第6話 レイドボス


 天空島の端。

 普通の島ならば砂浜に当たる場所。

 しかし、海に面さないこの島に浜は無い。


 緑の生い茂るいつもの草原に空門ゲートでやって来る。

 今日は俺一人ではない。


「思ってたより、空気は薄くないっスね」


「あぁ、風属性の魔力を少し感じとれる。

 魔境は環境的にも外とは異なるらしい。

 この島が浮いている事自体が、魔力による環境汚染の一つなのだろうしな」


 完全装備のトアリを見る。

 目立つ赤毛を後ろで結ぶ若い女。

 10代後半か20代前半くらいか。


 しかし、その姿が偽物である事は俺は知っている……


 装備は緑と白で構成された布製。

 だが、それは魔物を素材とした品。

 魔道具の一種だ。


 手足は露出し、武器は腰にレイピア。

 ただ、それがメイン武器ではない。

 身体中に暗器を仕込んでいる。

 空覚が無ければ気付けない程、巧妙に。


「言っとくっスけど、私戦闘力は並み以下っスよ?」


「あぁ、構わない。

 お前に期待しているのは、それでは無いからな」


 お前の持つ希少な属性魔法。

 その使い方は戦闘ではない。

 まぁ、戦闘力も十分あるだろうが。


「聞いた話で知ってたっスけど、レア素材ばっかりですね」


 そう言いながら、草と睨めっこを始めるトアリ。

 何やらメモ帳を開いて書き込んでいる。

 随分古い手記だ。


「あぁ、しかし今日の目的は戦闘でも採取でもない」


 空庫から取り出したのは巻いた用紙。

 それにインクとペンだ。


「まぁ、基本っスね」


 冒険者の心得1。

 魔境探索はマッピングから始まる。


「よし、これを持て」


 更に収納から、魔道具を取り出す。

 エアバルーン。

 紐のついた風船だ。

 ウィンドフロッグの胃袋とフェザースパイダーの糸で造られる。


「なんスかこれ」


「必要な魔道具だ」


 紐で俺の腰を結び、更にトアリの腹部も結んでいく。

 その紐の先をトアリに持たせ。


「ゲート」


 黒い門を開く。


「また移動するんスか?

 それにしても、空間魔術って凄いっスね。

 この島に上陸するだけでも一苦労なのに、一瞬だったっス」


「だから言ったであろう。

 この島を攻略できるのは、俺だけだと」


 そう言いながら、ゲートに入る。


 そして、



 ――落下した。



「は? キャッ!」


「なんだ、生娘の様な声を出すでは無いか」


「セクハラっスか! ぶっ飛ばすッスよ!

 ていうか、これヤバいっス!」


「心配するな、まだバルーン部分が出て……今出た」


「……ゲッ!」


 ロープに引っ張られ、俺とトアリの落下が止まる。

 いや、極低速で落ちて行っている。


「これが、風船型の魔道具。

 エアバルーンの効果、落下速度軽減だ」


 俺が転移した先は今の上空。

 ここからなら、島の全体像とある程度の地形を視界に捉えられる。

 下敷きの上に紙を広げ、島の全体的な地形。

 そして、上空から見える環境をメモしていく。


「先に言っといて欲しいっス……」


 そう言って睨みつけて来るトアリ。


「まぁ、問題はここからだがな」


 俺の呟きと同時に、それは鳴いた。


「KUUGGgggggEEEEEEeeeeeeee!!!」


「大型の魔鷲スペルイーグル……ッス!」


 素早く索敵範囲も広い。

 しかも、翼に魔力を纏わせ風を飛ばす能力を持つ。

 鳥形の魔物の中ではかなり面倒な部類だ。


 だが。


「案ずるな」


 俺との相性は頗るいい。


「KUGEEeee!!!」


 案の定、翼を大きくはためかせる。

 風の刃が射出される。

 無色透明ではあるが、俺の空覚ビジョンは魔力も見通す。


 睨み。

 呟く。


空門ゲート


 風の刃がゲートに入る。


 転送先は、魔鷲の移動方向。


「ゲェェェ……」


 そんな鳴き声と共に、血飛沫を散らして落下していく。


 大空という見透しの良い視界。

 不意打ちは無い。

 予め攻撃してくるが方向が分かるなら。

 空覚と空門で何とでもなる。


「一撃ってマジっスか……

 ていうか、今のって攻撃なんスよね?」


「空間魔法は攻防どちらにも属さない魔法体系だ。

 いや、寧ろ一体とも言えるのかもしれぬがな」


 地図を書きながらそう答える。


 その後も適当な会話をしながら地図を書いた。

 飛行系の魔物に何度か襲われた。

 しかし、バルーンを割られる事も無い。

 まぁ、割られても空門でどうにでもなるが。


「次に行くぞ」


 ゲートを上向きに展開。

 自由落下スローフォールで落ちていく。


 全体像を書いた後は、細かい場所も作っていく。

 外周から、渦巻状に転移し地図を書いた。


 大陸の中央へ行くほど環境が悪化していく。

 人にとって……悪い方へ。


「嵐に雪原、火山や砂漠まであるっス。

 なんでこの環境が隣接できてるんスかね?」


「魔境だから、としか俺にも分からんな」


 だが、まだ島の中央まではかなり距離がある。

 もう少し中央へ進みたいところだが……


「なんスか、あれ……」


 眼下に見えるは青い鱗の龍。

 ただし、通常の龍とはかなり異なる。

 地面を踏みしめる足という部位が無い。


 足では無く、土台のように丸くなった尻尾なのだろうか。

 とぐろを巻く、触手にも見えるような青い尾。

 8、いや9本も見える。


 ぽつんとその龍が居座る場所だけ空間が空いている。

 森林の中の黒い大地。


 身体は持ち上がり、巨体の上半身は木々よりも高い。

 しかし、目は閉じ、呼吸は浅い。

 眠っている様だ。


「ヤバいっスよ……」


「もう少し近づいてみるか」


「うっわ、こっちの賢者の方がやべぇ」


 トアリの言葉を無視し、俺はゲートで龍の近くまで移動する。


 距離50m弱。

 空中に発生したゲートから、俺とトアリは落ちて来る。


 ゲートから俺が出て来た、その瞬間だった。



 ――ギロリ。



 目が、開かれる。


「KIIIIiiiiiiiiiiiiiiiiiiiNNNNNNNnnnnnnnnnnnnnnnn!!!」


 光が集う。


 青く、白い光。


 まるで、炎のように。


 真蒼の龍の口へ。


「ブレスっス!」


「分かっている!」



 ――空門ゲート



 展開先は、俺たちの目前。

 盾にするように配置。


「掴まれ!」


 持っていた全ての物を捨て、トアリへ手を伸ばす。

 その手を掴み、引き寄せ、抱き締める。


 青い炎の咆哮ブレス

 咄嗟に盾とした空門ではサイズが足りて居ない。

 辺りを真蒼の炎が包む。


「あっつ……」


 俺の戦闘用のローブは特注品だ。

 あらゆる属性魔力に対して耐性を持つ。

 しかし、龍のブレスの前では紙のように脆いらしい。


 肌が、焼ける……


 ほんの数秒。

 直撃でも、掠った訳でもない。

 なのに、皮膚が爛れた。


「だが。

 返品させて貰うぞ!」


 転送先は龍の頭上。

 転移させたブレスが龍へ降る。


「待って!」


 そのトアリの叫びは、遅かった。


 俺が返したブレスに向けて、龍は大きく口を開ける。


 光を。



 ――喰らった。



「何……?」


「不味い。不味いっス……」


 俺の手の中で、トアリが震えていた。

 まるで、これから起こる事を想像し、恐怖しているように。


「――青の龍は辺りを燃やし尽くした」


 頭を抱えて、彼女は呟く。


「――吐き出された蒼炎を喰らい子を作った」


「何を言って……知っている?」


「――蒼の龍牙兵は翼を持ち、盾の様な鱗と槍の様な骨を武器に襲い掛かって来て」


 龍の身体にデキモノの様な起伏ができる。


 ポコリ、ポコリと。

 そのデキモノは人型を形作る。


「――そして龍は、もう一度天へ向けて鳴いた」


 龍の口が上を向く。

 青い光が、天へ上る。


 そして、弾けた。

 弾けた炎は8つに別れ、龍を中心に円を描く。


 青い火柱が天に昇り、俺たちを囲う。

 それを見て、俺は直ぐに気が付いた。



 外への転移が、封じられている。



「魔物が、魔力結界だと……?」


 苦々しく呟く。

 奥歯を噛み締めて。

 眉間に皺を寄せる。


 想定外で予想外。


 なんだこの怪物は。


「あ、あの……わ、わた……」


 ぶるぶると震え。

 おどおどと怯え。


 泣きそうな表情で。

 いや、既に泣きべそを掻いている。

 そんな表情で、懐の中からトアリは言う。


「あ、あれは……

 私のお母さんとお父さんを……

 殺した魔物……です」


 そう言って、彼女は古い手記を懐から取り出す。

 表面に「天空島調査書」と刻まれている汚れた手記。


「それは……優れた冒険者だったのだな」


 何せ、ここまで到達したという事だ。

 転移も無く、よくやった物だ。

 冒険者と言う存在の認識を改めなければならない。


 彼等は探索のプロであると同時に。


 ――確かな強さを兼ね備えていると。


「その手記はどのようにして?」


「別の調査隊が見つけて、持ち帰ってくれたメモっス……」


 形見という訳だ。


「仇を討て、等とは言わぬ。

 ただお前は見ろ。

 両親の仇が滅びるその瞬間を、見届けろ」


「勝つつもりですか?」


「当然。俺にはそれしかできないのだから」



 俺にできる事はただ一つ。


 いつもそうだったように。


 ただ、全てに勝つ事のみ。



 そう信じ、ただ魔法きせきを願う。




 ――神級レベル5空間魔法・天衣テレポーター



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