Liber.2 渾天に消える

2-1 ✦『宝探し』の始まり

 魔導書庫の街、ヘレディタス。市内の病院の一室に一組の男女カップルがいた。

 一人は警察の制服を着た痩せ型の男。女は入院中らしく寝台に腰かけており、長い銀髪を首の横に流してゆるく編んでいる。いずれも二十歳そこそこだ。


「具合はどうだ」

「もう平気。……ベルはどこ?」

「家に帰された。身体に異常はないが、昨夜のことは覚えてないらしい。……ジル、おまえは?」


 男の一言に、女――ジリアン・クレヴァリーは黙って項垂れた。


 先日、博物館で盗難事件があった。盗まれた品物の中に旧時代の魔法具〈追憶鏡クロノグラス〉が含まれており、魔導が衰退した現代においては不明な部分が多いので、古代魔法に詳しい〈書庫番ビブリオテーカ〉のジルが協力することになった。

 警察と彼女の間を取り持ったのは、幼馴染みの新米捜査官、レナード・シンクレア巡査。

 現代人は魔力量が少ないため、古代魔法具を扱えない。魔力過剰症HyperSpellism=HSでもあるジルに犯人が接触してくる可能性を鑑みて護衛をすることになった。


 ところが実際に襲撃してきたのはベル――ジルの姉、メイベルだったのだ。

 彼女は精神操作系の魔法で操られていた。洗脳魔法は禁じられているから、非合法の改造魔法具を使ったのだろう。


「ベルが利用されたのは俺らの共通の知り合いだからだろう。実際、俺も撃つのを躊躇ったし」

「当たり前よ」


 ジルの声は震えている。

 街外れの書庫に引き籠って喧騒とは程遠い暮らしをしている彼女には、目の前で起きた戦闘は刺激が強すぎた。それも信頼する幼馴染みが、最初は顔を隠していたからとはいえ、実の姉を撃つなんて。


 そのうえ、……これが最も許されないことだが、彼はジルを守れなかった。


「リオ、私の退院手続きしてきて、今すぐ」


 ふいに濃紺の瞳が男を見る。存外に力強い眼差しに、レナード――リオは一瞬言葉を失った。


「無理すんなよ」

「もう大丈夫だってば。それより時間がないの、急いで」

「……わかった」


 本心ではまだ休ませたいが、今のリオに言い返す資格はない。

 襲ってきたのがベルと気づいて困惑した隙に気絶させられた。ジルが無傷なのだけが不幸中の幸いで、任務は完全な失敗だ。

 本来なら処分を待つ身だが、ジルのとりなしで護衛は継続。少し人見知りの気がある彼女は交代されたくないそうだ。


 ともかく要望どおりに手続きを済ませて病院を出た。襲撃されたのは昨日だが、すでに日は高い。


「昼飯どうする」

「なんでも……あ、手に持って食べられるものがいいかな。座ってる暇ないから」


 ひとまず近くの売店キオスクで飲み物と薄焼包ブリトーを買った。彼女と買い食いなんて学生時代以来だが、今は懐かしさに浸る余裕はない。

 人目を気にしているのか、ジルはさりげなく辺りを伺っている。

 しばらく歩き、閑散とした通りに入ったところで、彼女はようやく話し始めた。


「……リオが倒れたあと〈追憶鏡〉で記憶を見せられたの。それを博物館に寄贈した貴族のね」

「現場からは見つかってないらしいが」

「たぶん犯人が近くに潜んでて、私が倒れたあとに回収したのよ。とにかく……見たのは二百年前のこの街の風景と、魔法具。亡くなる前に無くなったっていうやつだと思う。

 私たちの読みどおり〈追憶鏡〉はそれを隠すのに使われた」


 食べ終えたブリトーの包み紙を器用に折り畳みながら、ジルは続ける。


「で、ここからがややこしいんだけど。

 彼はこう言ってた……『杖を滅ぼせなかった、ゆえに竜もろとも異界に封じる。その道筋ごと〈追憶鏡〉に留めておく』」

「……何言ってんだかさっぱりわからねえんだが。竜……は置いといて、その杖ってのが隠した魔法具か」

「ううん。それも魔法具ではあるけど、無くなったやつとは別。えーとね、杖を隠すのに使った魔法具があって、その在処を〈追憶鏡〉で隠したみたい」

「本当にややこしいな。つまり……杖とやらは二重に封じなきゃならんほどの代物だと? で、今からそれを探すのか」

「うん、そう。私、その杖については魔導書で読んだことあるんだけど、予想どおりなら」


 ――世界規模の災害になるから。


 まるで「明日は雨が降るよ」くらいの軽い声だった。声が平坦なら顔も真顔、だからリオの脳は一瞬、その重大さを測りかねた。

 だから急がなきゃ。と続けられはしたものの、相反して口調はあっさりしている。

 退院を早めたくらい焦っているはずなのに、表情や仕草には出ていない。


 ジルとは片手で数えられる歳からの腐れ縁だ。しかし今の彼女は、リオのよく知る幼馴染みとは別人のようだった。

 もっと表情が豊かなはずだ。昔はからかったらすぐ泣いたし、笑うと可愛かった……。


「……リオ?」

「あ、……いや、これからどうするんだ」

「うん、まず〈アーミラリ天球儀〉を探す。あ、危険な杖を隠すのに使われた魔法具ね」

「ああ。で、それはどこにある?」

「それがわかんないから」


 ほら、と言いながら彼女が立ち止まる。

 二人はちょうど市立図書館に辿り着いたところだった。



 →

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る