第66話 お正月改め

side吉良聖夜



 1月1日18時少し前。ボクはそわそわした気持ちのまま自宅のリビングをうろうろと歩き回っていた。



「聖夜くん、こっちに座ったら?」


「そうだぞ。来たらインターホン鳴らしてくれるだろうしさ」



 明日達哉兄ちゃんの実家に行くまではここにいるという達哉兄ちゃんと朝日姉ちゃんに窘められるけれど、どうにも落ち着かない。達哉兄ちゃんの隣に座っていられたのは一瞬で、またすぐに歩き始める。



「まったく。面白いくらいね」


「うんうん。聖夜ってば恋する乙女みたい」



 真昼姉ちゃんと夕凪姉ちゃんにも茶化されるけれど、落ち着かないんだから仕方がない。



「でも私も楽しみだな、聖夜の彼氏」



 真昼姉ちゃんがニヤリと笑うものだから、ボクは赤面するほかなかった。


 そう、今日は我が家に粋先輩と武蔵くんが来ることになっている。それもお泊り。それぞれの家でのお正月の用事を終わらせて、それからボクの家に来てくれる。


 とはいえどうしてこんなことになったのかというと、それは聖夜祭の日まで遡る。


 聖夜祭がもうすぐ終わるという頃、武蔵くんがボクの手を取った。



「そうだ、聖夜。誕生日おめでとう」


「え、待ってください。聖夜くんの誕生日って、今日なんですか?」



 武蔵くんからの突然の誕生日のお祝いに粋先輩は慌てたようだった。そしてボクも心の底から驚いていた。



「えっと、ボクの誕生日、今日じゃない、かも?」



 あんまりちゃんと否定するのは忍びなくて言葉を濁した。その瞬間、武蔵くんの顔がボッと赤くなって、それが凄く愛おしかった。



「マ、マジかよ……」


「あ、なるほど。聖なる夜だからクリスマスの今日だと思ったんですね」



 粋先輩の推理に武蔵くんが頷いた。それからボクの名前の由来と誕生日の話をした。


 ボクの名前に「夜」の字が使われることは決まっていた。朝日、真昼、夕凪と朝昼夕と続いて、ボクには「夜」と付けたかったらしい。ちなみにボクに妹か弟ができたら、その子にはまた「朝」の字を付けると決めていたらしいけれど、ボクが末っ子ということで今のところ落ち着いている。


 「聖」の字が付けられたのは、まさに聖なる夜が由来だった。出産予定日がクリスマスだったことから考えられた名前だ。


 だけど出産は思い通りにいかないもの。ボクがお母さんのお腹の中でのんびりとしていたおかげで、出産は遅くなった。その結果お正月の夜、ボクは産声を上げることになったらしい。


 だけど名前はそのまま。大切な人と過ごしているなら毎日が聖なる夜だ、というお父さんの名言が採用されたと聞いた。


 そんな話があって、恋人になって初めての誕生日は直接祝いたいと言ってもらった。流石にお正月は家族と過ごしたいだろうと思ったのに、初詣とか諸々を終わらせた後に会いに来てくれることになった。


 そして特に粋先輩は家から1時間半以上かけて帰宅することになるからと、朝日姉ちゃんの提案でお泊りの話が出た。迷惑かと思ったのに、粋先輩も武蔵くんも一生懸命予定を空けるために家族と話をしたり、家事のスケジュールをずらしたりしてくれた。


 電話ができるだけでも嬉しかったのにここまでしてもらって、申し訳なくも思うのに嬉しくて仕方がなかった。2人から愛されているという実感はボクを際限なく幸せにしてくれる。


 ピーンポーン


 温かい気持ちを抱えて1人で顔を赤くしていると、インターホンが鳴った。



「来たんじゃない?」



 朝日姉ちゃんがそう言うのが聞えたような聞こえていないような。ボクは走って玄関に向かった。



「はーい!」



 いつもならモニターで確認してから出るけれど、そんな過程を忘れて玄関を押し開けた。



「うおっ」


「おっと。大丈夫ですか?」



 玄関を開けたら、思ったよりも近くに立っていた武蔵くんにドアが当たりそうになったらしい。軽くよろけたところを粋先輩が片手で受け止めてくれた。



「悪い。助かった」


「いえいえ。聖夜くん、きちんと誰が来たのか確認してからゆっくり開けないと危ないですよ?」



 粋先輩はニコリと笑って注意してくれた。粋先輩のこういう甘やかすだけじゃないところも大好きだな。なんて今考えることじゃないだろうけど。



「すみません。寒かったかなと思ったら焦っちゃいました」


「そっか。ありがとな」



 武蔵くんが少し照れ臭そうにニッと笑ってくれた。その鼻の頭が少し赤くなっていて、2人に早く中に入るようにと手招いた。



「お邪魔します」


「お邪魔いたします」



 2人が挨拶をしながら入って来る。ボクは2人が靴を揃えるのを待ってから先導するようにリビングに入った。



「いらっしゃい」


「うわぁ、本当にイケメンだな。達哉の比じゃない」


「朝日?」



 朝日姉ちゃんの言葉にショックを受けたらしい達哉兄ちゃんはウソ泣きを始めた。それを適当にあしらうのは泣かせた朝日姉ちゃんに任せよう。



「えっと、こっちが朝日姉ちゃんで、その隣の泣き真似してるのが朝日姉ちゃんの旦那さんの達哉兄ちゃん。ダイニングテーブルの方に座ってるのが真昼姉ちゃんと、夕凪姉ちゃん、は知ってるか」



 1人1人紹介すると、粋先輩はいつになく強張った顔でボクの前に出た。



「皆様はじめまして。夕凪さんはお久しぶりです。聖夜くんとお付き合いさせていただいております、北条粋と申します。今後ともよろしくお願いしたく存じます」



 粋先輩は深々と頭を下げる。全校集会でも緊張した様子をまるで見せない粋先輩の手が震えている。その緊張を少しでも請け負ってあげたくてその手に触れると、粋先輩は頭を上げた。そのまま驚いたようにボクを見つめて、表情を緩めた。甘い瞳が擽ったい。



「聖夜さんとお付き合いをさせていただいている鬼頭武蔵です。本日はお招きありがとうございます。若輩者ではありますが、聖夜さんと粋さんと一緒に幸せになりたいと思っています。必ず幸せにします」



 粋先輩に負けず劣らず固い表情でそう言い切った。そしてやっぱり深々と頭を下げる。グッと握り締められた拳は筋張っていて、いつもボクを守ってくれる優しい手だ。ボクが武蔵くんの手にも触れると、顔を上げた武蔵くんは柔らかい笑顔を見せてくれた。



「見せつけてくれるね」


「ま、良かったでしょ、こんなに大事にされてるんだって分かってさ」



 呆れた様子の真昼姉ちゃんを夕凪姉ちゃんが宥める。それを聞いていたらなんだか恥ずかしくなって、ボクはそっと手を離した。



「全く、あたしの弟は可愛いな。粋、武蔵。聖夜のこと、よろしくな」



 こっちに来た朝日姉ちゃんは、ボクの頭をぐりぐりと撫で回すと、そのままポンと手を置いて粋先輩たちに向き直った。身長はいつの間にかボクが追い抜かしたけれど、朝日姉ちゃんはボクよりもずっと大人だ。



「ううっ、俺の聖夜が……」



 未だにソファで泣き真似をしている達哉兄ちゃんの言葉に、ピクリと全員の耳が動いた。



「達哉、聖夜はあたしのだよ」


「いや、私のよ。朝日姉ちゃんでも譲れないわ」


「いやいや、私だって。聖夜の1番傍にいるのは私だし」



 3人の姉ちゃんが達哉兄ちゃんに詰め寄る。それをいつもの光景だと見守っていると、ボクの肩に両側から腕が回された。



「聖夜くんは僕たちのもの、ですよね?」


「違うとは言わせねぇぞ」



 粋先輩と武蔵くんの温かい圧につい笑ってしまう。ボクはボクのものだけど、みんなの中にボクの居場所があると思うと擽ったい気持ちになる。



「みんなありがとう。ほら、お夕飯にしよ」



 ボクは気恥ずかしさを追い払うように、2人の腕をすり抜けてキッチンに向かった。背後から感じる温かい視線に顔が熱くなる。用意しておいたお鍋を温め直すためにコンロに火をつけて、コンロの熱さで顔が赤いことにできないかなと思った。



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