第3話 噴き出す絶望

「うあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


「――何!?」


 業火はたちまちに小さな少女の体を包み込む。


「ああ熱い!!! 熱い!!! お父さん!!!」


 今はいない父に少女は叫ぶ。元々少女は今少女を焦がす業火によってすでに消滅しているはずだった。

 少女が今まで無事でいられたのは父が娘に与えた自分の余りの魔力を使って業火を彼女の中に押しとどめていたためである。


 しかし、シズルの言葉でラナの感情が高まった。彼女の内にある業火はそれに呼応し、一時的に彼女の外に噴火のごとく湧き出たのだ。

 彼女の外に溢れた業火は今度こそと焼きそこなった少女を燃やす。

 それは、太陽を生み出すための火種。ちっぽけな魔物一匹焼き尽くすのに一分もかからない。


 にもかかわらず、そんな業火に焼かれて今なお少女が体を保てているのは、代わりに燃えているものがあったからだ。


「ぐぅぅ!! 思ったよりあっついわね!!」


(こんなのが今の今までこんな小さな女の子に収まってたの!?)


 シズルはラナが完全に炎に包まれる前にラナに抱き着き炎を自身に燃え移らせて、ラナが燃え尽きるのを辛うじて防いでいた。


「ラナ! ラナ!! 聞こえてる!?」


シズルは燃えながらもラナに向かって呼びかける。


「ああああっ! ……あ、え!? シ、ズルさ……」


「どうすればいい! どうすればこれは止まる!?」


「嫌、待って! シズルさんが燃えて……!」


「そんなことはどうだっていいわ!! ラナ! 止める方法がないのであれば一か八かであなたを海まで吹っ飛ばす!」


「えええええっ!!??」


 確かに火には水だが、ここからラナを海まで吹っ飛ばせるのは島がそれほど小さいのか、シズルの力がおかしいだけか。

 そもそも今のラナにはそれだけの力を受け止める耐久はない。


 しかし、今は緊急事態。シズルは今にも燃えながらラナを海まで吹き飛ばそうという動きを見せていた。


「ま、待って! この炎がただの海水で消えるとは思えません!」


「やってみなければわからないじゃない!」


「そもそもそんな海まで吹き飛ばす力なんてワタシは耐えられません!」


「そっと吹き飛ばすわよ!」


「どういうことですか!? 他に手は……そうだ!シズルさん手を……!」


「はい手!」


 シズルは迷いなく右手をラナの前に突き出す。

 その勢いの良さに面くらいながらもラナはシズルに感謝する。


「あ、ありがとうございます! それとすみません失礼します!」


そう言ってシズルの差し出された手にかみついた。


(これは…私の魔力が手から抜けていってる……?)


「って私の魔力を吸っているのラナ!? それ危なくない!?」


 ラナが魔力を吸っていくと、炎は段々と左眼の中に戻っていく。


「あ、火が……消えていってる。」


 やがて炎は全てラナの内に収まった。

 火はもうどこにもなく、部屋の中には、焦げた畳と家具、そして火傷したラナとシズルだけが残った


「ハァ……ハァ……すみません。魔力ありがとうございます。」


「魔力を吸うとは……今日は驚かされてばかりだわ。おなか痛くならないの?」


「大丈夫です。ワタシは、他者の魔力を自分の魔力に変えることが出来るのです」


 魔力とは魔物の血液であり、その体を構成しているモノ。魔物が扱う魔法はこの魔力を相手に流し込むことで発動する。

 なので本来自分から別の魔力を取り込むことは自殺行為にも等しいが、ラナの中に流れる魔力の性質により、シズルの魔力をラナの魔力に変化させることに成功していた。


「シズルさんの魔力をワタシの魔力として炎を抑えるように体の中で調整したのです」


「へぇ。だから貴方はおなかから釘が噴き出さないのね」


「はい。吸血した時なら魔法は発動したことがないので……」



「…………えっ噴き出す?」



 信じられないことを聞いたような気がしたラナは思わず聞き返す。


「ええ。相手の体を釘に変えるっていうのが私の魔法、私の魔力の性質」


 そう言ってシズルは手から包丁と同じくらいの長さの釘を生み出した。


「私がやりかえした時もこんな感じで自分で作った釘を相手に刺して、相手の体の一部を釘に変えて、内部から破裂させていたの。パーンって」


「パパパ、パーン……ですか⁉」


「だから、説明もなしにいきなり吸血されたときは本当に焦ったわよ。貴方が私の魔力を吸うことが出来るってことにも驚いたけど、助けた女の子が私の魔力でパーンして釘だけが残るとか恐いじゃない」


 恐ろしいことをさらりと言うシズル。


(海に吹き飛ばされるのを避けるためとはいえ、かなり危ないことをしていたのかもしれません……!)


 ラナが今まで魔物に吸血した時、魔法は発動しなかった。ゆえにあの土壇場で吸血による魔力補給を行った訳だが。


 もし発動していたら下手したらラナは燃え尽きるより最悪な最期を迎えていただろう。ラナは自分が燃えながら破裂、釘で串刺しとなる光景を想像して身震いした。


「その様子だと平気そうね。それにしても燃える膿とはね」


「……」


「お互いひどい目にあったわ。ラナ、自分の体の修復はできる?」


「……はい。シズルさんの方が大丈夫ですか? 緊急時とはいえかなり吸ってしまったと思うんですが……」


 ラナはシズルの魔力枯渇を心配したが……


「? そこまで吸われた気はしないけど?」


「そ、そうですか」


(規格外だ……)


 さすが最古参の魔物、とラナはシズルの凄さに驚いていた。

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