2. 青い秘密は突然に

ー現在 立成20年度 春ー


 春、日が長いとはいえ18時近くともなれば外は薄暗くなってくる。

 入学式を終えて、私と幸先生はそれぞれの仕事を一区切りつけて、今は職員室でお話している。

 私は、新入生たちの図書館利用や案内の準備。一人一人に配布する貸出処理用バーコードのシールや案内用の資料の印刷など。

 幸先生は高等部1年3組の生徒たちの資料を読み込んでいたり、音楽科の授業計画を立ててたりしていたみたい。

 先ほどの貸出処理用バーコード等は、担任経由で生徒たちに配布してもらう。

 配布物を受け取る先生の手を煩わせるわけにもいかないので、基本的には私が職員室に出向いて、担任持ちの先生達の机に配布物を置いて行く。

 幸先生にも、最初は配布物だけ置きに行って話をせず図書室へ戻ろうと思っていた。しかし。

「こちら、高等部1年3組の図書館貸出処理用バーコードと案内用の資料です。お手数ですけれど、今週中に配布をお願いしますね。」

「宇津森先生、ありがとうございます。」

「それでは」

「あ、宇津森先生!」

 用事を済ませて図書室へ戻ろうとする私を、幸先生が呼び止めてくる。

「はい? なんでしょう?」 

「あの、その。宇津森先生ってずっと図書室にいらっしゃって、あまり職員室にはいらっしゃらないじゃないですか。だから。その。お話してみたくて。」

「ええ、まあ。そうですね。」

 自分から話しに行くのは苦手だけれど、相手から話しかけてきてくれるなら別。

「幸先生が星花にいらして1年ですね。もう慣れましたか?」

「ええ。母校でもありますから。……あ、宇津森先生も卒業生……ですよね?」

「はい。……え、私、言いましたっけ。」

「ああ! 失礼しました! 宇津森 彩雪というお名前、見覚えがありまして。あの……失礼ながら気になってしまって。この1年、仕事の合間に一体どこでお見かけしたのか考えておりました。そんな時に。春休みに、自分が星花にいたときの写真とかを見ようと思って出して来たら、一緒にこれが出てきたんです。」

 幸先生が出してきたのは、文芸部が制作した小説冊子だった。……11年ほど前の。

「み、幸先生!」

 幸先生は冊子をぱらぱらとめくり、ある小説とその作者名を私に示す。

『霧の向こうのとあるコンサート 宇津森彩雪』

「宇津森さんって苗字はあまり聞いたことが無くて。あの頃の私、この小説になんだかぐっと来てしまって。それでこの冊子も卒業アルバムと一緒に持ってたんでしょうね。」

「そ、そうだったの。……ええ。」

 私は幸先生が持っている冊子をそっと裏返して、幸先生にだけ聞こえるような位まで声の音量を下げて話す。

「それは間違いなく私の書いたものです。11年も経って感想を聞けるなんて、なんだかむず痒いですね。……でも。」

 自分の作品について話しながら微笑む幸先生にこれを言うのは気が引けるけれど。

「この件、他の先生や生徒には秘密にしてもらえますか……? 文芸部の子たちに保管してある冊子を見つけられたらおしまいですけど、それ以外の所で流出するのは恥ずかしいので! 読んでいただけたのは嬉しいですし感想もありがたいですけど、それとは別で恥ずかしいので……。」

 あの頃の自分はこれをいい作品だと思って世に出したし、それ自体は今でも変わらない。けれど。大人として接している同僚の教職員や生徒たちに見られるのは、やっぱり恥ずかしい! 11年前からずっといる教職員は仕方ないにしても!

「わ、わかりました。秘密にします。」

 幸先生は困惑してるみたい。ごめんなさい。貴女は何も悪くありません! 私が恥ずかしいだけです!

「ごめんなさい。よろしくお願いしますね……。」

 まさか幸先生がかつての読者だったなんて。

 今になって掘り出されるなんて、やはりペンネームを使っておくべきだったか。

 いやでも、本名で書いたからこそ10年以上も経って感想をいただけたわけでもあって。

 幸いなことに、幸先生は秘密を言いふらすような人ではなさそう。優しそうな女性だし、幸先生が原因で秘密が漏れるとは思えない。

 それに。やっぱり。幸先生の声は聞いていてとても心地が良い。

 どうしてかわからないけれど、良い気分になる。

 合唱部の顧問もなさってるし、歌や発声は上手いのでしょうね、きっと。

 幸先生の歌、聞いてみたいな。

 幸先生とお話出来るきっかけになったし、あの頃に本名で執筆して良かったな。

 そんなことを考えながら、私は幸先生とのお話を楽しんでいた。

 たまには、図書室にすぐには戻らないのも良いかもしれない。

 ちなみに、11年前の文芸部の冊子は、幸先生にしっかりとお持ち帰りいただいた。

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