第36話 駆けつける

「……ワタシを、今まで狙っていたのはあなたたちの命を握っていたから?」


「そうだ。お前は危険なのだ。お前に今その気がなくとも、心が変わってしまったらそれでおしまいだ。エリオスにしか命令権の剝奪は行えない。そのエリオスも今はいない」


「それであなたは何度も……」


「どれだけ分が悪くとも、同志をあんな目には合わせられん。……誰かがやらねばならないのだ」


「…………」


(そんな……ワタシが……)


 ラナはへたり込む。

  考えることが出来なかった。

 自分が知らないうちに他人の命を握っていたことに。

 信じることが出来なくなった。

 自分が正しいところにいるということを。


「……どうして? どうしてなんですか? なんでワタシばっかり?」


「お前だけではない。この世界全てがそうなのだ」


 ラナの左眼から黒い雫が零れる。

 タフラはそのラナの様子をただ見下ろしていた。


「ワタシは……そんなことはしません。考えたこともないんです」


「余は……信じることが出来ん。お前が優しいことは知ってる。今は余達にそんな命令を下さないのだろう。だが、エリオスもそうだったのだ。エリオスのように、また余達を裏切るのかもしれない。そう思えてならないのだ」


「だから、余はお前を——」


(今こうして追いつめている。今しかないのだ。いつも守られているこいつを消すことができるのは。だが)


 タフラは言葉を詰まらせてしまう。


(…………これで、こんなやり方でいいのか?今迄も、ラナをただ排斥するようなやり方をやってきた。これでは——)


ガギィィン!!


 タフラめがけて高速で釘を持ったシズルが飛び込んでくる。

 しかし、釘の先端はタフラに届かず、発生された障壁に阻まれてしまう。


(はじかれた!?)


 シズルは空中で一回転しながらラナの近くに着地する。


「……ここでは何かを害することはできない」


「らしいわね。今度こそって思ったんだけど……」


 シズルはラナを見る。その様子を見て、言葉に怒りをにじませる。


「ラナに何したの?」


「……余は事実を述べただけだ」


「事実ね……本当にそうなの?」


「ラナを虐めてただけじゃない?」


「……」


 タフラは答えることが出来なかった。


 シズルはラナの顔を見る。左半分が黒に染まっている。床の黒い染みを見て初めて、シズルはラナが黒い涙を流していることに気が付いた。


「ラナ、助けに来たわ」


「シズル……ワタシは……助けてもらえるような存在ではありません」


「何があったの?」


「ワタシはあの男と同じだった……いや、もっと悪辣だった。知らず知らずにワタシは他者を死の恐怖に陥れてた」


「いつ命が使われるのか! 未来を縛られる恐怖をワタシは与えてた! あんな恐ろしいことを……」


「……ラナはそんなことをするつもりなの? そんな貴方自身がやりたくないことを?」


「可能性があるんです! 信じられないけどお父さんがそうだった……だったらワタシが将来それをやらないとは言い切れない!」


 シズルはラナの言葉にゆっくりと首を縦にふる。


「可能性……可能性ね。確かにあるかもね」


 しかし、その後にシズルはきっぱりとこう言った。


「だけどね。ラナはそんな可能性があったとしても掴まないと思うわよ?」


「気休めを言うな。そうならないとなぜお前が言えるのだ」


 タフラはシズルに問い詰める。


「強いお前がラナの事を理解できるはずがない。ラナはお前と違って弱いのだ。弱者がどうしようもない死を前にした時、誰かを贄にして生き残れるという幸運を得られたなら、その幸運にすがりつかないとは言い切れないだろう!」


「……いや。ラナはそんな幸運が舞い降りても選ばないわ。だって」


「ラナ自身が贄にされる恐怖を知っているからよ」


「な……」


「……貴方もそうでしょう? その状況になった時に、貴方はキャスやリード、マスティとかを裏切れるの?」


「…………!」

タフラは言葉に詰まる。


(裏切れるわけがない! あんな思いを同志達に……否、同志達からあの感情を向けられるなんて……とても……)


 自分が魔物の理不尽に向けていた感情を仲間から向けられる。それはタフラにとって、これ以上ない恐怖だった。


「ラナも同じよ。将来って言ってたわよね。今はそんな事やろうだなんて気持ちないでしょう?」


「そんな気は起きないです……でも、ワタシはタフラに、眷属達に酷いことをしていたのは変わりません……」


 

「そんなことはないぜ。ラナさん!」


 そう言いながらリードが走ってくる。それに続けて、キャスとマスティがやって来る。


「あたしら特にそんなこと思ったことないよ~!」


「むしろ眷属となったことで生存能力が上がったのです!」


「同志達……!? 」


「あ~! タフラいた!」


「お前またラナさんやっつけようとしてたのかぁ!? ……気持ちはわかるけどよ。いくらなんでも……」


「……タフラ? 貴方の様子もおかしいですね? いつもより元気がないです」


 タフラは眷属達に訴える。


「同志達はあの裏切りを知らない。そして、知ってからでは遅いのだ。故に余は——」


「タフラ。貴方を渦巻く恐怖は裏切りを経験していない私達には知ることのできないものです。ですが、そのやり方は貴方自身認められるものなのですか?」


「そうだぜタフラ。俺達タフラのその責任感の強さはすげぇと思ってる。ラナさん害するのは止めるけど、それは俺達のためにやってるってのはわかる。けどよ、それで自分の感情を縛り付けちゃいねぇか? こうしなきゃならないってよ」


「……ぬぅ」


 唸るタフラにキャスは下から見上げるようにタフラの顔を見た。


「……タフラ。今の君さぁ、とっても苦しそうに見えるよ。無理して嫌々やってるみたいな。なんだかさ~タフラの言ってた自由とは違う方向に進んでない?」


「自由……余はラナを罪悪感で縛ろうとしていた。それ以前も……」


(これでは……余も同じではないか。理不尽を与える魔物共と)


 タフラはすっかり沈黙してしまった。

 シズルはリード達を一瞥した後またラナに話しかける。


「……ねぇ、ラナ。キャス達も言ってたわよね。気にしないでいいってさ。あいつらもラナはそんなことしないってわかっているからそう言ってるのよ。だから、自分をそんな貶めないで」


「シズル……」


「やっとミつけた! サガしたぞラ——……ゼンインいる!?リード、キャス、マスティ。なぜヨばないキサマラ!」


 窓が開きメテットが出て来る。どうやら今の今まで探していたらしい。


「え~!? いやさっき知らせ——あ~メテットさんは眷属じゃないねそういえば」


「すまねぇメテットさん。眷属間で連絡されてたから全員にいきわたっているものだと勝手に思ってたぜ」


「カクニンしろキサマラ! ……まぁラナもミつかってよかった。ん? ラナ! そのカオは!? ダイジョウブなのか!?」


 ラナの顔の黒い部分を見てぎょっとするメテット。


「メテット……あなたも来てくれたんですか」


「? トウゼン。メテットはミライを……いや、」


「ラナはダイジなトモダチだからな。タスけるよ」


 メテットはさもそれをするのが普通であるかのように答える。


「メテットも私も貴方との積み重ねから助けたいと思ってここにいるの。私達は決して、ラナを救いようがない存在だと思わないわよ」


 シズルはラナの目線に合わせてラナの両肩を優しく掴む。


「ラナ。怖いと思うわ。でももう一度立ち上がってくれないかしら。このままだとラナは消えてしまうんですって。私嫌よ。また大切な友達を無くすなんて」


「メテットもここでハジめてできたトモダチがネたきりはシンパイ」


 ラナの顔の黒い部分にひびが入る。


「シズル……ワタシ……」


「……ラナを守り切れなかった、私だと説得力がないでしょうけど……改めて約束するわ」


「ラナ。貴方は私が助ける。どんな時でも貴方を必ず見つけて、窮地から救いだす。貴女がもし、そんな狂った考えを抱いたのなら体をはって止めてあげる」


 孤独だった復讐鬼は、少女との出会いにより変わった。


(どんな時でも……シズルはいつだって……助けてくれた)


 シズルの決意を見たラナの顔を覆う恐怖の仮面が今割れる。


〈今回もお願いします。ワタシをまた、助けて下さい〉


「守り切れなかったなんて……違いますよ。シズルは今もワタシとの約束を守ってくれてます」


(今もこうして助けに来てくれたから……)


 ラナは自分の足で立ち上がる。


「メテットも、シズルもありがとうございます。ここまできてくれて。ワタシは……もう逃げません」


(……ラナがまた立ち上がってしまった。もう心を折ることはできないだろう)


 そう考えるタフラだが心の底で安堵していた。


(だが……これでよかった。あのままだと無意識のうちに心のどこかで間違っていると自分で自分を縛り続ける、そんな誇れない余になるところだったのかもしれない)


 ラナの心の世界が輝き始める。ラナの目が覚めるためだ。

 ラナの心に入ったシズル達は異物として排除される。


 シズル達もラナも現実へと帰っていった。

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