謎のプリント3

 二時間目が終わる頃には、クラスの連中は謎のプリントの事なんか忘れ、各々が親睦を深めるのに夢中と言った感じだった。


 放課後を迎える頃には、謎のプリントが話題に出る事も一切なくなっていた。


 約一名はまだ御執心のようだが。


「じゃあな。葵木」


 食い入るようにプリントに見入る葵木は俺の挨拶に返事を返しすらしない。

 単に気がついていないだけかもしれないが。


 休み時間の葵木の態度を思い出し、推測を確信に変えた。女子生徒が寄ってきて話しかけられても返事をしていなかった所を見ると、気がついていない可能性大だろう。


 まあいいか、と机の横のリュックをすくい上げて葵木の横を通り過ぎようとした時、後ろ髪ではなく、リュックをプイと引かれた。


 引っかかっりでもしたのかと振り返って見ると、リュックの肩紐の余りの部分を葵木が掴んで引いていた。


「阿部くん」


 葵木はどうとも取れる、微妙な表情をしていた。俺が先に帰ってしまう事を責めるような、はたまた縋るような。


「あん。どうした?挨拶ならしたぞ。葵木は気がついていないみたいだったけどな」


「阿部君!」


 葵木は語気を強め、俺の名字を再度呼ぶ。


「な、なんだよ?」


 呆気に取られて思わず後ずさりしてしまった。気が付かないうちに葵木を怒らせるような事でもしてしまったのだろうか……?


「阿部君は解けたの?」


「な、何をだよ?」


 葵木の態度があまりに真に迫っていたものだから、プリントの事を言っているのだろうと理解しつつもとぼけて見せた。


 すると葵木は自分の机の上に置かれたプリントを指差し、続けてこう言った。


「在校生からのメッセージだよ!」


「……いや、解いてないけど」


 俺だって学業に必要な物、あるいは俺がこの西高にやってきたに関係があったのならば、躍起になって解こうとしていただろう。

 だが、現状そのどちらにも当てはまりそうにもない。


 だから解いていないと答えるよりは、解く気がないと返事をしたほうが正しいような気もしたが、これ以上、葵木を刺激するのもどうかなと思い、少し柔らかい言い回しにした。


「解こうよ。僕と一緒に」


 なぜ、この問題にそこまで葵木が執着するのか、その答えが俺にはわからない。が、振り切って早く帰りたい気分だった。


 だから、こんな言葉が自然とこぼれ出ていた。


「なんのために?」


 きっと、この手のセリフは葵木に最も言ってはいけない言葉だったのだろうと気がつくのは数ヶ月後の事なのたが、この時の俺はまだ知らない。


「……なんのためにだって?失礼だとは思わないのかい君は?」


 静かに、微かに、僅かに、葵木からは怒りの色がにじみ出ていた。


「失礼って誰に?」


 しかし、葵木の怒りの原因がわからない俺はさらに深みにハマる。


「はあ、君には思いやりの感情が欠如しているのかい?」


 ほぼ初対面の葵木にそこまで言われる筋合いがあるものか?とも思ったが、ここで喧嘩になっても仕方がないと、ぐっと抑えて葵木に対峙する。



 まだ名前と顔が一致していないクラスメイト達も、俺と葵木の不穏な空気を感じ取り、離れた所から様子を伺っているのがわかった。


「悪いな。俺には葵木の言っている意味がわからないんだ。哀れな俺に一から説明してくれるか?」


 今しがた葵木に全否定された、俺のせめてもの思いやりを示した形だ。


「わからないって何がわからないんだい?」


 俺が理解できない事がわからないと葵木は続ける。


「何って、一体何に対して葵木は怒っているんだ?」


 俺の言葉を聞いてか、葵木は一度逡巡したように周囲を見渡し、クラスメイトから向けられた奇異の視線に気がついたようで、一度ごめんと言ったあとに言葉を続けた。


「怒っているつもりはないんだ。ただ、なんでこんなに無関心でいられるものかなと思ってさ」


 無関心。引っかかる言葉だ。それは何に対して放たれた言葉なのか。

 葵木に対して俺が無関心?それなら俺は挨拶をした。無関心なのはむしろ葵木の方だろう。

 周囲に対してもそうだと言えよう。


 ならば葵木の手に握られているそのプリントについてだろうか?

 そちらだったとしても一度は目を通した。プリントに与えられた役割は十分に果たしたと言えよう。

 クラスメイトにしてもそうだ一時間目を過ぎた休み時間までは、みんなあーでもないこーでもないと議論を繰り広げていた。


 それは葵木がプリントに集中するあまり気がついていなかっただけではないのか。


 俺が思考を巡らせていると、返答がないことに業を煮やしたか、葵木が続けて口を開く。


「このプリントを作った在校生の気持ちはどうなるんだい?こんな暗号文まで作って、きっと僕達、新入生を楽しませようとしてくれたんだ。阿部君は、その気持ちを無下にするのかい?」


 無下にする。そんなつもりは一切なかった。ただ俺の中で役目を終えただけの話で。クラスメイトの多数も同じ気持ちをであるだろうと確認をするまでもなく、確信を持って言える。


「十分に楽しませてもらったよ。きっと、みんなだってそうさ。このプリントのお陰で知らない生徒と話す取っ掛かりにはなったはずさ」


 矛先が自分たちに向くと思ったのか、こちらに向いていた無数の視線が全て霧散した。


「それはそうかもしれない。でも、もしこの暗号文を解く事を心待ちにしている在校生がいたとしたら、その気持ちはどうなるんだよ」


 そんな生徒がいるのかいないのか、そんなの俺や葵木にわかるはずもない。ただのイタズラかも知れないのに。


 しかし、その説明をしたところで葵木が納得するとは思えなかった。


 それだったら____



「___なあ葵木、その暗号文を解くだけなら手段があると言ったらどうする?場所は移動することになるが」


 俺に解く気はない。

 だが、この手の問題に強い人物に心当たりがある。


「……それは本当かい?」


 葵木は少し考えるような仕草を見せたあとそう言った。まるで、この場から逃げるための言い訳じゃ無いよね?と言わんばかりに。


 少しはその成分もはらんではいるが、あながち嘘はついていないから強く頷いてみせた。


「ああ。もちろん」

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