ブレイクダンス・ザ・ギャング

@nihai

序章 立ち入り禁止

景色を染めたのは『音』だった。続いて視界が光に包まれていく。

 常識的に考えると、光速は音速の約九〇万倍にもなるのだから彼が感覚として察知するのは順序が逆であるはずだ。しかし、この場合にはおいては体のありとあらゆる感覚神経が音を優先事項として伝えていた。

 一言でいえばそれは「最悪のタイミング」だった。

 店は大通りに面しているのに、ゴミ捨ての時間だけは隣の通り(ストリート)に身を移さなければならない。理由はこれまた難儀なもので店長が金の支出を渋るためである。大通りなら金を払ってゴミを回収してもらう必要があるのだが、大通りから一つ外れたその通り(ストリート)にはゴミ収集者も好んで寄り付かないため、自由投棄場と化しているのだ。まぁ、その通り(ストリート)にゴミを捨てようとする一般人など片手で数えることができるほどしか存在しないだろうが。

「————ッ‼︎」

 息を飲む暇さえ与えてもらえなかった。ただ、耳の中を突き抜けるように爆音が走る。

 それはまるで猛獣の嘶(いなな)きにも近かった。いや、そんな表現では収まらないのかもしれない。

 鳴り響いたのはドガッッッッッッ‼︎ という破裂音。それが止まることなく続け様に一〇秒間、それこそ息をするように辺り一帯にその咆哮とも呼べる音をまき散らしていく。

 続けて聞こえるのは生々しい誰かの絶叫だった。

 そして追い付いたようにしてようやく光が目を焼いてくる。

 カメラのフラッシュと表現するには可愛げが過ぎるが、それこそ、スタジオに設置されている大型カメラのそれと遜色ない明かりが一帯を埋め尽くすように広がっていく。

 真っ白である意味で綺麗で————、その閃光は通り(ストリート)を染め上げる。

 乱雑に並べられている街灯から放たれている光がまるで蛍の光のように弱々しく感じるほど、目の前から吹き出るその光は明る過ぎる。

「————なにが⁉︎」

 彼は思わずゴミ袋をその場に落下させて両手で目を庇う。それから数秒ほど経過して、その閃光がある程度収まりを見せると彼は手をどけて目蓋をゆっくりと開いていく。

「————ッ‼︎」

 そしてようやく視認するのだ。目の前に広がっている色を。

 ————『赤』

 簡潔に述べるとそれは血の色だった。

 自分の手から落下したプラスチック製のゴミ袋が風に吹かれ、ガサガサと嫌な音を立てている。……たったそれだけの小さな音。

 だが、その小さな音が注目を引き寄せてしまう原因になってしまった。

「……ぅ……」

 彼は小さく呻き声を漏らす。しかしそれは仕方ないだろう。

「誰だ?」

 だって、血の海の中に毅然として立っている少女がこちらを睨みつけてきているのだから。

 彼は動かない体をそのままにして首と目だけでその景色を今一度視認する。倒れている男が五人。そのどれもが深く傷を負っている。そしておそらくその内の三人は確実に死んでいる。

 壁には大穴がいくつも穿っていて、それらが左側から右肩上がりに異様な線を描いている。

 そしてその大穴を開けたであろう正体は目の前に立つ少女の手の中に収められていた。

 それの正体は『AKM』————すなわち自動小銃AK47の改良型である。銃身は長く、少女が持つと多少なりとも不格好に見えるのだが、今目の前に映る光景は微塵たりもとそんな感想を抱かせなかった。

 彼女は転がっている死体の内の一体をまるでそこら辺に落ちているゴミを蹴りあげるように払い退けると、赤色の水溜りの上をなんでもないように踏みつけてこちらに向かってくる。

 ピシャピシャと軽やかな音を立てながら周囲に跳ねているそれらの液体は着色を施されたインクでもなければトマトジュースでもない。ただの血だ。そんな中で自動小銃『AKM』を肩に担いでいる彼女はその炯眼(けいがん)を暗闇の中でより一層際立たせる。

「で、誰なわけだ?」

 気づけば目の前まで迫っていた彼女は銃口をゆっくりとこちらに向けてから尋ねる。

「……」

「こいつらの仲間か?」

 油断を見せる……といっても、銃口はしっかりとこちらを向けたままだが、彼女は後ろを振り返って、血の海を左手の親指で指差す。

「……違う」

 小さな声で応える彼に対して、彼女は頭の先から足までをじっくりと見渡し、

「というか、見たところ向こうの通り(ストリート)のガッソーの制服のようだね」

 彼の服装に気がついたのか、彼女は銃口を地面に向けてから優しい口調で告げ、肩にポンッと手を置いてくる。

「一般人がこんなとこ来ちゃダメだぞ」

 それから呆れ気味に鼻を鳴らすとフイッと背中を向けて歩き出してしまった。

「……」

 彼は言葉を発することが出来ずにその背中を見送る。

 高い位置でくくっている赤色のポニーテールが夜の通り(ストリート)に揺れている。

 それがいつか見た姿に似ていて……。

 ————これは互いが互いの存在を知らずに出会った四月十日の出来事である。

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