第3話 天空島の生態系


「ハァ……」


 こいつ等、一体どれだけ居るんだ。

 汗を拭いながら、群れ為す魔物を睨む。


 天空島へ遠征に向かった兵士は多い。

 けれど、全てがボロボロになって帰還した。


 その報告書の一文を、嫌でも思い出す。


『強力無比な魔物が、大量に生息している』


 常に魔法を連続使用させられる。

 そんなスタミナとの戦いだ。


 中級レベル2空間魔法。



 ――空覚ビジョン



 それは、周囲を知覚する空間魔法。

 俺の場合、効果エリアは半径30m。

 範囲内の視覚情報を同時取得できる。


 本気を出せば、音や匂いも取得できる。

 だが、必要ない情報は脳に不可をかけるだけだ。

 今は景色だけに留めている。


 空覚ビジョンの常時発動。

 それに攻撃用の空門ゲートを連発している。

 魔力が持たない……


 いや、それ以前に体力が持たない。

 転移を司る空間術師。

 しかし、その強さの本質は体術にある。


 ゲートは強力な魔法だ。

 故に、同時に1つしか展開できない。


 数を倒して行くには、ゲートの発動中は体術で敵の攻撃を掻い潜る必要がある。


 老体には堪える運動だ。

 それでも耐えられるのは、この魔法のお陰だろう。


 初級レベル1空間魔法。



 ――空庫インベントリ



 亜空間に物質を保存。

 それを即座に取り出す事ができる魔法。

 俺の場合は50㎥程度の保存空間がある。

 空間術師は、様々な道具で戦うのが基本。


 この戦術も俺が考案した。

 ゲートがまだ使えない空間術師のために。

 いや、若い頃の俺自身の為か。


 しかし、ゲートを覚えた今。

 武装以上に必要な物がある。


「7本……いや、8本目か……」


 俺の手に瓶が握られる。

 数は2つ。

 青い液体の入った瓶。

 緑の液体の入った瓶。


 それを片手で持ち、もう片手で封を剥ぐ。


 一気に煽った。


 ポーションとも呼ばれる魔法薬。

 青い液体は魔力を補充し。

 緑の液体は傷を修復し体力を回復する。


「これで、もう少し戦えるな……」


 睨みつけるは魔物の軍勢。


 雷鳥。

 炎猪。

 巨人。

 鋼兵。

 風狐。

 飛竜。


 どれも、冒険者がチームを組んで挑む。

 1匹を多数で相手取る様な魔物。


 徒党を組む等、想定されていない魔物だ。

 それが、俺だけを凝視している。


 面倒なのは飛行能力を持つ相手だ。

 空門ゲートによる落下はできない。


 空覚ビジョンで全体を把握し続け。

 詰まない位置へ移動を続ける。

 同時に空門ゲートを発動。


 雷鳥の放った電撃を吸い取る。

 転送先の巨人が感電した。

 猪の猛進に合わせてゲートを起動。

 上空へ飛ばし、落とす。


 落下も待たず次のゲートを展開。


 騎士風の鋼兵オートマタの斬撃を吸う。

 転移先は飛竜の側面。

 ウロコを断った。


 体力の消耗。

 魔力の消費。

 何より、集中力が持続しない。


 同時に複数の魔法を展開。

 空間エリアをコントロールし続ける。


「面白い……」


 一手で死ぬ可能性すらあるこの感覚。


「いつ振りであろうか……」


 老いると独り言が増えて行かんな。


「心臓が跳ねる感覚。

 心が躍る。気分は上々。

 一先ず、今見える貴様等は全壊させるぞ」


 ゲートを巨人の足元へ展開。

 空門ゲートはサイズを大きくする程集中が要る。

 必然的に、戦闘中のサイズは限られる。


 巨大過ぎて片足程度しか吸えなかった。

 しかし、それで十分。


 その片足で、雷鳥を押しつぶす。


空門ゲート、解除」


 ゲート内に物質が通過中。

 そのゲートを閉じる。

 その場合、ゲートは物質を元に戻す様に解除される。

 切断はできない。


 しかし、押しつぶされる寸前。

 雷鳥は全力で放電した。


「BbbbOOOOOOOooooo!」


 巨人が嘆き声にも似た遠吠えを上げる。

 それは雷鳥の最期にして最大の電撃を受けた痛みに対して……


「背から倒れろ」


 言葉は、現実となる。


 その背が、オートマタを押しつぶす。

 そして、顔程の高さに空庫インベントリを下向きに展開。

 下にゲートを上向きに設置。


 空庫から出て来た数十の武器が、空門ゲート内に落ちていく。


 武器の転送先は巨人の頭上。

 俺の専用に作られた特殊な武器群。

 刀身が下を向く様、重心を調整している。


 武器が雨となり、巨人を貫いていった。



 ――だが、それでも。



「UUUUuuuuu!!」


「HhhhAAAAaaaa!!」


「BbbbRRrrrrrrr!!」


 直ぐに追加の魔物が現れる。

 これは、流石に相手にしきれない。


 魔力と体力を回復させても、精神的な疲労は貯まる。

 集中力も切れる。


 ポーションにも使用制限がある。

 1日10本まで。

 作った本人、メイベルが言うのだから間違いない。


 それに、これ以上戦っても無駄に近い。

 何せ、全く島の奥に進めていない。


 学者の見解では、この島の広さは王都の40倍近くある。

 王国で最も広い都市の40倍だ。


 今、俺が移動したのなんて1%にも満たない距離だろう。


 これでは、この島の探索など不可能。

 威力偵察という目的は済んだ。

 これ以上戦う必要は無い。


 空庫インベントリ内部は時が停止している。

 肉等が腐る事も無い。

 他の収納品に干渉する事も無い。


 倒した魔物の死骸を適当に詰める。

 戦利品だ。

 魔物の素材は金になるからな。


 今日最後になるだろう空門ゲートを起動。

 俺は、天空島から退却した。




 ◆




「戻ったようね」


 帰還した俺をババアが出迎えてくれる。


「あぁ、空印はちゃんと機能してる」


 空印マーカー

 それが、超級レベル4の空間魔法だ。


 転送位置を記録。

 本来の条件を無視してそこに転移できる。

 記録条件は、俺がその場所へ赴く事。


 この魔法で俺は、全世界から怖れられる魔術師となった。


 特殊な結界が無い限り、空印は他人には解除できない。


 同時登録数は、俺の場合10カ所。

 ババアの家、王国の王都、天空島。

 国境や、他国の王都付近。

 それ以外にも、9カ所マークしている。


 1枠は念のため残している。


「それで、天空島はどうだったのかしら?」


「想像以上だ。

 かなり、たの……魔境だな……」


「負けて喜ぶそのクセ。

 最近は成りを潜めてると思っていたのだけれど」


 ジト目で俺を見て来るババア。

 うるせぇ。


「別に喜んでねぇよ……

 ただ、やる気が増してるだけだ」


 最近は、無かった体験だから。


「この場合ほとんど一緒よそれ……

 ジジイが何をはしゃいでるのかしら」


「それと、これは居候代だ」


 そう言って、空庫から魔物の死骸を出す。

 庭にちょっとした山ができる。


 俺はババアに親指を立てる。

 こんだけありゃ金貨100枚くらいになる。


「あんたねぇ……」


「あぁ、心配するな。

 金には困らせん」


 すると、ババアは拳を握った。


 その拳に、光が収束し――


「人の家の庭先に、なんてモン出してんの!」


 そう言って、俺の腹に拳が突き入れられた。


「グハッ!」


 閃姫の二つ名は今も伊達では無い……

 俺はそれを自覚しながら、意識を失った。



 しかし、今日一日で分かった。


 宮廷魔術師を引退できて良かったと。

 昔は冒険者に憧れてた時もあったと。


 そんな風に思えたのだ。

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