内田真人【17歳】『リアル人生デスゲーム』<1日目・深夜 自宅>

 愛のある行為を終え、バスローブを纏った直美はビクビクしながら、リビングに足を踏み入れた。


 「あいつなら気絶してるから大丈夫だよ。目覚め次第、出ていってもらう」


 顔面蒼白した健也がスマートフォンの画面を前に突き出し、二人を呼ぶ。


 「真人……大変だ」直美に目をやった。「気持ちが落ち着かないかもしれないけど、落ち着く暇がなさそうだ」



 二人はスマートフォンの画面に表示された文章を見た。



 【『ゲーマー』


 ゴールまで35マス


 所持金 0


 身体状況 健康】



 【お金を稼ぎましょう!】


 不真面目、遅刻常習者のコンビニ店員が大嫌いな方から、われわれボナンザが昨日受けた殺人依頼です。


 スナイパー『ゲーマー』さんは、この世から彼を抹殺してください。


 死体はその辺の山に埋めてくださいね。


 きっと木々の良い肥料になるはずです。


 自然を大切に。


 【殺人ターゲット】


 『獣医師』さんの自宅アパート向かいのコンビニ店員


 <name> 佐久間和樹 


 <age> 21歳


 身体特徴 痩せ形、金髪の生え際が黒くなった不味そうなプリン頭。


 ※依頼主の名前はプライバシー保護の観点から伏せさせて頂きます。


 ※報酬の100万円は任務遂行後『獣医師』さんの自宅アパートポストに投入致します。


 【END】



 なぜ、自分の自宅アパートの迎えにコンビニがある事を知っている、そんな疑問がどうでもよくなる殺人依頼。

 「ついに来たか……殺人依頼が」


 「どうしよう……オレ」悄然とする健也の頭に、慎司の死の瞬間が浮かんだ。「消えたくない」


 「……。健也」友人の健也を失いたくない真人の目つきが変わった。「やろう。殺そう。死体は山奥に埋めてしまえばバレない」


 「どうやって山奥に行くんだよ」


 「オレが母さんの自動車を運転する」


 「真人がやるならあたしも手伝うわ」


 直美が身につけていた制服を取りに自分の寝室のドアを開けた真人は、床の上に横たわる聖那をに目をやった。


 なんだか気絶していると言うより、疲れて爆睡しているように思えた。聖那を横切って直美の制服を拾い上げ、寝室からリビングに歩を進めた。


 健也がたずねる。

 「アイツは?」


 「置いていく」


 「だけど、目が覚めたらヤバいから縛りつけた方がよくないか?」


 「それもそうだな」


 内田家に丈夫で太いロープはない。新聞や雑誌をまとめる為の麻紐と鋏を引き出しから取り出し、健也と二人で寝室に入った。


 鬱血するくらいきつく手首を縛りあげ、パイプベッドの柱に繋ぎ、足も手首同様がっちりと縛り上げた。


 「これでよし」二人は顔を見合わせ、リビングへと戻る。



 二人が寝室に籠っている間に着替えを済ませた直美が、不安げな顔を真人に向けた。


 「ねえ、運転できるの?」


 「したことないけど、アクセルとブレーキさえ間違わなければ、なんとかイケると思う。きっとゴーカートと変わんないよ」


 「そんな単純なもの?」


 健也が重い口を開く。

 「なあ、そんな事より、どうやって殺す?」


 「店の裏の社員通用口で待ち伏せする。あそこなら道路からも死角になってるし、誰にも見つからずに済む。この時間帯は車の台数も人気も少ないし」


 「……。それはいいとして、オレが訊きたいのは、どうやって殺すかだ」


 「鈍器で殴れば血痕が飛散する。なるべく痕跡を残したくない。不真面目な奴ならさぼったと思わせるのが一番いい」


 直美がふと思いだす。


 「そう言えば、真人のお母さん、以前ストーカー被害に遭ったって言ってたよね? あの時、鞄の中にスタンガンをいつも入れていたって言ってなかった?」


 ふと思い出す。

 「ああ、そう言えば……」


 直美は続けた。

 「物騒なこと言うかもしんない。でも、物騒なことするんだからしかたないよね。スタンガンで痺れさせて、車のトランクに乗せる。で、山で殺して埋める」


 「そうだな」健也も納得した。「それが一番いいかもしんない」



 「しつこいストーカーだった。今でもトラウマになっていて、ベッドの下に隠してあるって言ってたな」


 真美の寝室に入った真人はベッドの下を覗いてみた。すると、腕を伸ばせば届く位置にスタンガンが置かれていた。


 「あった」


 真人は床に這いつくばり、スタンガンを手にし、背を起こす。


 機能を確かめる為に、電源を入れ、スイッチを押すと、細い銀色の金属が施された先端部分が青光りした。


 故障はしていないようだ。


 使える事を確認した真人は寝室を出て、麻紐と鋏を手にした健也の許に歩み寄った。


 「スタンガンは見つかった」


 「行こうか」健也が玄関に向かった。


 自動車の鍵をポケットに収めた真人は、玄関の靴箱の上に載った懐中電灯を脇に抱え、殺人順序を健也と確認する。


 「オレたちは後部座席にスコップを用意して、車に乗ってコンビニの裏に移動する。あいつが出てきたら素早く」スタンガンを健也に差し出した。「これで襲って、紐で手足を縛り、トランクの中に放り込む」


 「わかった」健也はスタンガンを受け取った。「だけど、お前ウチにスコップあるの?」


 「コンビニの裏、つまり社員通用口の横に小屋があるんだ。そこに普段不要なものを収納してるはずだから、スコップとかも入ってるはず」


 「はず? 確実じゃなきゃ困る」


 「前に店長がスコップを手にしているのを見たから絶対あるよ」


 玄関から通路に出た三人は、203号室に目をやった。


 真人が不安げな表情を浮かべた。

 「英治さん、大丈夫かな?」


 直美は言った。

 「きっと大丈夫よ」


 「だといいけど」


 健也はギュッとスタンガンを握り締めた。

 「人の心配より、これからの作業に集中しようぜ」


 自分達の存在を消したくない。やるしかないんだと自分に言い聞かせた三人は、アパートの階段を下りた。


 健也は横断歩道を渡ってコンビニへ向かい、真人と直美はアパートの裏の駐車場へと歩を進ませ、自動車に乗った。


 助手席に座る直美が心配そうに見つめる。

 「エンジンかけないとね」


 「わかってるよ。エンジンかけないと車が動ないじゃん」


 エンジンをかけ、ドライブにして、アクセルペダルを踏み込んだ瞬間、急発進してしまった。


 「うわ!」慌てて、ブレーキを踏む。


 「ビックリした」


 「意外と難しい」


 ゆっくりとアクセルペダルを踏んで、駐車場を走り、道路を走行する。


 すぐ目の前がコンビニだ。道路を横断する為、中央線に自動車を寄せ、いったん停車した直後、後ろを走行していたトラックにクラクションを鳴らされた。


 「きゃあ! びっくりした!」


 「オレも超びっくりした! なんなんだよ」


 「あ! ウインカー上げてないし、ヘッドライトも付け忘れてる!」


 緊張してる真人はウインカーを上げ忘れるどころか、街灯が少ない夜道を走るのにヘッドライトも付け忘れていたのだった。


 だが、これから犯罪を犯すのだから夜の闇に溶け込んだ方がいいと考え、敢えてヘッドライトを点けず、深呼吸して気持ちを落ち着かせてから道路を横断した。


 「山間の道を走る時は点けるけど……」もし、警察に通報されたらと思うと恐怖でいっぱいになり、急に不安になる。「今のトラックの運転手に顔とか見られてないよな?」


 「暗いし大丈夫だと思う」

 

 コンビニの裏に自動車を停車させ、車内から降りた二人は、社員通用口のドアの前でスタンガンを構えた健也の許に駆け寄った。


 健也は言った。

 「緊張するな。早く終えたいよ……」


 真人は言った。

 「オレも」


 手足を縛りつける為に適した長さに麻紐を切り分けた真人は、後方に立つ小屋に向かい、戸を開けて中を覗いた。すると思ったとおり、壁にスコップが二本立て掛けられていた。


 真人は手を伸ばし、スコップを二本取る。

 「あった。鍵が掛かってなくてよかった」


 「スコップあったのか?」


 「うん」


 張りつめた緊張の空気が漂う中、潤滑油不足の社員通用口のドアが錆びた音と軋むような音を響かせながら開いた。


 休憩室も禁煙なのか、それとも夜空を眺めながら一服したかったのか、煙草を手にした佐久間が三人の前に姿を現す。


 佐久間は見慣れた真人を見て、「なんだお前、こんな時間に」と疑問を問い掛けた瞬間、背中にビリビリと強い痛みを感じた。


 体に電流が走り、感電した佐久間は地面に倒れた。水揚げされた魚ように体を痙攣させながら、助けを呼ぶ為に口を動かそうと奮闘しても、全く声が出ない。自分が置かれた状況を把握した佐久間は戦慄を覚えた。


 「あが……あ……あが……」

 (誰か! 助けてくれ! 殺される!)


 真人が事前に切り分けておいた麻紐を手にした健也と直美は、素早く佐久間の手足を縛りつけた。


 三人がかりで佐久間を持ち上げ、打ち合わせたとおりにトランクの中に放り込んだ。


 佐久間が手にしていた煙草とライターを拾い上げた健也は、周囲を気にしながら合図を出す。


 「今なら自動車が通っていない。出るなら今だ!」


 三人は素早く自動車に乗り、ハンドルを握る真人は道路に急発進した。


 直美が注意を促す。

 「気をつけて! ここで事故でも起こして警察沙汰になったらすべてが終わりだよ!」


 「わかってるよ!」


 山間の道へと続く勾配を時速80キロで走行する。ハンドルを握る手の震えが止まらない。


 「スピード落せって!」健也が声を張った。「落ち着けよ!」


 「わかってる! わかってる! だけど、これが落ち着いてられるかよ!?」


 真人はゆっくりとアクセルペダルを踏む足を緩め、時速を落した。

 「大丈夫、うまくいく、うまくいく」何度も呪文のように繰り返し、自分に暗示をかけた。「必ずうまくいく」


 直美が真人の肩を撫でた。

 「そう、ゆっくり、ゆっくり」


 30分ほど走り、なんとか落ち着いた真人の対向車線に夜間パトロールのパトカーが近づいてきた。


 これほどまでに警察が怖いと思った事はない。三人は掌に嫌な汗をかきながら、無駄に背筋を伸ばし、パトカーから目を逸らした。


 その時、トランクの中で『助けてくれー!』と電流の痺れが切れた佐久間が叫び声を上げ始めた。

 

 健也が言った。

 「くっそ! 口にガムテープでも貼りつければよかった」

 

 山道に入っていく道路を走り、ヘッドライトを消して舗装されていない砂利道に自動車を走らた。


 自分達が乗る自動車が見えない位置に停車させ、地面に降り立った三人は覚悟を決めてトランクを開ける。


 「た、助けてくれー! オレが何したって言うんだよ!?」

 

 スコップを手にした真人が佐久間を見下ろした。

 「佐久間さんは何も悪くない。強いて言えば接客態度が最悪なことくらい」


 「今度から良くするから、警察にも言わない! 手足の紐を解いて解放してくれぇ! 頼むよ! 実はオレも、オレも!」


 何かを言おうとしたみたいだが、聞く必要もないので健也が佐久間の胸にスタンガンを押し当てた。


 再び、全身に強い電流が流れる。


 「あが……あが……あ……あ」

 (助けて、誰かぁ、死にたくない!)

 

 健也が言った。

 「埋めるぞ」


 二人は返事した。

 「わかった」


 三人は佐久間をトランクから下ろし、大地に下ろした。


 前方に広がる雑木林に目をやった真人は、「あそこに埋めよう」と茂みを指す。

 

 健也が佐久間の首に手を置き、力強く締め付けた。血流が止まった首から上が真っ赤に染まり、眼球が充血していく。


 絞殺の間に真人と直美は茂に入り、無言で穴を掘る。掘り起こされた土の間から、蠢くミミズが這い出てきた。


 真人は言った。

 「佐久間の死体は木々の栄養になると、スマホの画面に表示されていた。ミミズの棲む土は肥えていると聞いた事がある。アイツは大きなミミズだ。そう思えばいくらか心が楽になる」


 「随分と飛躍した話だけど百歩譲って納得する事にするよ……ねえ、佐久間さん、さっきなんか言おうとしてたね。“実はオレも”って……何を言おうとしたのかな?」


 「さあ? 死ぬ前の悪あがきじゃないの?」


 「オレたちもう犯罪者だ」


 「仕方ないよ」


 「ログインしたのが間違いだった……」


 双眸を見開いた状態の佐久間を引きずった健也が、こっちに向かってきた。

 「今更後悔しても遅いよ」


 「死んだのか?」


 「ああ。殺した」


 健也が、掘った穴に佐久間の死体を落すと、真人は死の瞬間の苦痛に満ちた顔に、最初に土を被せた。


 徐々に佐久間の肢体が土で隠れていく。不自然に凹凸のある大地をスコップで平らにして整えた。


 真人は呟くように言った。

 「終わった」


 健也が首を振った。

 「まだ終わってない。真人ウチのポストから金を取り出さない限り、次にルーレットを回す聖那にバトンが渡せない」


 「でも、嫌な事は終わったじゃん」


 「そうだな」


 スコップに付着した土を足で削ぎ落とした直美は、自動車に歩を進めた。

 「帰ろう」


 直美と同じ行動を終えた真人が返事する。

 「ああ」


 自動車に乗った疲れ切った三人は口を閉ざした。静寂な雑木林に谺する夜行性の鳥の鳴き声と、夜風に揺れる梢の音が、静まり返った車内に響き渡る。


 「うっうっう……」健也が涙を零す。「聖那みたいに狂っちまった方が楽になれるかもしれない」


 「そうだな」ドライブにし、ハンドルを握った真人はアクセルペダルを踏む。「泣くなよ……オレまで泣きたくなるじゃん」


 「なんか……不謹慎かもしれないけど、あたしは何も感じない。レイプされて涙が枯れて、心まで失った感じだよ」


 虚ろな目をした健也がポツリと言う。

 「レイプ? 股を濡らしてヒーヒー感じまくっていたくせに」


 直美は言い返した。

 「なに言ってんの!? か、感じてなんかない!」


 正直、マスに表示されていたように何度も逝った。いつもとは違う信じられないくらいの快楽と刺激が性器に走ったのは確か。だけどそれは『リアル人生デスゲーム』のせい。


 「心の中は嫌だった!」直美も泣き出してしまった。「ひどいよ! 健也!」


 健也の発言に違和感を感じた真人は、ブレーキを踏んだ。

 「健也! お前、変だぞ! どうしたんだよ!? 一番しっかりしてたのに!」


 はっと我に返った健也は、直美に謝った。

 「ご、ごめん! オレ、今とんでもないこと言った! 急に頭がぼーっとなって! ホント、ごめん!」


 直美は涙を拭った。

 「辛いことがあると、ボナンザに支配されそうになる。聖那みたいに」


 雑木林を抜け、国道に出た真人はヘッドライトをつけ、家路を走行する。

 「もう、帰ろう。ここから早く離れたい」

 

 街灯が少ないせいなのか、月がより一層光り輝いていた。いつもなら綺麗だと思えるかもしれない。でも今夜は、その月の光が不気味に感じる。


 鬱蒼とした山に囲まれた勾配を下り、アパートに向かって走行し始めてから暫く経った頃、佐久間を拉致したコンビニの照明が見えてきた。


 始まりと同じように社員通用口がある店内の裏へと自動車を停車させ、佐久間を遺棄するのに使用したスコップを元の位置に返す為に、外へと降り立った。


 周囲を気にしながら歩を進める真人は、スコップを小屋へと戻し、自動車の座席に腰を下ろしてハンドルを握った。


 全てをやり遂げ自宅に到着した安堵感と、殺人を犯した罪悪感が交錯した複雑な心境で、アパートの裏にある駐車場に自動車を停車させる。


 「着いたぁ」どっと疲れた。「もう、寝たいよ」


 健也は真人に言った。

 「三日間ノンストップだ。頑張ろうぜ」


 「うん」


 自動車から降り立った三人は、アパートメントのポストに向かった。健也が202号室のポストの蓋を開けると、赤いリボンで纏められた札束が無造作に投入されていた。


 「100万……」嬉しくない。だって、汚れた金なのだから。「こんな金いらないからログアウトしたい」札束を手にした。


 「まったくだな」


 階段を上り、二階に辿り着き、真人が自宅玄関を開けた。

 「次は聖那の番だな。あいつにルーレットを回させないと」


 直美は言った。

 「あんなヤツ、死んじゃえばいいのよ!」


 「でも……」


 「きっといいマスなんかでないよ。あんな酷い男」


 玄関に上がった三人がリビングに足を踏み入れた瞬間、目覚めた聖那の意味不明な叫び声が寝室から聞こえた。


 『あ―――! 死体! 首が転がる死体! 殺すぞ! 殺せ! 赤い血、赤い死体! な―――はっはっはっは!』


 健也は言った。

 「完全に気が狂ってる。異常だ。正気の沙汰じゃない」

 

 真人はテーブルに置いてある聖那のスマートフォンを手にし、寝室のドアを開け、聖那の手首の麻紐を解いた。


 「お前の番だ。ルーレットを回せよ」


 スマートフォンを受け取った聖那が、落ち着かない双眸を真人に向けた。

 「お、お前のナニじゃなくても感じる直美は何処?」大声を張った。「直美ー! セックスするぞぉ!」


 「テメー! ぶっ殺されたいか!?」


 「う~」首をブルブルと振った。「こわ」


 精神が崩壊した聖那がルーレットを回し、【ストップ】ボタンをタップした。


 示された数は<6>


 駒が6マス進み、停止した位置のマスが黒へと変化して、髑髏のモチーフが現れた直後、文章が表示された。



 【『小心者』


 ゴールまで37マス


 所持金0


 身体状況 精神崩壊】



 【さよなら? 自殺で死亡? 未遂?】


 精神崩壊状態に陥った『小心者』さんは、自殺します。


 潔くあの世に逝けるか? それとも未遂に終わるかな?


 さあ大変、ロシアンルーレットでその後の身体状況の選択しましょう!



 「イヤだ……イヤだ……ロシアンルーレット回したくない!」真人に助けを求めた。「死にたくなーい!」



 「でも、回さないと確実に死ぬし……」真人は思った。もし、この指示が出た者が動けない状態にあったらどうなのだろうか? 「聖那の手足を縛りつけて、雁字搦めにして身動きが取れない状態にする。動けなければ歩けない!」そうか、こんな方法があったんだ!


 「ああ、そうか。オレは死なないんだな」


 聖那はロシアンルーレットを回した。


 【ロシアンルーレット】

 1・スペシャルサービス・無傷


 2・軽傷


 3・重傷


 4・重体


 5・死亡



 「何が出ても助かる、助かる、助かる~ まっかっかにならない」


 【ストップ】ボタンをタップし、ロシアンルーレットが示したのは<死亡>だった。


 「イヤだ―――! 死にたくなーい!」一瞬取り見出し、ケラケラと笑い出す。「そうだった。オレは死なないんだ」

 

 真人は解いた麻紐を再び聖那の手首に巻きつけ、リビングへと引っ張っていく。


 聖那を目にした直美は目を逸らし、「なんでここに連れてくるのよ!?」とヒステリックな口調で言った。


 「自殺しろって指示が表示されたんだ。だから身動きがとれにように手足を縛りつけてみた。もし、これで自殺や怪我を阻止できたなら、今後、オレ達の行く先にも光が見えるはずだから」


 「こんなヤツ、あたしが殺したいわよ!」


 健也が直美の肩に手を置き、首を横に振った。


 「そんなこと言ったらボナンザに心を支配されて、やがて聖那みたいに精神が崩壊してしまう」


 「オレは死なない! 死ななーい!」紐で縛り上げられ手足の自由を奪われた聖那の全身が突如痙攣し始めた。「うう……あ、あ、あ」


 「どうしたんだ!?」真人が声を上げた。


 「が――がは……ごふ……」


 唇の端から血を垂れ流して悶え苦しむ聖那を凝視する三人は、彼が舌を噛み千切った事を理解した。


 数秒後、全身の震えが止った聖那は、慎司同様に身体が細かくバラバラに砕け散り、黒い灰となって宙に舞っていったのだった。


 「消えた……」慄然とする真人。「慎司みたいに消えた……」


 健也は言った。

 「英治さんの怪我を阻止しようとしても無駄だった。そして今回も無駄だった。結局何をしても無駄ってことなのかよ!?」


 直美も必死だ。

 「だけど、あたし達は生き残ってる! 見ず知らずの『金の亡者』と『ローン地獄』には負けないわ。負けちゃダメなのよ」


 「一日がこんなにも長く感じたことはないよ」真人は、唇を結んでスマートフォンの画面に目をやった。「噂をすれば4番手になった『金の亡者』の番だ」



 『金の亡者』がルーレットを回し、6マス先に停止する。白マスから黒マスへと変化し、髑髏が表示された。



 【『金の亡者』


 ゴールまで33マス


 所持金3万円


 身体状況 健康】



 【危険です! 怪我をします!】


 今夜の月が綺麗だからでしょうか?


 突如、狂犬に変貌した愛犬に襲われます。


 怪我の重度をロシアンルーレットで選択しましょう。


 【ロシアンルーレット】

 1・スペシャルサービス・無傷


 2・軽傷


 3・重傷


 4・重体


 5・死亡



 『金の亡者』がロシアンルーレットを回し、【ストップ】ボタンをタップする。



 【『金の亡者』】


 <重傷> 右上腕部を噛まれ、夜間救急外来へ。


 【END】



 犬を飼っている健也が顔を強張らせた。

 「ペットに噛まれて病院送りとかって……けっこう辛いものがあるよな」


 真人が言った。

 「ああ。重傷だろ、どんだけ深く噛まれたんだろうな」


 直美が言った。

 「『ローン地獄』の番だよ」


 三人は再びスマートフォンの画面に集中する。


 『ローン地獄』がルーレットを回し、3マス進んだ。停止位置のマスが流れ星に変化した。


 「マズい! 流れ星だ!」真人が焦燥の声を上げる。「しょぼい数を出せって!」



 【流れ星の如くひとっとび!】


 最大20マス移動する事ができます。


 行きつく先のマスの色が変化することはありません。


 自分の順番が巡ってくるまでのんびりと待ちましょう。

 【END】


 『ローン地獄』は最大20マスを弾き出すルーレットを回した。


 画面を凝視する三人にも緊張が走る。


 【ストップ】ボタンをタップし、画面に表示された数は恐れていた<20>


 自分達の駒が停止するマスを追い越し、画面の動きが『ローン地獄』に合わせて移動する。そこに自分達の駒は見えず、この瞬間から『ローン地獄』の独走が決定づけられた。


 同じく流れ星のマスに止まり、20マスを出さない限り、追いつけそうにない。『ローン地獄』が停止するマスから画面の動きが降下し、真人の駒が止まっているマスにピントが戻っていく。


 ピンチを感じた真人が息を呑む。

 「……。こいつ……ゴールまで後19マスだ……一度だけ1マスの移動だったけど、最初も前回も10マス移動してる」


 「まるで運を味方につけたようなヤツだな」健也が頭を抱えた。「ようやく三人だけでも助かるんじゃないって、僅かながらに希望の兆しが見え始めていたのに、再び振出しに戻った感じだよ」


 「オレたちも諦めず、頑張ろうぜ」


 「頑張る!? どうやって!? 一人、この中で一人、二人かもしんない、死んじゃうんだよ!?」取り乱した直美は泣き喚いた。「もうイヤ! 怖いよ! 『ローン地獄』って誰なのよ!? 捜して殺してやる! 『金の亡者』もまとめて殺してやる!」


 真人が直美に声を張った。

 「ダメだ! さっき佐久間を殺してあんなに怖い目に合ったのに! もう殺したくない!」


 直美は言った。

 「一人殺すのも二人殺すのも一緒よ!」


 直美の正気が失われつつあるように感じた真人は、必死に言った。

 「このゲームが終わってから後悔する! 殺人を犯した自分に後悔する事になるんだ!」


 「このゲームが終わってから後悔する? 生きていればするかもね……でも死ぬのよ」


 「喧嘩したって結果は変わらない」健也が言う。「ルーレット回せよ」


 真人は健也に尋ねた。

 「なんでお前、そんなに冷静でいれるんだよ……」


 健也は答える。

 「冷静なんかじゃない。心底ビビってる」


 真人はスマートフォンを握り締め、画面内のルーレットを真剣な面持ちで見つめた。


 (ルーレットを回すのが怖い。だけど、一度始めたら止めることはできないんだ……)


 【スタート】ボタンをタップし、【ストップ】ボタンをタップする。ルーレットが示した数字は<3>


 駒が3マス移動し、停止位置のマスの色が緑に変わり、木が表示された。



 【『獣医師』


 ゴールまで30マス


 所持金 9826円


 身体状況 治りかけのたんこぶ


 【森の中でリラクゼーション 『獣医師』さんは1回休み】


 ついているのか、ついていないのかわからなかった。1回休みという事は次回ルーレットを回せない。みんなに置いていかれる気がした真人は焦燥に駆られ、落ち着かない貧乏ゆすりを始めた。


 それを見ていた直美が「貧乏ゆすりやめてよ」と注意する。


 「ごめん。落ち着かなくて」


 「あたしだってそうだよ」

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