第11話 宿命にキビしい杜若さん

 放課後。高校の静かな図書室。

 テーブルを挟んで座り、僕はいつものように彼女と向かい合っていた。


「前作の主人公が出てきたから、とむらう心構えをしているの」


 開いた文庫本に目を落としつつ、彼女は淡々とした口調で語りかけてくる。


「え、ちょっと待って。まだ死ぬと決まったわけじゃないよね?」

「だって妙に達観した態度で登場するから」

「あ……それはたしかに、死相が出ているね」

「大切そうななにかを手渡してくるの。これ、生前の形見分けよね。すでにもう断崖の小石に花が手向たむけられるビジョンが見えたわ。……彼のこと、前作から気に入っていたのよ」


 ハァと切ないため息をついて、彼女なりのジレンマを語った。


「前作の敵が再登場するパターンは、なぜか末長く味方になるのに……」

「あー、ちゃっかり師匠ポジに収まったり」


 改心しないセリフのわりに命をして助けてくれるツンデレなのよ、と誰に向けたでもなく彼女はそっけない。

 昨日の敵が今日の友みたいな王道展開。僕は正直ワクワクしてしまうのだけれど。


 相変わらず、お約束にキビしい杜若カキツバタさん。


 艶やかな長い黒髪。意思の強い瞳は、同時に儚さも帯びている。

 原因はやはり、お気に入りキャラクターが死にひんしているからだろう。


 全校生徒の士気に関わるほど、どこか浮かない様子の彼女は、


「ねえ。わたしが死んだら、どうする?」

「……ん?」

「原因不明な不治の病が進行していて、実は余命幾許いくばくもないと言ったら、あなたは哀しんでくれるかしら」

「やっぱり。この流れ、デジャビュだ」


 転校のやつと同じ。舌の根も乾かないうちに似たパターンを放り込んできた。

 今日の杜若さん、お約束にキビしくない。

 ……いや、べつに無理して厳しくなくていいんだけども。


「まあ実は、死なないわ」

「あっネタばらしが早い。でも知ってた。今回はもう、確信を持って知ってた」

「ちなみに、哀しい?」

「当たり前でしょ。絶対に哀しいよ。無理。そうなったらすぐにあとを追うくらい。三途の川で待ち合わせしようね」

「は、反応に困るわね……」


 案の定杜若さんが困惑したので、僕は両手をパアッと開いておどける。


「なーんてね。後追い心中なんてするわけないじゃん。だって、すぐにでも死者蘇生の禁術研究に没頭しないといけないんだから」

「えっなに、急にその真剣な目……。冗談なのか本気なのか、判断がつかないわ」

「杜若さんはどっちで復活したい? 本体保存派、それとも別の肉体派?」

「そんな究極の選択、聞いたことないわよ……」


 どっちも嫌、と戸惑う視線で断る杜若さん。

 レアな彼女が見られた反面、僕が引き出したいのは違う表情だったと反省する。


「ごめん。前回引っかかったから少し意地悪した。でも、そんな気分じゃなかったよね」

「それは、わたしも悪いから何も責められない……あっ」


 と、そこで杜若さんはひらめいた顔になる。

 あるいは、一縷いちるの望みを見つけた表情。


「……死んで、復活する」

「杜若さんの話?」

「違うわ、前作主人公よっ!」

「それ冒頭の、死亡予約が入ったっていう」

「そう! 手渡したアイテム、あれは復活を見越して主人公に託したのよ!」


 杜若さんの瞳に希望が宿る。

 どうやら伏線に心当たりがあったらしい。


「あなたのおかげで希望が見えたわ! 読み進める勇気が湧いてきた。ありがとっ!」

「それは、よかったね!」


 満面に笑みをたたえた杜若さんを前にして。

 お約束のラインはどの辺だろう、などと野暮を言うのはやめておいた。


 僕たちの放課後はまだまだ続く。

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