内田真人【17歳】<3日目 午後・学校と自宅>

 学校に到着した真人は、玄関前に立て掛けてあった台車に人肉ハンバーガーを載せ、留美子に礼をしてから校内へ入っていった。


 まずは職員室の戸を開ける。

 「失礼します」


 「何の連絡もなしに遅刻しちゃダメじゃない!」と言った担任教師は、台車の上に載ったケースの中を覗き、目をぱちくりさせた。「え? ハンバーガー?」


 「はい。日頃感謝の印に直美と健也と一緒に作りました」


 「学校に来てないと思ったら木村さんも久保野君も一緒だったのね。嬉しいけど学校はサボっちゃダメよ」


 「そうですか」真人は確認のために訊いてみた。「相川ユリは学校に来てますか?」


 教師は訝しげな表情を浮かべた。

 「相川ユリ? だれそれ?」


 「いえ、なんでもないです」

 

 ゲームの指示に従えなかった場合は、この世から、個人が存在したこと自体が消滅する。そして、このゲームの駒に殺された場合も存在そのものがこの世から消える……ということを知った。


 「これは先生たちの分」真人は、2ケースを空席のデスクに載せた。「あとはうちのクラスと、余りは早い者勝ち」


 体育教師が歩み寄ってきた。

 「先生も運ぶの手伝うよ」


 「お願いします」


 三人がかりでケースを持ち、階段を上り切ると、昼休み時間のクラスメイトの男子が廊下を歩いていた。


 「あれ? 真人、何そのハンバーガー」


 「みんなにプレゼント」


 「マジ!? やった! お前が作ったの!?」


 「オレと健也と直美の三人で作ったんだよ」男子生徒に4ケース渡し、「みんなに配っといて」とお願いした。


 ケースを抱えた男子生徒が教室へ戻った時、他のクラスの生徒達も真人を囲んだ。

 「いいなぁ~ 食べたい」


 「いいよ! 早い者勝ち」真人は廊下中に響き渡る大声を張った。「美味しいハンバーガーだよ! 早い者勝ち!」


 食べ盛りの生徒達が群がり、ハンバーガーは予想より早く処分できたことに安堵する。

 「よかった」


 担任教師が真人の“よかった”という台詞を聞いて笑みを浮かべた。

 「本当にみんな喜んでくれてよかったわね」


 「はい」


 (そっちの“よかった”じゃなくて、英治さんの死体を処分できた事に対する“よかった”なんだよ、先生……)


 人肉ハンバーガーを口いっぱいに頬張った生徒が真人に声を掛けた。


 「すっげー旨い! このソースが最高! でも、これなんの肉? 触感がいつも食べてる挽肉と違う」


 「その肉は……」


 春日井英治 27歳 男の肉。


 「飛び切り新鮮な雄豚だよ。ただちょっと、若くないかな―――」


 真人が人肉ハンバーガーを処分し終えたので、直美に相互メールを送信した。


 それを受信した直美は、真人が人肉ハンバーガーを無事に配り終えたことを健也に伝えた。その直後、直美のスマートフォンの画面にルーレットが表示された。


 オーブンでカリカリに焼いた骨を金槌で叩き割る直美が言った。


 「一時間以内に実行に移せばいいんでしょ? もう少しで終わるから、それからでも遅くない。これを片付けなきゃ落ち着かないもん」


 健也が言った。

 「頭の解体も終ったぞ」


 「ご苦労様。砕いた骨、どうしたらいいと思う?」


 「川に流す。魚の餌になる」


 「それがいいね。あとで流しに行こうか」


 ある程度、骨を片付けてから、直美はスマートフォンを手にし、画面に集中した。


 ルーレットを回し、【ストップ】ボタンをタップした。


 示された数字は<6>


 6マス進んだ駒が停止し、マスの色に注目したが、変わらず白いまま。



 【『食いしん坊』


 ゴールまで12マス


 所持金 5,000円


 身体状況 瘡蓋<軽傷>


 【白マスです。自分の順番が巡ってくるまで暫しお待ちを】


 「よかったぁ」ホッと胸を撫で下ろす。ゴールも近くなり、安心したせいか冗談を言った。「もう、またピンクが出て健也とエッチしろって指示が出たらどうしようかと思っちゃった」


 直美と『ローン地獄』がゴールに近くなる度、健也の中で焦りが募る。直美の冗談に反応できるほど、心に余裕がなかった。

 「……」


 健也の順番が巡ってきた。ルーレットを回し、【ストップ】ボタンをタップした。


 示された数字は<9>


 よし! 前回の10マスに引き続き、今回もいい感じだ!


 白マスのままでいてくれよ。


 駒が9マス移動し、停止位置のマスが黒へと変化し、髑髏が表示された。


 「マジかよ……怪我……」


 直美が言った。

 「落ち着いてロシアンルーレットを回せば大丈夫よ」


 「だといいけど……」


 

 【『ゲーマー』


 ゴールまで 15マス

 

 所持金 0


 身体状況 健康】



 【健康被害!】


 健康だった『ゲーマー』さんの身に災いが振りかかります。


 殺害された方の恨みでしょうか……


 突然何らかのウイルスが発症するかもしれません。


 病気の選択をロシアンルーレットから選んでください。



  【ロシアンルーレット】


 1・<スペシャルサービス・非感染者>


 2・風邪


 3・インフルエンザ


 4・狂犬病


 5・エボラ出血熱


 【END】



 「マジかよ!?」健也は声を荒立てた。「狂犬病にエボラって、あり得ないじゃん! だって、ふつうに死ぬだろ!」


 「慎重に、頑張って」


 頑張ってと言われても頑張りようがない。


 全員計を指先に集中させ、ロシアンルーレットをストップした。


 【『ゲーマー』さんは風邪をひきました。寒さ対策をしましょう】


 「よかったぁ! 狂犬病とかエボラが出たらどうしようかと思った」と安堵の台詞を言った後、「ゲホ、ゲホ」咳が出て、寒気を感じた。「ヤバい、マジで風邪っぽい」

 

 「風邪ならすぐに治る」健也の額に手のひらを置いた。「でも、少し熱があるかも」


 直美は真人の寝室に入り、ブランケットを手にしてリビングに戻った。


 「これ使って。熱上がったら大変だから」


 ブランケットを受け取り、身体を覆う。

 「ありがとう」


 健也が風邪をひいたところで、『ローン地獄』がルーレットを回した。


 ルーレットが示した数字は<5>


 駒が5マス進み、停止位置のマスの色がピンクへと変化し、ハートが表示された。


 「こいつ、あと4マスでゴールだよ!」焦燥に駆られた健也が本音を言う。「頼むから死んでくれよ!」


 

 【『ローン地獄』


 ゴールまで4マス


 所持金 964,097円


 身体状況 右足首捻挫<軽傷>


 左人差し指 刺し傷<軽傷>】



 【恋をしましょう!】


 あれ? ピザなんか注文してないのに?


 新人ピザ屋の配達店員が自宅を間違えて『ローン地獄』さん宅にお届け。


 凄く美味しそうなピザ。


 店員さんとエッチしてピザを食べながら、素敵な若者と最高の時を過ごしましょう。


 無料でピザが食べれて最高のエッチができるなんて幸せですね。


 身も心も潤います。


 【END】



 

 「ついてるヤツだな」健也が言った。「川に骨を流しに行こうか? 時間もありそうだし」


 直美が言った。

 「夜のほうがいいんじゃない? この時間帯は人目につきすぎる。ここから10分ほど歩いた場所にある赤橋の下の川に捨てよう」


 真人の自宅アパートから600メートルほど隔てた場所に赤橋があり、その下には川が流れている。赤橋の付近に茂みがあり、そこを通れば、骨を流しやすい川岸に辿り着く事ができる。


 赤橋の上から流すよりも、夜になると人目につかない川岸で処分した方がよいと考えた直美は、夜までじっくり待つことを健也に勧めた。


 「そうだな……」健也は真剣な面持ちで言った。「オレ、『ローン地獄』と相互関係になって連絡取ってみる。向こうはオレ達全員と相互関係になりたがってるんだからすぐに連絡がつくはず」


 直美は尋ねた。

 「相互関係になってどうするの?」


 「決まってんじゃん。呼び出して殺すのさ」


 直美は反対した。

 「真人に頼もうよ。殺意剥き出しで接近しても警戒されるだけだよ」


 「あと4マスでゴールするんだぜ、警戒どころか安心しきってるよ、絶対」


 「そうかな? ヘマしたら取り返しのつかない事になる」


 「真人が連絡取ったて一緒だろ? だったらオレが!」


 健也は直美の反対を押し切って『ローン地獄』の☆をタップした。その直後、星の色が変化し、相互関係になった。


 健也はメールを送信した。



 【相互ギャンブラーメール 『ゲーマー』】


 初めまして、『ローン地獄』さん。


 『ローン地獄』さんと相互関係にある『獣医さん』と自分、そして『食いしん坊』は同じ室内で人生ゲームをプレイしています。


 是非『ローン地獄』さんもご一緒にいかかでしょうか?


 レバニラも食べてみたいですしwww


 【END】


 

 直美が言った。

 「人間の肝臓を食べるなんて冗談じゃない! レバニラが食べてみたい!? 健也、マジで言ってるの!? ホントに持ってきたらどうすんのよ!?」


 「生き残る為ならなんだってする。いや、何でもできる気がするし、何でも食える気がする」


 「……。あたしはムリ」


 「だったら全部オレが食う」


 『ローン地獄』から返信が来た。



 【相互ギャンブラーメール 『ローン地獄』】


 行かないわ。


 あなた……あたしを殺す気ね?


 ゴールまであと4マス。


 慎重にいかないと。


 さよなら。

 【END】



 相互関係が解除されていた。


 「え!? なんでだよ!?」


 直美が声を荒立てた。

 「だから言ったじゃん! 真人に任せれば良かったんだって!」


 その時、健也のスマートフォンが真人からの【相互ギャンブラーメール】を受信した。



 【相互ギャンブラーメール 『獣医師』】


 なんでかわかんないけど『ローン地獄』に相互関係を解除された!


 マズい!


 【END】



 焦る二人。


 「どしよう……オレのせいだ」


 「どうすんのよ!?」


 即、真人に連絡を取った。



 【相互ギャンブラーメール 『ゲーマー』】


 ホントにごめん! オレ、焦っちゃって、『ローン地獄』にメール送信したんだ。


 焦りが伝わってしまったみたいで、オレも相互関係解除された……


 ホント、すまない。


 【END】



 その後、真人からの返信は無く、代わりに玄関の鍵が外される音が聞こえた。


 用心の為、鍵が必ずかけている。玄関の鍵を持ち歩いているのは真人だけ。


 玄関に上がった真人は、“ただいま”も言わずにリビングに上がり、健也の襟首を掴んで怒号した。


 「何考えてんだよ!? 相手はあと4マスでゴールんなんだぞ! 慎重に決まってるだろ!? バカかお前は! アイツが上がったらオレ達の内誰か一人死ぬ! どうすんだよ!? それとも、オレが最下位だからオレを殺す為にわざと『ローン地獄』にメールしたのかよ!?」


 何を言っていいのかわからない。しくじったのは事実で、全て自分のせい。言い訳すらできない状況に、素直に謝るしかなかった。


 「ホントにすまない、ごめん」


 「謝ればいいってもんじゃないだろ!?」


 「だったら殴れよ。殴ってくれよ、お前の気持ちが済むんだったら」


 「殴って状況が好転するのかよ!? お前は取り返しのつかない事をしたんだ!」


 直美は言った。

 「まだ諦めるのは早いよ! ぴったり4マスに止まらないとゴールできない。『ローン地獄』がゴールとマスの間を行ったり来たりを繰り返してる最中に追いつく事だってできるわ!」


 真人は健也の襟首から手を離した。

 「でも、『ローン地獄』はついてるから……」


 直美は言う。

 「高速のルーレットを狙い通り止めるのは容易なことじゃない。希望はある!」



 希望があるのか、ないのかわからない。はっきりと言えることは今現在自分が一番死に近いということだ。


 焦燥に駆られた真人のスマートフォンの画面にルーレットが現れた。


 真人はルーレットを回し、【ストップ】ボタンをタップると、ルーレットは<1>を示した。


 頭を抱えて叫び声を上げた。

 「なんで、たったの1なんだよ!? くそ! くそ―――!」


 「真人、落ち着いて!」直美が真人の肩に手を置く。「大丈夫よ!」


 「大丈夫なわけないだろ!? 落ち着けるか!」


 血走った眼を直美に向け、手を振り払い、その目を健也に向むけた。

 「お前、今、心の中で笑っただろ!? 正直に言えよ!」


 明らかに真人の様子がおかしい。

 「笑ってなんかいない! お前変だよ!」


 真人の駒が1マス進み、停止位置のマスが流れ星へと変化した。

 「やった―――! 流れ星だぁ!」


 ガッツポーズで歓喜の声を上げた瞬間、健也の表情に焦りの色が見えた。


 (うそだろ!? マズい! 抜かされる!)


 真人は高らかに笑った。

 「あはははは! 運がオレの味方をした!」


 

 【『獣医師』


 ゴールまで20マス


 所持金 940,877円


 身体状況 治りかけのたんこぶ<軽傷>


 全身包帯ミイラ男<重傷>】


 【流れ星の如くひとっとび!】


 最大20マス移動する事ができます。


 行きつく先のマスの色が変化することはありません。


 自分の順番が巡ってくるまでのんびりと待ちましょう。


 【END】



 「よっしゃ! 20マスを出せば『ローン地獄』に追いつける!」


 真人は集中して【スタート】ボタンをタップした。


 画面内で高速回転するルーレットを凝視し、【ストップ】ボタンをタップする。


 ルーレットが示した数字は<5>


 「え? たったの5マス? そ、そんな。そんなわけないだろ!? もう一回やらせてくれー!」駒が5マス進み、マスに停止した。「もう、絶望的だ」落胆する真人。「オレは死ぬ……」


 「真人は死なない! 死なせない」

 

 と、直美は言ったが、健也は安堵していた。


 「……」

 (マジで20マス出されたらどうしようかと思ったぜ)


 続いて直美がルーレットを回した。


 ルーレットが示した数字は<7>


 駒は7マス進み、停止位置のマスの色は前回同様、白いままだった。


 「よかったぁ。このまま何もしたくないわ」


 「ついてるよね、オレと違って」虚ろな目をした真人が言った。「オレなんか……」


 「チャンスはまだあるわよ! 諦めちゃダメ」


 【『食いしん坊』


 ゴールまで5マス


 所持金 5,000円


 身体状況 瘡蓋<軽傷>】


 【白マスです。自分の順番が巡ってくるまで暫しお待ちを】



 「オレの番か……」健也は鼻がムズムズし、「へっくしょい!」くしゃみと鼻水が同時に出た。「風邪が悪化している」


 「はっ」真人が鼻で笑った。「風邪くらいでぐたぐた言うんじゃねえよ」


 「なんだと!? なんなんだよ! さっきから! 流れ星のマスでしょぼい数出したからってこっちに当たるなよ!」


 ピリピリした空気が漂う中、健也はルーレットを回した。


 いい数を狙い、【ストップ】ボタンをタップする。


 ルーレットが示した数字は<8>


 「よっしゃ! いい数だ!」

 

 真人は気が狂ったかのように喚いた。

 「くそ――! お前さえ、『ローン地獄』に馬鹿なメールを送信なけりゃ今頃、今頃! オレは奴を殺していたのに!」


 健也は言い返す。

 「ビリだからってごちゃごちゃ煩い!」


 直美は泣きながら二人のけんかを止めようとした。

 「ちょっと二人ともやめてよぉ!」


 真人が直美を怒鳴りつけた。

 「直美、お前は黙ってろ!」


 直美は怯えた。


 (二人が狂っていく。ボナンザの狙いは、仲間同士のデスマッチなの? 相川を殺した時、あたしも気が狂った。精神異常に陥った気がした。この二人は、もう……まともじゃない……このままじゃ、ホントに殺し合いが始まる! どうしよう!)


 言い争う二人の怒鳴り声が響く。だが、そんな二人の声を無視し、駒が移動し始めた。


 停止した位置のマスがピエロの顔に変化した。


 健也は真人を押し退け、スマートフォンの画面を凝視する。



 【『ゲーマー』


 ゴールまで7マス

 

 所持金 0


 身体状況 風邪】


 【ピエロの顔―笑顔の仮面の下は、微笑みか? それとも怒りか? 哀愁か? 何が起こるかわからない】


 喧嘩ですね。


 ストレス解消が必要でしょう。


 もう日が暮れました。


 そろそろ、骨の処分に行きましょう。


 川岸はマイナスイオンが豊富です。


 きっとリラックスできるでしょう。


 【END】



 直美は恐る恐る言った。

 「なんで川に骨を流すことも、喧嘩してる事も知ってるの……」


 「今更」健也は腰を上げ、台所に向かい、粉々に砕いた焼いた骨をまとめた黒いごみ袋を手にした。真人が腰を上げると、健也が不快な表情を見せた。「ついてくるのかよ。オレと直美でいく」


 「別にお前に付き合うわけじゃない。外の空気が吸いたいだけだ。それに直美も行くならオレも行く!お前にレイプされるかもしれないからな」


 「バッカじゃねえの。そんなことするわけないだろ」


 三人はスマートフォンを手にし、玄関を出て、赤橋を目指した。


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