拾参 二歳の課題

 はぁ楽しい。



 始めてみたのは鬼ごっこである。

 最初はマイラ一人を、翌日から一人、また一人と増え、側仕えのメイド四人の内三人が図書室に連れ立ってくるようになった。恐らくマイラ一人では私を捕まえられないので応援に呼んだのだろう。

 おもむろに書庫で繰り広げられる逃〇中は、日本の図書館などでは到底許されない蛮行の背徳感も相まって中々に面白い。


 今はどうしたって子供のお遊びだが、鬼ごっこは意外に奥が深い。


 隠密を生業とする忍にとって、鬼ごっこはただのお遊びではない。

 正式に訓練の一環として採用されているし、苛烈を極める忍のそれは時に命を落とす者もいる。

 相手は人である。捕まえ、或いは逃れるためには相手を分析し、筋道を立て、あらゆるパターンを想定し、時にアドリブ力もモノを言う。



 取り急ぎ三つの課題を設定した。


 一、 魔力を完全に隠匿し、痕跡を残さないこと

 一、 身体強化を常時発動し、メイドに捕まらないこと

 一、 身体強化の強度を調節し、メイドを一定回数撒く、ないし背後をとること



 そもそも二歳児の体躯ではいくら頑張ったところで大人から逃げ切ることなどできない。 肉体の成熟度も低く、身体強化でも限界は高が知れる。

 何より、身体強化程度は使だろうからズルの内には入らない。

 後は身体操作における精密なテクニックと緩急で間をズラし、視線と動線をブラして意識の照準を私から外す。

 


 二歳児の無邪気さが手伝ってか、撒くのは単純に楽しかった。


 忍の任務においては直近の数年は逃げるより追い詰める場面の方が多かった。

 撤退の際に敢えて縛りを設けてスリルを楽しむ同僚もいたが、私は任務で遊びを入れないスタンスでいたのが今となっては悔やまれる。彼らはこれを楽しんでいたんだなぁ。


 今世では一切のしがらみも責もないので、楽しむことには余念がないようにしよう。

 というわけで課題追加。



 一、 めいっぱい楽しむこと。




 ………




 とは言えやはり素人相手では三人同時でも歯ごたえが無くなってきた。

 メイド三人も何やかんや頑張って食らいついてきてはいる……いや、彼女らの立場上、食らいつかないわけにはいかないのか。毎度必死の形相をしているが、そもそも職務的に私を見失っているのは不味いのだろう。

 そう考えると悪いことをしている気もしてきた。幼児のおイタということで勘弁してもらえるだろうか?


 

 しかし、貴族家の令嬢だから仕方ないとはいえ、就寝中を除いて四六時中行動を監視されているのは中々に窮屈だ。そもそも日陰で生きてきた元忍としては監視されるのが性に合わないし。


 何かダミーというか影武者というか、そういう都合のいい魔法はないんだろうか。

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