UMAの本懐5

 推理にいざなわれるままにキャンプ場手前の山の中腹を目指した。


 しかし、山とは言ってもかなり小さな物で、傾斜もかなり緩やかなものだ。


 手入れもかなり行き届いているようで、木々の隙間から日光が入り込むように剪定もされているようだった。


「先輩。ひとつ良いですか?」


 上機嫌で、俺の前を進む推理はまるでゴムマリのようにぴょんぴょんと弾んで歩いている。


「なにかしら?」


 推理は視線だけでこちらに振り向き、質問することへの許可を出した。


 こんなチャンス中々ないし、今日こそははっきりと聞かせてもらう。



「課題の件なんですけど、どうなったんですか?」


「……アハハハ」


 推理は困ったら笑って誤魔化す癖がある。つまり今、まさに課題の事を聞かれて困っていると言う事の証左である。


「まだ、見つからないんですか?」


 お粗末な事に、推理に協力した屋敷先生は課題を紛失してしまった。

 これは狙ってやった訳ではなく、意図せずに見失ってしまったのである。


 屋敷先生曰く、『いやー、おかしいねー。ここの辺りに置いておいたはずなんだけどねー』だそうで、『見つかったらちゃんと部室に持っていくから』とは言っていたがあれから五日程が過ぎている。


 なくしもの、と言うのは日が過ぎれば過ぎるほど見つかりづらくなるものだ。


「そ、それは悪かったとは思っているわよ……あっ、真悟!そこの石をめくりなさい」


 推理は唐突に木の根元に落ちている二十センチ程の石を指さした。


 推理的にな話をそらし、誤魔化したつもりなのだろうが、全く誤魔化せていない。


「今はそんな話していませんよ。課題です。課題を見つけない事には前に進めないんです」


「……随分と課題に拘るのね。どんな内容だったかなら覚えているから、今だって口頭でなら教えられるわよ?」


「それはいいです……」


 課題の実物をこの目で見て、その上でキチンと解かないと意味がないと俺は思う。

 人づてに聞いた課題の内容が正しいとも限らないし、母さんとしっかり対峙したことにもならない気がしたからだ。


「変に意固地なのね。なら来週、部活中に私が書いてあげるわよ。完璧に、とは行かないかもしれないけれど、穴が空くほど凝視してきたからある程度は再現できると思うし」


「だから、それはいいですって」


 眼前に迫る推理から視線をそらし、推理に先程指定された石の前へと向かう。

 手をかけると思ったより重く、ずっしりと掌に重量が伸し掛かる。


 それでも構わずに力任せにひっくり返すと、ダンゴムシやらハサミムシやら名前の知らない虫やらが一目散に四散した。


「ほら、軍手くらいはめなさい。自然は舐めると歯向かってくるものよ」


 推理はどこから取り出したのか滑り止め付きの軍手を俺に手渡してきた。


 それはありがたく受け取り、軍手を装着するも、そこらにある石を手当たり次第にひっくり返した。

 なぜ、俺はこんな無意味な事をしているんだろう。


 そこにいるはずが無い物を捜すなんて、骨取り損のくたびれ儲けになることは否定しようがない。


 「蛇ってね、石の裏側とか、木の幹の隙間、排水管の中とかに巣を作るそうよ」


 それは電車の中で葵木が言っていた事だな。どうしてこうも推理は得意げになれるのだろう。


「今、こいつ得意げだなって思ったでしょう」


「い、いえそんな事は思ってないですよ」


 推理はこれっきしでも、感は鋭いのかもしれない。


「ほんとうかしら?」


 言ってジト目で俺の全身をくまなく眺める推理。いつの間にか形成は逆転していた。


「あ、あっち行きましょう。沢があるみたいですよ。葵木の話だとカエルなんかが餌になるから、川沿いにはよく蛇がいるとかって言ってましたし」


 推理の視線に耐えかねて、沢がある方角へと舵をきる。


「あっ、ちょっと待ちなさい」


 待てと言われて待つ犯人がどこの世界にいるだろうか?少なくとも俺は待たない。


 なるだけ早足で推理から離れようとするも、推理は少しも離れることなくピッタリとついてくる。


 逆も然りだったな。

 逃げた犯人を見逃す正義のヒーローがいるはずない。


「真悟。課題の件は私が悪かったわ。私としても、代々受け継いで来た真理部の宝である課題をこのまま紛失していいものだと思ってないわ。必ず見つけ出すからもう少し時間をちょうだい」


 無かった事にしようとはしていない。それさえわかれば俺からこれ以上言うことはない。


「……わかりましたよ」


「うん」


 推理は俺の横に並び、追い越して、ぴょいぴょいと山道を飛び跳ねていく。


 そして、もうすぐ沢にたどり着く。そんな時だった。

 叫び声が聞こえたのだ。


「なにかしら?」


 小さな山とはいえ、滑落してしまうような危険なポイントはきっとある。

 数メートルの滑落だったとしても足の骨を折るには十分な高さなのだから。

 そんな最悪な事態を想定して、聞き耳を立てる。


 しかし、聞こえて来た叫び声はとても意外なものだった。

 俺は耳を疑った。


「ツチノコがいたぞー!!こっちだー!!」


 そんなはずない。居るはずがない。そう思い推理に視線を送る。


「ほら、来た!」


 さも当然と言うように推理は目をキラキラと輝かせ、叫び声のした方角に走り出した。





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