②一夜明けて

 家に帰り着いたのは22時だった。

 22時と言えば、成長期の子供は寝る時間。しっかりと睡眠を取る事で、成長ホルモンを活性化させる。胸を大きくするには必要な事だ。


 カンザキは部屋の前で小山内さんを下ろし、言った。

「じゃあ、帰るね。そういっちゃん、ごちそう様でした。今度は私がおごるから」

「いいよ。忙しいところ駆け付けてくれて助かった。それに君も女性なのに、小山内さんをおぶってきてくれてありがとう」


 カンザキは、ほほえんで小さく首を横にふる。

「大丈夫よ。筋力と体力は男だから。女なのは心とおっぱいだけよ」

 そんな風に、下半身は無課金という秘密をさらっと打ち明けて、颯爽と階段を駆け下りて行った。

 男前という言葉は、彼女に対して誉め言葉になるのだろうか? そんなどうでもいい事が頭をよぎる。


 小山内さんは、通路の手すりから上半身を乗り出して、カンザキに手を振った。

「カンダさーん、ありがとうございましたー」

 堂々と名前を間違えて、船出の時みたいに、大きく手を左右に振る。

 カンザキは苦笑しながらも、訂正せずに軽く手を振り返し、駅の方へと消えて行った。


「さて、成長ホルモンが分泌される時間だ。お風呂に入ってから、足の手当てをしよう。そしてもう寝るんだ。バストアップのためにも、早く寝る習慣をつけよう!」


 小山内さんは、スポ根ドラマのヒロインのように、「はい、お兄さん」と返事をした。


 足の方は、腫れてもいない。念のため今日は軽くシャワーを浴びて、湿布を貼り、23時には消灯した。


 ゆるりとしたベビーピンクのワンピースに着替えた小山内さんが、「おやすみなさい」と黄色いテントに入って行く。

 壮一は、それを見届けてから机に座り、ノートパソコンを立ち上げた。

 部屋は真っ暗だが、スクリーンからの灯りで十分事足りる。

 コンテストに出すための作品は書き上げたが、まだ完成ではない。推敲に校正。そのために冒頭から読み直す。


 この三ヶ月、茉優との時間を取り戻すかのように書き進めた恋愛小説。

 本当にこの作品でいいのだろうか、と自問する。答えは出て来るはずもない。

 しかし、気乗りがしないのだ。書き上げたという達成感もなく、この作品で勝負する! という気持ちが奮い立ってこない。


 推敲するつもりが集中できず、タブバーに並ぶSNSや小説投稿サイトで、つい道草を食ってしまう。

 意識があちこちに飛び、今更降って来るはずもないアイデアの種を見つける。

 久しぶりに、ウェブ小説投稿サイトにアップしていた自分の過去作にアクセスしてみた。


 ――ん?


『恋する乙女のテンカウント』

 コンテストでかすりもしなかった作品だ。R18に書き換える前のバージョン。全然チェックしていなかったが、PVが随分伸びている。読者も増えているではないか!

 令嬢物の人気は、未だ衰えていないのは、肌で感じてはいたが……。

 これは、もしかしたらもしかするのか?


 ◇


 窓から差し込むレモン色の陽光が、瞼の裏を刺激して目が覚めた。

 部屋に漂う透き通った歌声は、ここではないどこか別の世界を演出しているようだ。

 疲れた心がほぐれていく。

 初めて聞くメロディだが、言語はタガログ語。フィリピンの歌らしい。

 キッチンからは、じゅーじゅーと香ばしい香りと音。


 壮一は昨夜、あのまま机の上で眠っていたようで、肩には厚手のバスタオルがかかっていた。

 小山内さんがかけてくれたのだろう。

 時刻は9時。

 そっと振り返ると、丈の短いTシャツに、デニムのショートパンツを履いた彼女が、来た時と同じツインテールで、フライパンを揺らしている。

 一歩進んで二歩下がった感じ。

 セクシーさが欠片もなくなっている。

 まるで魔法が解けた後のシンデレラだ。


 玄関に積み上げられていたゴミの山はすっかりなくなっている。

 彼女は有言実行型らしい。

 きっと、というよりはやっぱり、真面目な子なのだ。


「そんなに頑張らなくてもいいよ。今さらつまみ出したりもしないから」

 寝起きの間の抜けた声をかけると、はっと振り向き不思議そうな顔をした。


「おはようございます。頑張らなくてもいいなんて、初めて言われました。それはつまり?」


 忙しそうに手を動かしながら、目線はフライパンと壮一の顔を行ったり来たり。


「つまり、君と俺は対等って事」

「対等?」


「そう。対等」


 小山内さんはわかったのかわかってないのか、首をかしげてこう言った。


「でも、私、お料理は上手ですから、私がしたいです。ゴミ出しも、お掃除も好きなのです」


 そう言って、にっこり笑った。


「歌も好きでしょ?」


「はい。歌もすきです」


「さっき歌ってた歌はなんていう歌?」


「サ・ウゴイ・ング・ドゥヤン。ゆりかごの揺れる音という意味の歌です。お母さんを忘れないように、時々歌います」


 そう言った小山内さんの顔に、寂しそうな色はなくて、どちらかというと故郷に思いを馳せているような、幸せそうな顔に見えた。


 フィリピンは何より家族を大切に思う民族だ。

 母親は日本人。皮肉な事に小山内さん本人は、フィリピンの国民性が強いのだろう。

 自分を見捨てて男と異国へ行った母親でも、彼女にとったら大切な家族。

 そんな彼女の姿に、壮一は胸を締め付けられた。


 壮一は立ち上がった。

 キッチンへ行き、小山内さんに声をかける。


「手伝うよ」

 フライパンにはこんがり焼けた鶏肉。シンクの横には千切りのキャベツにトマト、アボカド。

 我が家の食材で、よくこんなに充実した料理ができるな、と壮一は感心した。


「よくこんな料理作れたね。材料あった?」


「はい。昨日、預かった一万円でたくさん買いそろえました」


「へ? 全部使ったの?」

 そう言えば、お釣りをもらっていなかった。


「はい。お金はあるだけ使います」


 宵越しの金はもたね~って、江戸っ子かよーーー!!!



・・・・・・・・・・・・


お詫び

すいません。おっぱいまで行きつきませんでした(笑)

次回は必ず!!<m(__)m>


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