を和らげる。伯爵はそれでようやく、心の底から安堵したのだった。



◆◆◆



 突発的に決まった美女コンテスト。冠に使用する菫に相応しい女性を選出するということで、一番になった女性には「ミス・ビオラ」という称号が贈られる。副賞には一年間無料で宿を利用できる権利や、いつでも花畑の花が摘み放題になる権利が用意されているから、こちらを目当てにした庶民の参加が最も望まれるものとなっている。副賞目当てに参加者を募り、周辺の店舗や宿にお金を落として貰おうということだ。

 基本的に誰でも参加ができて、飛び込みも可。そういうお祭りが一番好まれる。伯爵の狙いはうまく行ったようで、ならず者による被害があって荒れた割には盛況だった。会場には簡易の屋台が並んで、訪れた人々は楽しげにそれを覗いている。

 コンテストには三名の参加があった。町の商店の看板娘と、宿に泊まっていた豪商の娘、それとお祭りをやるからとやってきた隣町の娘。妥当で最適な参加者だ。

 祭りの名目は、無事花畑の解放が再開されたのを祝うというもの。それで花畑の中心の広場に舞台が設けられた。舞台には伯爵領の他の街から運ばれた花が飾られている。会場を訪れた人々はそれらを眺めながら、各々好みのものを食べたり飲んだりしている。

 酔った人に花畑を踏み荒らされないよう、騎士が配置されているのに驚く人もいたけれど、おおむね祭りは好評であった。開催の告知から二日しか経っていないというのに、来訪者もぞくぞくやって来る。元々観光地であるから、客人を相手にするのは得意な町民ばかりだ。長い間息を潜めるようにして生活していた彼らは張り切って店頭に立っていた。

 先日までとはまったく違う賑やかな光景に、リリアンは傘の下で密かに笑んだ。


 宴もたけなわとなった頃、いよいよ祭りの目玉となる「ミス・ビオラ」コンテストが始まる。リリアンは、突貫で作られた舞台の端、比較的目立たない位置に置かれたテーブルで出番を待つ。大きな傘を立てて日除けにすると共に、これで人の目を遮っている。帽子も被っているから、ある程度近付かないとテーブルにいるのが誰なのかわからない。これはアルベルトが断じて譲らない条件だった。リリアンが目立つとコンテストに影響が出ると思ったからだ。参加者を見る前にリリアンが目に入れば、「え? あの美少女はコンテストに出ないの? この場の誰よりも可愛いのに?」なんて囁かれてしまうことを危惧してのことである。その理由は伏せて、無駄に目立つべきでないと主張すれば、伯爵も承知してくれた。その時にそっと目を伏せたから、アルベルトが言わずとしたことを察したようであった。

 が、残念ながら思惑は外れてしまう。中途半端に存在を隠そうとしたものだから会場に集まった者が皆、傘の下の乙女を覗き込む結果となってしまったのだ。そしてそこに佇む少女に、誰もが目を奪われる。傘の陰にあっても美しい銀の髪は透き通った輝きを放っていて、動きに合わせて揺らめく。少女の隣にいる男性も同じだ。アルベルトの方は姿を誤魔化すような物は身に付けていなかったから、いくら傘があっても美貌の二人が揃っていてはなんの隠蔽にもならなかった。司会からの紹介も無かったため、誰しもがそちらを見るのに表立って話題にもできず、ただ囁きだけで正体の推測がなされていた。幸か不幸か、光の塩梅で銀髪が淡い金に見えていたために、はっきりと断定ができなかったようである。

 コンテストを楽しみにする者と、謎の美少女と美形の男に目を奪われる者とが集まる騒めきの中、参加者が全員舞台に立つ。皆可愛らしく着飾っていた。三人が揃うと、会場からわっと声が上がる。

 審査の内容は「菫の花が似合うかどうか」だそうだ。それをどうやって表現するかというと、単純に衣装で表すらしい。貸衣装が用意されている周到さはあるものの、内容の精査がされていない辺り、本当に突発的に決まったものなのだろう。得てして地方の祭りはそういうものなのだとアルベルトに聞かされたリリアンは深く考えることは止め、楽しげな町民達の様子を見渡した。

 まず商店の看板娘が一歩前に出る。くるっとその場で回転して、スカートの裾を靡かせた。エプロンもそれに合わせてはためく。正面に向き直ると、そこでポーズを決めた。観客が一斉に沸いたのに驚く。その娘は慣れているのか両手を振っていて「うちの店をよろしくね!」なんて叫んでいた。そういう宣伝方法もあるのねと、リリアンは目を丸くする。


(自分の持ち味を生かしているのは評価ができるな。だが愛らしさにもあざとさにもいまいち迫力や説得力が足りない。町娘であればこの程度か)


 アルベルトは、リリアンと比較してその様に判じた。その後で、麗しの天使たるリリアンとは比較するものではないな、と一人笑みを浮かべる。

 淡く笑みを浮かべるアルベルトに、近場でそれを見ていた群衆が釘付けになっていたのだが、それに気が付くアルベルトではなかった。

 ひとしきり歓声が止むと、審査員の三人がそれぞれ点数を発表した。それぞれ持ち点は十ずつ、最高では三十点となる。一番獲得した点数が多い女性が優勝だ。わかりやすい。

 商店の看板娘は六点と七点ずつの、合計二十点を獲得した。初めからこれはかなり高得点である。

 次は、豪商の娘。看板娘は親しみのある可愛らしさがあったが、こちらは迫力のある美しさを持った女性だった。衣装もドレスと言って差し支えないものだ。化粧もばっちり施され、大ぶりのダイアモンドが光る胸を張るようにして、彼女は一歩出る。そこで、堂々としたカーテシーを披露する。会場からは、おぉ、と低く感嘆の声が上がった。高貴な女性が行うカーテシーは、一般の街中では目にする機会は少ない。高位の女性が腰を折る相手が、そもそも街中にいないからである。

 この女性は家が豪商というから、貴族相手の取引もあって、それで娘に貴族女性のような教育を施す余裕と機会があったのだろう。辛うじて形にはなっているが、アルベルトからすればかなりお粗末なものだった。目にすることがない町民からすればこれでも高貴に見えるのだろう。足元をふらつかせる豪商の娘にアルベルトは半目になる。


(あれで礼をしたつもりだろうか? まったく、リリアンの美しいカーテシーを見せてやりたいものだ。重心に一切のブレがない、究極とも言える美しい姿勢を。いや、それは贅沢だな。そもそも私でさえ滅多に見られないのだから。……え? おかしくないかそれは? え、リリアンのカーテシー、向けられた事無い? 嘘だろう、どうしたら向けて貰える……?)


 アルベルトはつまらなそうに頬杖をついた後、神妙な顔付きになる。それすらも逆上せた群衆に鑑賞されていたが、アルベルトの目にはまったく入らなかった。

 豪商の娘には、八点、六点、十点の二十四点が入る。そこでまた会場がわっと沸いた。豪商の娘は、少し納得がいかないような表情をしていたが、会場から歓声が上がることで気持ちを持ち直したようだ。顎をつんと上向かせて、得意げに笑う。

 最後は隣町からやって来たという娘。前の二人より背が高く、痩せているので少しひょろっとして見える。服装は普通のワンピースだった。一般的な女性の服装で、飾りも少ないし色もぱっとしない。それでどんな風にアピールするのかと誰もが見守っていると、その娘はおずおずと前に出て言った。


「ご、ごめんなさい。準備をする時間が無かったので、いつもの服装なんです。なので……」


 娘はワンピースのポケットからしゅるりとスカーフを取り出す。


「こ、これを使います」


 言うや否や、それを対角線で合わせて大きな三角を作り、そこから折り畳んでいって長い棒状にすると首に巻きつけた。そして手慣れた様子でそれを結ぶと、結び目に端を差し込んだり輪になった部分を広げたりして、あっという間に菫の花の形に近いものを作った。淡いピンクの、大きな菫の花が娘の首元に咲いている。

 しん、と会場は静まり返る。娘は顔を赤くして、じっと立ち尽くしていた。

 舞台上でやるにはあまりに地味なパフォーマンスである。後ろの方の観客からは、なにがあったのかはっきり見えなかっただろう。どうしていいかわからない隣町の娘はおろおろと視線を彷徨わせるしかなかった。商店の看板娘もそわそわとしている。豪商の娘なんかは、白けて眉を高らかに上げていた。

 そんな中で、ひとつだけ、拍手が鳴った。そちらに視線が集まる。

 音がしたのは審査員が座る席だった。その真ん中にいる老人が、引き続き手を叩いている。彼はそのまま立ち上がると、なんと隣町の娘を絶賛したのだ。


「こういうのだ! こういうのでいいんじゃよ、菫なんじゃから!」


 ぱちぱちと響く拍手に、更にその右側の男性が続けて手を叩いた。


「町長の言う通りです! うまく趣旨が伝わらなくて申し訳ない。こういうのを期待していたんだよ」


 やがてそれに触発されたように、舞台の端の方からぱらぱらと拍手が広がっていった。そうして全体に広がるまでいくらもかからなかった。呆然とする隣町の娘に、改めて採点の点数が発表された。

 結果は十点、十点、八点、合計二十八点。彼女の優勝が決まった瞬間である。

 隣町の娘は口元を両手で覆い、驚愕に目を見開いている。何度も「嘘」と言っているのがここからでも分かった。


「まあ。あの方が優勝になるのね!」


 リリアンはにこりと笑んで、彼女の健闘を称えていた。

 アルベルトはなんかよくわからん趣旨だなぁと思ったが、そこはそれ、開催者の意図があるのだろう。とりあえずぱちぱちと控え目に手を打ちつけた。

 会場が拍手で溢れかえる。困惑する隣町の娘に、商店の看板娘が駆け寄ってその肩を抱いた。おめでとう、と祝福する看板娘の姿に、いっそう拍手が大きくなる。

 だが、それに待ったをかけた人物がいた。豪商の娘である。


「どういうことよ! このわたしが、こんなちっぽけな催しに参加してやったというのに! どうしてわたしが一番じゃないわけ!」


 それを、審査員の男性が押し留めた。


「菫というのは、花としては控え目なものですから、控え目で可愛らしい方が居るといいなあと思っていたんです。趣旨が伝わっておらず、申し訳ない」

「なんですって……!」


 ぎりっと歯を鳴らす彼女に、町長だという老人がぽつりと言った。


「お前さんの父親には言うたんじゃがの。はて、なにをどう誤解なすった」

「わたしは、目一杯お洒落して参加すれば良いって聞いて、それで」

「ほーん。普通に美女コンテストとしか聞かなかったんじゃな、それでか。なんででっかいダイアモンドとか持ってくるんだろうなあって思ってたわい」

「ちょっと! それどういう事なの!?」


 豪商の娘に詰め寄られる村長は彼女を引き付けると、彼女から見えないような位置で手を振った。先に進めろ、という合図だった。審査員の男はそれを見て、会場の方に体を向ける。


「えー、では、優勝者の表彰を致しましょう。今回は特別に、すごい方に表彰して頂くことになっています!」


 一旦言葉を切った彼は、視線を舞台の端の方に向ける。合図を受けたリリアンは椅子から立ち上がって、シルヴィアを伴い舞台へ向かった。やや緊張気味のリリアンに、アルベルトはそっと手を振って勇気付ける。


「今回、悲しい事に花畑が荒れるという事件がありました。その終決に、領主様と共に尽力して下さった、ヴァーミリオン公と、その御息女、リリアン様がお越し下さっています。今回はこのコンテストの優勝者には、リリアン様から花冠が贈られます。リリアン様、どうぞ舞台へ!」


 リリアンの手に、シルヴィアから菫の花で編んだ冠が渡される。リリアンはそれを両手にしっかりと持ち、舞台へ上がった。途端、会場の誰もが息を呑む。

 花冠はなかんむりを手にした、銀の髪の少女。その髪が一房風に靡いて、微笑む少女の頬を撫でた。伏せた視線が上がり、それが会場へと向けられる。僅かに表情に乗せられた笑みは輝いて見えた。


「……天使」


 誰かがそのように囁いた。小さな、本当に小さな呟きだったけれど、どうしてだか誰しもの耳に届いて、それはすっと胸に染み込んでいった。あまりにも自然に馴染むその響き。だから誰もが、それが間違いのないものだと直感した。

 リリアンは静まり返った中で、しずしずと隣町の娘の元へ向かった。事前に聞いていた通り、彼女の正面までやってくると微笑んで祝いの言葉を述べる。


「この度はおめでとうございます」

「あ、ありがとうございまひゅ……」


 隣町の娘は、美貌の天使に見惚れてぼんやりと頷くことしかできない。

 この後は、彼女の頭に花冠を乗せるだけ。そう聞いたのだけれど、ちょっと想定外のことがあった。仕方なくリリアンはそっと囁く。


「……ごめんなさい、屈んでくださる?」

「あ、はい。すみません」


 背の高い娘には、リリアンの身長では背伸びしても足りなかった。屈んで貰ってようやくその頭に冠を置くことができた。役目を無事終えることができたリリアンは、ほっと息をつく。

 その安堵した笑みさえも、人々の目には天使の祝福のように映る。誰も彼もがリリアンに見惚れて——そうして思ったのだった。彼女が参加していたら、優勝は間違いなかっただろう、と。

 アルベルトは舞台の上のリリアンが、役目をこなす事ができて安堵して漏らした笑みに満足して、大きく頷いた。そうしてその感動のまま、両手を強く打ち付ける。


(ああ、リリアン! その安心した笑顔も美しい……!)


 ほのかに紅潮する頬、それがリリアンの美しさを引き立てる。更に言うならば、やや緊張が抜けたものの舞台上で背筋を伸ばし、その場に相応しくあろうという姿勢そのものが尊い。そんなリリアンを讃えるため、アルベルトは微笑みを湛えて目一杯拍手をし続けた。

 観客達はそんなアルベルトの微笑みに呆けた。けれどすぐに彼の拍手に意識を取り戻して、彼に続いて手を叩く。舞台を見て笑みを浮かべるアルベルトの姿は、優勝者の健闘を称えているように映ったのである。

 結果として、会場には割れんばかりの拍手が沸いた。舞台上の出場者、審査員の三名もちょっと驚くくらいの音量になったそれは、会場に集まった一同の気持ちを高揚させた。それが彼らの記憶に強く結びついて、「ミス・ビオラ」を選ぶコンテストとこの祭りが、とても良いものであったという思い出になる。つまり大盛況という評価で終わったのである。なにしろ、あのヴァーミリオン公が激しく拍手を送ったくらいだ。その娘リリアンも表彰に現れた事であるし、これはもう町を代表する行事となって然るべきであるという意識が生まれた。それらがどう町民達の間で昇華したのかはわからない。けれどもこの小さな祭りは、その地方を代表する花の祭典として大々的に行われるようになるのだった。

 優勝者に送られる花冠に、菫だけでなく百合の花が組み込まれるようになったのはごく自然な流れと言えよう。それはあの日舞い降りた天使に捧げる、町民達の感謝と親愛の証であった。

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