第8話 弟子

「ふー……」


露店で色々飲み食いしていたら催してしまったので、俺は広場から少し離れた場所にある簡易トイレの一つに駆け込む。

これも祭り用に商人達が用意した物だ。


「ん?」


出す物出して外に出ると、さっき俺の事を睨んでいた少年が立っていた。

彼はそばかすだらけの顔をニヤつかせ、何故かこっちに歩いて来る。


「おい。勇者の腰巾着野郎」


「……ん?俺か?別に俺は腰巾着じゃないぞ」


好んでソアラと行動している訳ではない。

むしろ無理やり引き回されている身だ。


とは言え、他人からみればそう映ってしまうのだろう。

理不尽極まりない話である。


「知ってるぞ。お前はただの市民だって。それなのに勇者にくっ付いてるんだ。それが腰巾着でなかったら、何だって言うんだ?」


「一言で言うなら、被害者かな。いつも酷い目に合わされてるし」


もはやソアラは、俺の人生における最大の障害と言って良いだろう。

彼女さえいなければ、今頃鼻を垂らしながら馬鹿面で新たな人生を謳歌出来ていた筈だ。


はー、やだやだ。

溜息しか出ねぇ。


「用件がそれだけだってんなら、俺はこれで失礼させて貰うよ」


「はぁ!?ふざけんなよ!」


用が無い様なので待たせているソアラ達の所に戻ろうとすると、少年が急に声を荒げた。

まあそんな気はしていたが、どうやら簡単にはいかせてくれない様だ。


「市民クラス如きが、調子に乗ってんじゃねぇ!勇者の相棒は、このタロイモ様の方が相応しいんだ!」


単純な嫉妬が、絡んで来た原因の様だ。

ソアラが俺の事を相棒だなんて皆の前で言うからこうなった。

重ね重ね言うが、本当に迷惑な話である。


しかし……タロイモか。


日本で親にこの名前を付けられたら、確実に虐められるかぐれるかの二択だな。

まあこの世界だと、それ程おかしな名前ではないが。


「どっちが相棒として相応しいか!俺と勝負しろ!」


そう言うと、タロイモは腰のベルトにさしていた木剣を引き抜いた。

相棒をかけてと言う位なので、こいつは恐らく戦闘系のクラスなのだろう。

これでこいつも市民だったら笑うわ。


「言っとくけど、勇者の相棒なんて誰にも務まらないぞ?賭ける以前の話だ」


ソアラの成長っぷりを間近で見せつけられている身としては、彼女と並び立てる人間なんて、到底いるとは思えなかった。

まあスキルマスターである俺なら頑張れば何とかって所なんだろうが、この先ずっとソアラに付き合わされる等死んでもごめんである。


「いいから俺と勝負しろ!!」


「はぁ……」


溜息しか出ない。

人の話を聞く気はない様だ。


つか……こっちは丸腰だぞ?


それに年齢の差もある。

仮に俺に勝ったとしても、そんなんで勇者の相棒なんて務まる訳ないんだが……

突っ込み所満載すぎ。


「分かったよ」


まあだが相手は子供だ。

しかも少し頭に血が昇っていると来てる。

この状態で話をしても聞きやしないだろう。


仕方ないので、相手をしてやる事にする。


「かかって来い」


俺もだてにソアラと毎日訓練してる訳じゃないからな。

その動きから、漠然とだが相手の強さを見定める事位は出来る様になっていた。

意図的に実力を隠してるとかじゃない限り、タロイモは俺の敵じゃないだろう。


相手に手を向け、指先をくいくいと動かして挑発してやる。

こういうのは中途半端だと尾を引くので、明確な実力差を見せつけておく事にする。


「上等だ!!」


タロイモが木剣を大上段に構えた。

それはマスタリーを取っていないのかと思えるほど、雑な構えである。

彼はそのまま突っ込んできて、適当な間合いで此方へと木剣を振り下ろす。


……おっそ。


普段ソアラに滅多打ちにされているせいか、タロイモのそれは欠伸が出そうな程遅かった。

まあこれが、本来の子供の動き何だよな。

勇者である彼女が異常すぎるのだ。


「なっ!?」


俺がそれを親指と人差し指で軽くつまんで止めて見せると、タロイモの表情が今にも目玉が飛び出さんばかりの驚愕へと変わる。


こっちは格闘家のマスタリーも取ってるからな。

超格下の攻撃を指で止めるぐらい楽勝だ。


「ま……まぐれだ!お前みたいなガキに、俺の剣が止められるわけがない!!」


まあソアラに鍛えられているとはいえ、こっちは6歳児だ。

タロイモもまさか自分の攻撃が指先で摘まんで止められるとは、夢にも思わなかっただろう。


それをまぐれ。

たまたま。

そう思っても仕方ない。


「んー……だったら、俺が摘まんでる剣を引き抜いてみろよ?そしたら俺の負けでいい」


「い……言ったな!こいつ!!」


タロイモは木剣を引き抜こうと、顔を真っ赤にして「ぐぬぬぬ」と唸り声を上げている。

だが俺の指先からはピクリとも動かない。


何せ、こっちは補正込みで筋力300オーバーだからな。

いくら戦闘系クラスだろうと、子供じゃ……まあ無理だ。


「そんな……なんで……なんでだよ。俺は戦士なんだぞ!」


暫く足掻いていたが、タロイモは引き抜く事を諦め木剣を手放してしまう。

その目じりには涙が浮かび、今にも泣き出しそうな状態だった。


これではまるで、俺が虐めているいるみたいではないか。

明らかにこっちが被害者なのだが、そんなの見せられたら無駄に罪悪感が湧いてしまう。


こんな事なら、もうちょっと手加減して戦いっぽくすればよかったかな。

まあ済んでしまった事は仕方がない。


「気が済んだか?言っとくけど、ソアラは俺なんかよりずっと強いんだぜ。勇者の相棒になるのは諦めるんだな」


それだけ言って、気まずさから俺は逃げる様にそそくさとその場を離れた。

取り敢えず圧倒的実力差を見せつけたから、もう勝負どうこう言って来る事はないだろう。


俺は待たせていたソアラと合流し、祭りの続きを楽しんだ。

翌日、とんでもない事が起きるとも知らないで。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「んじゃ、行って来る」


「行ってらっしゃい、貴方」


「行ってらっしゃーい」


翌日。

明け方近くまで酒を飲んでいたと思われる父だったが、朝は普通に起きて来て平然と仕事へと向かう。

とんでもない酒豪だ。


だが一旦家から出て行った父が、何故か戻ってきて――


「おいアドル。村長さんの息子さんが、お前に用があるって来てるぞ」


「用?村長さんの息子さんが?」


村長さんの息子と言われても、一瞬誰の事か分からなかった。

だが昨日絡んで来たタロイモの事を思い出す。


……ひょっとして、あいつ村長の息子だったのか?


「じゃあ俺は仕事に行くから」


無視するわけにもいかず、俺も玄関から家を出る。

すると予想通り、昨日の団子鼻の少年が門扉の前で突っ立っていた。


まさか昨日の今日で、また勝負しろなんて言わないだろうな?


「何か用?」


声をかけるとタロイモはその場で――


「俺を弟子にしてください!」


土下座した。


「………………………………………………ふぁ!?」


俺はそれを見て、間抜けな声を上げる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る