イマジナリーフレンド(不思議な話)

物心つく頃から、ぴょん吉は誉希の側にいた。


ろくに風呂に入っておらず、汚い身なりの誉希は他の子供たちから嫌厭されていた。

誉希の家はシングルマザー家庭であり、忙しさから町内などの行事に参加できず、近所付き合いも上手くいっていなかった事もあっただろう。

子供は親が喋っている事を何気に聞いているものだ、誉希の家庭を悪く言う親を見て、誉希に対してもあまり良くない印象を抱くようになったのかもしれない。


そのような訳で、誉希には友達がいなかった。

ある日、いつもの様に一人公園のベンチにポツンと座っていると


「一緒に遊ぼう!」


という少年の声が横から聞こえた。

声のした方を見ると、そこには白い兎が居た。二本の足で立ち、つぶらな瞳をキラキラさせた笑顔でこちらを見ている。兎は兎でも、普通の兎ではなくアニメや漫画に出てきそうなデフォルメされた兎だった。


「君は誰?」


「僕、ぴょん吉!よろしくね!」


それから誉希は毎日のように、ぴょん吉と遊ぶようになった。

公園でぴょん吉と鬼ごっこをしていた時、ふと見ると周囲の子供や大人たちが皆、誉希の事を化け物でもみたかの様な目で見ている。ぴょん吉は誉希にしか姿が見えないらしい。

しかし元々周囲から汚物でも見るような目で見られていた誉希は、気にならなかった。


誉希はぴょん吉と遊んだ事を絵日記に描くようになり、やがてそれは絵本の様になっていった。


中学に上がると、何もしていないのに早々地元の不良からリンチを受けた。

そして彼らが去って行った後、「誉希くん!誉希くん!」と、ぴょん吉が泣きながら駆け寄って来て、その後もずっと側にいてくれた事で随分慰められた。


地元の人間で、一人だけリンチに加わらなかった者がいた。涼太というそいつは誉希の同級生で、彼はリンチに加わらなかった事で少々手荒な事をされた様だったが、ケロっとしていた。

それを機に二人は仲良くなり、よくどうでも良い事を喋って笑っていた。誉希にとって初めての友達であり、涼太と過ごした時期はこれまで生きてきた中で最も楽しい時間だった。

涼太にはぴょん吉の事を話さなかったが、ぴょん吉は誉希が涼太と居る時もいつも誉希に寄り添っていた。


中学を卒業後、誉希は建築会社で働くようになり、ぴょん吉の絵本をSNSで公開するようになった。

絵本は好評で、「可愛い」「癒される」といったコメントが付き、誉希は自分が必要とされている事を感じ嬉しくなった。

ぴょん吉はこの頃、誉希に妹や弟、母親を紹介し家に連れて行ってくれるようになっていた。ぴょん吉の家庭は父親がおらず、母親が二人という夫妻ならぬ妻妻である。


ぴょん吉の家は緑のなだらかな丘の上にある、赤い屋根の家だ。


「ママがアップルパイを焼いたんだ、誉希くんも一緒に食べよう!」


と誘われ、誉希は天気の良い空の下、ぴょん吉を追うようにして丘を上がった。


職場ではぴょん吉と喋ったりしているのを不気味がられ、からかわれる事も多く居辛くなったため辞職した。

その後求人票に珍しく待遇の良い会社があったので応募し、面接に行く事になったのだが、指定された場所が会社ではなく喫茶店だった。

誉希を面接したのはそこの会社の社長だという。四十くらいに見えていたので、未だ三十にもなっていないと知り、内心驚いた。

スーツ姿の社長は、ぱっと見普通のサラリーマンに見える。ハキハキとよく通る声で喋る男で、愛想は良いが目が笑っておらず、淀んだ垂れ気味の目には獲物を狙う獣の様な不気味さがあった。

誉希は社長の話を聞いていて、すぐこの会社が闇金融である事が分かった。


誉希がぴょん吉の事を話すと、社長は


「やる事やってくれたら、プライベートについてはとやかく言わない。まあ、他の社員のいじりなんかはあるだろうけど。」


と言われ、誉希も提示された給料が最低でも月収三十万とかなり良かったので、それくらいは我慢する事にした。

前に勤めていた建築会社では、税金を引いた手取りが十一万だった。


勤める事となった闇金融は、警察の捜査から身を隠すためか事務所を構えておらず、融資の受付も携帯のやり取りで済ませていた。携帯はもちろん、会社から支給されたトバシ(別名義)である。


「金を借りておいて、返さない奴が悪いんだ。金を返さない債務者は言ってみれば、泥棒や詐欺師みたいなもんだ。

それにあいつらは自堕落で、ああなったのは自業自得なんだ、同情に値する者など一人もいない。」


社長は誉希たちに対して、よくこう言った。そして誉希もそう考えるようになっていった。


実際、闇金に金を借りにくる者はギャンブルや風俗、ブランド商品やホストやジゴロなどに入れあげた者が多く、総じて自分の事しか考えておらず、下品で卑しかった。


――こんな連中、生きていても仕方がない。生かしておくだけ無駄だ。


誉希は取り立ての際、債務者の命を奪う事となっても全く気にならなかった。

死体は知り合いの産廃業者がやってくれるし、社会のゴミを始末したと思っているので罪悪感は微塵も無い。むしろダークヒーローにでもなった気でいた。


ある時、一千万借金をして飛んだ債務者がおり、そいつの連帯保証人を取り立てる事になった誉希は、連帯保証人となっている人物の名を見て驚いた。


籾蔵涼太


涼太、中学の頃の唯一の友達だった男だ。

同姓同名である事を願い、自宅へ行ったがやはり、あの涼太だった。

涼太は誉希との再会を素直に喜び、家に上げるとしばらく世間話をしていた。

やがて誉希は自分の現在の仕事と、これから涼太にやろうとしている事を話したのだが、涼太はそれをまるで保険の説明でも聞いているかの様にして耳を傾けていた。


涼太は言われるがまま、素直にハイエースに乗り去って行った。


一人ポツンと取り残された誉希はその時、もうずっと長い間ぴょん吉が姿を見せなくなっている事に気付いた。


トボトボ自宅のマンションに帰り、パソコンを開け久しぶりにペンタブを取り出したのだが、誉希はもうぴょん吉を描けなくなっていた。


「誉希くん」


何も描けずにペンタブを握りしめて固まっていると、背後から声がした。振り向くと、そこにはぴょん吉がいた。


「ぴょん吉!」


ぴょん吉はどこか寂しそうな顔をしている。



「ごめんな、ぴょん吉…今まで…」


誉希は仕事に夢中で、ぴょん吉の事を顧みていなかった事を詫びた。


「誉希くん、どうしてあんな事をしたの?」


ぴょん吉の口調は責める様ではなく、あっけらかんとしている。


――あんな事?ひょっとして涼太を、借金を返させるため車に乗せた事を言っているのか?それともそれ以前に債務者を売ったり捌いたりした事だろうか?そのどちらもか?



「それは仕事だから…」


「仕事だったら何やっても良いの?」


ぴょん吉の口調は、責める様ではなく本当に疑問に感じて尋ねている様子だ。


「ぴょん吉…俺たちは金を貸す前、利子の額とか、きちんとルールを説明している。その上で相手も納得して金を借りているんだ。

にも拘わらず、金を返さない側が不義理ってものだろう?言ってみれば俺たちは被害者だ、泥棒や詐欺に遭ったようなものだ、正当防衛なんだよ。」


ぴょん吉は何も言わなかったが、ただ、呆れた顔をしている様に誉希には見えた。


ぴょん吉はくるりと玄関の方へ体を向けると、トコトコ歩いて行く。


「ぴょん吉?!ぴょん吉?!」


誉希が急いで驚いたように呼び止めようと声をあげると、玄関の戸を開いて出ようとしていたぴょん吉は、悲しそうに誉希を一瞥した。

しかしすぐに外の方へ顔を戻すと、部屋を出て行ってしまった。


「ぴょん吉!」


誉希は玄関の戸に駆け寄り、急いで外に出、夜でも煌々と照らされ明るい玄関を見渡したがぴょん吉は既にどこにも見当たらない。


誉希はがっくりとその場に脱力する様にして座り込み、人目も憚らずに愕然としていた。


――――――――――――――――


誉希はハイエースの後部座席に座っている。左右には見知らぬ男が誉希を挟むようにして座しており、前で運転する男の事も誉希は知らない。


ある日誉希が取り立てに向かった債務者は他の系列の闇金からもつまんでおり、誉希は彼らと鉢合わせた。債務者はその時たまたま家におらず、ちょっとした事で彼らと揉めた誉希は今こうして彼らに拉致されたのだ。


ハイエースは山の道路を走っている。おそらく山奥でリンチされ、殺されるのだろう。


「仕事が原因で、友人を二人失いましてね…」


突然喋り出した誉希に、左右にいる二人は「は?」という顔をした。


「金が無くなると不安になったり悔しかったり辛かったりするんですが、寂しいとか悲しいとかは思わないんですよね。」


誰に話してもどうにもならない、どうしようもない事だったが、ここに居る見ず知らずの三人になら気楽に話す事ができた。

何しろこの三人は、これから自分を殺そうとして憚らない。そんな相手にどう思われようと、認識されようとどうでも良かった。


「何言ってんだ、こいつ?」


「怖過ぎて頭おかしくなったんだろ。」


左右の男たちはそう言って肩を竦めたり、首を傾げたりした。


――こんな時でも、ぴょん吉が側にいてくれたら…


ぴょん吉はもう、どこにもいない。

ハイエースはトンネルに入った。


「どうしてこうなったんだろう…ただ、楽になりたかっただけなのに。楽するって、そんなに悪い事なのかなあ…?」


トンネルの中を走る轟音の中、誉希はそう呟いた。






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