怪獣襲来

 今回のはハズレだったな。

 天野誠一は、映画館から出て小さく溜息をついた。

 数年前までは公開もナリをひそめていた怪獣映画が多く公開されるようになって久しい。だから、誠一の愛する怪獣映画もピンキリで、手に汗握る一大スペクタルから、つまらない人間ドラマだけで押し通すものまで毎年溢れるように作品が発表されている。

 そうした状況は嬉しい悲鳴というものでもあるが、あまり面白くもない映画に当たった時の疲労感は大きい。


 映画館で観たい映画が多いが生憎の安月給の為、鑑賞料金以外のお金は映画館では使わないようにしているから、いつも上映直後は喉がカラカラだ。

 近くにある自販機の飲み物を買いたい衝動をグッと我慢して、家から持って来た麦茶入りの水筒を開け、喉を潤した。


『昨今の怪獣映画の中では意欲作。だが、あまりにも奇抜なSFに挑戦しようとし過ぎていて、物語を理解するのが困難なところがマイナス。怪獣を倒す為に過去へ飛び、まだ成長仕切る前の個体を倒す、というのももはや一種のお約束だが、そこにリアリティを出そうと展開を複雑にし過ぎ──』


 そしておやすみモードの切れたスマホの電源を入れて、誠一はSNSに感想を投稿していく。

 それから映画のタイトルで検索し、感想を探していく。


 俳優陣だけは豪華な映画だったので、俳優目当ての客の絶賛や戸惑いの声、誠一と同じようにシンプルな爽快感を求めていた客からの酷評など、千差万別の感想が並ぶ。


 正直つまらない映画ではあったが、感想に書いた通り、なかなか面白い試みをしていたのも確かなので「全然意味がわからなかった」という脳無し──ごく一般的な感想──に少し腹を立てながらも、自分と似た感想をお気に入り登録していく。

 こうした一連の作業もまた、映画鑑賞には欠かせない時代になったな、と誠一は少し複雑な思いを馳せた。


「まあ、円盤くらいは買ってやるか」


 と、そんなことを独りごち、お昼を挟んだ上映だったために空いた腹を満たす為に食事することにした。

 近くのカレー屋に行き、トッピングに生卵とほうれん草を頼み、注文の品が届いたところでさあ食べよう、と思うと何やら外が騒がしい。


 重なり合うような悲鳴が店内まで聞こえてくる。思わず外を見ると、皆一目散に一方向に向かって逃げている。


「なんだなんだ?」


 他の客も流石に気になったようで、何人かが外を見に行った。そのうちの一人が皆が逃げているのと反対側の空を見て、ギョッとした目で店内に叫んだ。


「おい、こんなとこいる場合じゃねえぞ! 逃げろ!!」


 そう言った当人は言うだけ言うと一目散に店から飛び出した。会計がまだだったようで、店員が「お金!」と叫んで追いかけようとしたが、その店員も外の何かを見て、慌てて逃げた客の走ったのと同じ方角に走っていった。


 誠一は急いでカレーを口の中にかっこんで、財布の中からお代分のお金を取り出し、レジの前に置いてから、一体何に騒いでいるんだと、呑気な様子で外を見た。


 ──そして絶句した。


 先程誠一も行った映画館の入っているビルの向こう側、その空に雲がかかり、その中から大きな眼が浮かんでいる。その目はギョロギョロと動き、地面を蟻のごとく逃げる人々を見下ろしているかのように見えた。


「ガカンだ!」


 誰かが叫んだ。それを皮切りに、逃げる人々が口々に叫ぶ。


 ──ガカン! ガカンから逃げろ!!

 ──ガカンだ!!


 ガカン。ジュラガカン。

 確かに、さっきは目玉しか見えなかったけど、よく見ればあそこに浮かぶのは──。

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