The Ensemble

判家悠久

# Alive

 そのゲリラライブは、大凡19時30分から始まる。京葉線の東京駅-新浦安駅の帰宅時間を考えたら、極めて妥当な開演時間だ。何ならその間に、新浦安のモールで軽食するも良し、品揃えの良い書店で新書を選ぶ事も出来る。

 それは至って普通の事に見えるが、東日本大震災から今日迄の1年1ヶ月。震災当時、浦安市の8割は液状化現象で、壊滅的な被害を受けた。

 ここを話すと、関東圏なのに何を言ってるかになるが、現に今も復興中で、その大変な思いは、浦安市民の顔に残らず出ている。

 ただそれは、この月一、二週目金曜夜のゲリラライブで、束の間だけど解される事になる。



 新浦安駅から伸びる、二階回廊のモールとモールの繋ぎ場所の前の休息場所が、池畑涼治ソロゲリラライブのステージになる。

 最も浦安警察署の保安は厳しく、投げ銭有り無しに関わらず、その規制は、お目やや溢しあって、1曲やっては即解散になる。そうゲリラライブ全ては厳格そのものだ。

 ただ、この浦安復興の御時世とあって、浦安警察署もモールも、そこは池畑涼治だからこそと、認定アーティスト扱いを受ける。


 齧り付きのファンは、私、浦安元町住居の三笠清美。そして元町近所の親友兼妹分友塚愛希が、準備中の池畑涼治のチューニングから何から見届ける。

 まま人が増える際の観客整理は、私達二人、元町ならではのお節介をする。そう、ここでいざこざが起こったら、ゲリラライブ終了と相成るので、最大限のマナーを発揮する様に促す。


 そもそも誰なの、アーティスト池畑涼治になるが、ここはちょっと、2010年4月に遡る事にする。

 それでは、私のマイブックを捲りましょうか。



 ♫



 2010年4月の春の温い夜。アコースティックギターデュオ:鈴池は、散発的に新浦安駅の二階モール前の休息場所で、金曜夜にライブを行っていた。

 そのライブ初日に、やれビジネス書選びと新浦安の書店をハシゴする足早の所で、私が出くわしたものだから、感慨深いものがある。


 私は、こう見えて上野の音楽大学出身だ。いざピアニストへの道だったが、高身長からの独特な打鍵で、基礎評価がてんで故に、音楽関係の一般企業への就職に路線を切り替えた。

 ただ時代は、就職氷河期やらで、どえらく寒い雪原を渡り歩いた末に、ダンス衣装も取り扱う新興デザインハウスのジュリアスデザインへと、滑り込みで就職した。

 そう、ピアニスト目指したならで、ジリ貧のバレエ衣装を扱う、リサイタル事業部に配属された。

 そのテンションのダダ低さ。いや、ここままではいけないと滾り。兎に角アーティストに当たって砕ける、法人事業方面の安定に勤めては、只管地道な積み重ねで、渋谷のテナントに漸くアンテナショップを持たせて貰う迄に至った。とは言え、三十路前で主任はやや遅い出世になる。


 別に出世したところではあるが。予算会議に出席して、分捕る裁量が無いと、アパレルコレクションにも参加できないので、担当アーティストさんから、モデルするからと、やたらせっつかれる。

 恐縮の限りしかないが、その夢、その晴れがましい体面だけはどうしても整えたかった。


 そんな近況の中で、私はアコースティックギターデュオ:鈴池に出くわす。リーダーでボーカルのスチールギター担当の鈴宮辰巳。リードギターでガットギター担当の池畑涼治。

 二人とも、やや若いアンド幼いかなも、何かしでかすかの雰囲気を醸し出しているので、取り敢えず観客第一号になった。


 私は視線は、中年にしてはとっつき易いハンサム叔父様鈴宮辰巳ではなく、物腰が綺麗な同年齢であろうも、どこか幼い池畑涼治に振り向く。高身長の私は、まあローファー履いてるから、見上げるであろうの相手の警戒心は無い。セーフ。

 私は勇気を振り絞り、浦安の方ですか。ちょっと歩いた先のマンション。私は、を言う隙間すらなく、音を途切らす。いや、こう言うぶっきら棒も嫌いでは無い。こう言うのは親しくなると、かなり喋る口だ。Eメロディックマイナーの響き、バリトンだが得てしてアタック音が潰れないのは、声楽的に合格点を上げようではないか。

 私は堪らず両手を広げ飛び込んで来なさいを示すも。池畑涼治は不思議顔で立ちつくされる。その傍らでは、鈴宮辰巳が堪らず爆笑する。


 そしてセッティングが進む中、最初の一音で、成る程になった。楽器は名器と呼ばれるものでは無いものの、耐久性の強いギターを選んでいる。しかも、どうメンテナンスしているのか、ギターにありがちな特有ピッチでは無い、ジャストファインな音を醸し出している。私の絶対音感でも、ああ惜しいがほぼ無い。

 そこに鈴宮辰巳の低音ボーカルに、無愛想でも茶目っ気のあるソロリードを見せる池畑涼治が、天性としか言えない瞬時の音選びをする。音楽性は兎も角、その二人の音色だけでもずっと浸れて入れる、そんなアメイジングな時間だ。


 いざ開演。クラシック、ジャズ、ロック、ポップスと、幅広いセットリストを演じるが、頭の中では目まぐるしく、この演奏スタイル、何処かのサポートミュージシャンなのかの当たりを付けたが、このハンサムにキュートは、どうにも心当たりがない。

 そしてMCに入る所で、巡回の警察官に捕まって、こっぴどく嗜められる。

 それはそうだ。ベッドタウン入り口浦安は、駅での人通りも多く、目立って、投げ銭施されるにはベストなチョイスだ。そういう輩がいるからこそ、巡回も厳しくなる。ただ鈴池はそうでは無い、純粋に音楽が好きなのは、嫌でも伝わって来る。


 鈴池が退散その時に、私はダンディーなマークの缶コーヒーを差し出した。

 投げ銭を入れたかったが、警官が遠目で見ている以上、職務質問が厳しくなるだろうから、その代わりにと。そして喜ばれた。

 いや純粋に喜ばれるなら、名古屋メッカのコーヒーカップを買うべきだったかも、ハイソなお姉さん何なのと、怪しまれそうなので止めて正解だった。


 ご縁があっての、鈴池の談義は短くも。おお、新町住人、私元町住人で、心とは裏腹に盛り上がる。

 裏腹は、父三笠憲治郎が未だ浦安で東京湾漁業をしているからだ。本来の浦安と言えば村で有り、都市整備から次々埋め立てされて新町が形成された。阿保か、漁師の魂を売りやがっては、実家の居酒屋源蔵でも、ほぼ名物的にくだを巻く。その排他主義もあって、居酒屋源蔵は元町だけの溜まり場になっている。母三笠貴子の居酒屋創作料理が旬の言うのに、売り上げが伸びないのはそんな印象があるからだ。

 そんな元町の拘りを話すと、そうなのかと、新町に流れて来た住人の心はつかめる。その居酒屋源蔵は、私の実家ですと、キャンペーンチケットを渡しながら、私の会社ジュリアスデザインの名刺も渡す。

 ここでも、かくかくしかじかと、名刺交換に入る。お二人は、中大手保険会社アメイジングパートナーの、鈴宮辰巳部長と池畑涼治係長の名刺を頂戴する。


 その鈴池初ライブ失敗を挽回すべく。母三笠貴子の入魂のある、浦安警察署の根回しで、本格派アコースティックギターデュオ:鈴池の情状酌量が適用される。条件は的確。隣の駅のアミューズメントパーク終園のピーク時に被らない様にと。ヤクザに絡まれたた即相談する事。そして出世したら地元浦安ミュージシャンと触れる事。これで月一の二週目金曜夜指定45分枠を何とか確保した。



 ♫



 2010年12月の師走。私達、ジュリアスデザイン:リサイタル事業部は岐路に立っていた。

 元航空自衛隊のパイロット退官なのに、四十路で長髪でチャラい松平出雲社長が、売上は頑張ってるけど、パートナー契約あと3人と契約しないと、リサイタル事業部は解散と言い渡された。


 でしょうね、はある。リサイタル事業部は、私総合職主任三笠清美と、トップデザイナー井伊如安、そして部長兼カンパニーダンサー重松美都里の精鋭3人のみで回っている。

 私としては、こんな少人数だったら解散止む無しだが、美都里部長の維持が発揮された。元ロンドンのロイヤルバレエ団にいた経緯も有り、降格は絶対プライドが許さないのだった。


 私のプレゼン能力と、如安さんの抜群の配色と、ついでは美都里部長のあそこ行けばのアドバイスで、堅実にパートナー契約は取って来ていた。

 ただ、期末の12月の1ヶ月だけで、来季の契約を結べは、先方のプロダクションの決済もあるだろうから、新規契約はとても困難だ。


 美都里部長は言う。それならば自社作成衣装を着て、プロモーションビデオを作りましょう。そこ迄言うなら、まあ手慣れた感じで、社内機材持ち出しては、私が監督他オールしましたと。

 プロモーションビデオの完成度は、カメラ3台の編集作業で悪くはなかった。勿論、プリンシバルたる重松美都里の魅力も何ら遜色は無い。

 いや口には出さないものの、実は予定調和がそこにあって、普通に見れる作品扱いになっていた。いあ、それを言ったら皆が行き詰まり、日常業務が出来ないので、えいやで押し通している。

 ここは兎に角、アポイントメントを取って、プレゼンの大きな掴みとして。プロモーションビデオを最初に流しては反響を見た。そして静けさが一様に。


 先方の反応としては。重松美都里は劇団ダンサーの地位を投げ打って、後進育成より、後進の舞台の場をより多く作ろうで、カンパニーに席を置くという、エンタテインメントに一石を投じた筈も。思った以上に、公演レビューの反応は次回こそが最高と、かなり気を使われたそれと、同様に等しい。期待の先延ばし。そう言う事を看過すると、重要ファンは去って行く。

 何気に美都里さんは、ダンスとは総合芸術でしょう、芸術の神様が降りて来ないとねで、カタンと自ら冷静に閉じる。そこの割り切りが大人とは思うが、一般観客と熱い演者の、埋められぬ溝だった。そこを繋ぐもの。でも私には心強いデュオがいる。


 2020年12月第2週金曜日は、間も無くやって来た。私は17時30分の就業時間終了のチャイム寸分違わずで、恵比寿の本社を飛び出る。山手線に滑り込み、東京駅の長いコンコースを走り抜けては、京葉線電車に飛び乗る。いよいよで新浦安駅の2階回廊のモール前休息場所にいち早く到着し、まだ到着していない鈴池のライブを待ちわびた。


 背後よりの声掛け。この寒いのに早いね。はい、とえらく大きな声を出し誠意そのままに会釈する。そして実はお二人に相談がで、スマートフォンの中のコンテンポラリーダンスを踊る重松美都里の動画を見せる。私は、ラヴェルのボレロも間違い無いのですが、鈴池として即興の新曲をつけて下さいと無茶振りをする。

 ここで、鈴宮辰巳と池畑涼治が、ギターを取り出し手早くチューニングし、C#マイナーの3/4拍子の捲る基本フレームに、代理コードを重用すると5/4拍子へとゆったりさせ、物語を想像しうる情緒を醸し出す。

 いや、そんな無茶な拍子変更も、二人息がピタリとテンポを本能で変える事で、何故かバレエダンスに、はまってる。非常に有りで、私が3テイク下さいと、そのまま新浦安の真冬の屋外でフィールドレコーディングした。

 本当は、録音したらここで恵比寿の本社に戻って再考編集する筈だったが。カット割りがまだ頭の中で構想中だったので、それなら鈴池のライブ見終えてからにした。


 そして休日出勤半ドンで新たな編集を済ませ、週明けの月曜日のリサイタル事業部の定期会議で、鈴池の楽曲であるタイトル:山猫と十六夜ディレクターズカットをモニター写した。

 たった4秒で、モニターの前は被り付きになり、熱視線のまま鑑賞終了。終わってそのまま。この会議室の沈黙は、やっちまったか、日本人は転調好きでも変拍子好まないからなで、固まざるを得なかった。

 美都里さんがやっと立ち上がり、ふんふんと「山猫と十六夜」メロ主旋律をなぞる、今日の内に撮り直すわ、如安分かるわよね。14時にはロングドレス上がりますとの空中戦が飛ぶ。

 そして14時の収録の時間。重松美都里の新境地、初期衝動しかなかった完璧な、1発上がり。編集は徹夜かなも。自然とカメラスイッチしてしまい、何と定時上がりには、私も編集も終えていた。


 翌日からは、怒涛のスタイリング込みのパートナー契約のリターンマッチプレゼンが展開される。何よりの掴みは、冒頭の真説山猫と十六夜のダンスセッションだ。

 バレエダンサー重松美都里は欧米人並みの身長で、日本人では表現出来なかった、大地から根を張った様な柳腰の生命力で息吹きを感じさせる。本人としてはそこに拘る為、プリンシバルであっても、公演によっては配役がどうしても変わる。

 重松美都里は拘りのより昇華として、ジュリアスデザインのカンパニーバレエを立ち上げた筈なのに、頂上未到達なのは、未だ手探りだった。

 そして、重松美都里は、楽曲「山猫と十六夜」の深夜の赤毛猫戯れに乗って、未だかって無い高い打点のソテに、獣性に飛んだ早いピルエットを見せる。重鎮の域に入った重松美都里を知る方程、このフィジカルはと、衝撃が走るのは当然の事だ。

 そこにメインディッシュとして、如安さんデザインのコンテンポラリーロングドレスが映える。日本人こそがよく馴染む全身深紅、欧米スタイルの小股の切れ上がったバランスでは無い、日本人の繊細さを醸し出す足先とフレアの折が少なめと静寂さが相まって、より日本人的な清潔感を醸し出す。

 皆一様に息を飲んだまま、堪らずゴクリ。ここで私は、如何でしょうかの完全スマイルを、取引先の表情が緩む迄待つ事になる。そこから8秒後に立ち上がりスタンディングオベーション。確かに栄光を掴んだ。


 そんな劇薬プレゼンから、パートナー契約は3人を楽勝で取れて、中旬には7名が列挙される。リサイタル事業部の解散は、果たして免れた。

 ただ、ジュリアスデザインとんでも無いの噂が界隈を席巻し、是非内の新人にもどうかジュリアスデザインをの逆指名が、矢継ぎ早に来る。

 初めての逆指名に困惑するも、大忙しのハンドリングは、美都里部長ならではを発揮する。スイスの国際バレエコンクルールを始めとする、若手のソリストを最優先にして、忙し過ぎて困るわ清美と、ついつい小言を言われる。

 そうとは言え、重松美都里は14時からのバレエレッスンは決して欠かさない。美都里部長はど本気のマイペースで実に良いと思う。


 ああ、何よりはサイケデリックアコースティックジャズの音楽監督は誰と。フリーなら専属契約しても良いかになる。

 理論では無い音楽でも関心が惹かれる。そうでしょうとも。ただ、アコースティックギターデュオ:鈴池の二人の世界に入れる余地が無いのは分からないないだろうなと。

 そんな思いとは裏腹に。超大手プロダクションアークエンジェルの戸隠昌勝社長のみが、その気があれば、全て込みで、面倒見るからと耳打ちされる。その丁寧な言葉の区切りは、感性のみで、鈴宮辰巳と池畑涼治の仲の良さを分かるものかと。流石でございます。慇懃に謝辞をした。

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