元宮廷空間魔術師の天空領地

水色の山葵/ズイ

第1話 火刑に処される大賢者


『国家転覆罪により其方を死刑に処す』


 そう、王が俺に言い放った。

 それは丁度1月程前の事だ。


 大陸一の栄華を誇る王国。

 そこで最強と呼ばれた空間術師。

 筆頭宮廷魔術師とも呼ばれた俺に。


 王は、そう言ったのだ。


 牢に入って1週間程は無実を訴えた。

 だが、その訴えは空しく流された。


 裁判から2週間ほど経った後、愛弟子が面会に現れた時。

 俺は、無実を訴える事を辞めた。


 愛弟子は、嬉しそうに真実を語ったのだ。


「師匠、安心して逝って下さい。

 貴方の跡は私が継ぎます」


 喜々として、俺にそう言う黒髪の愛弟子。

 育ちにくい空間属性を天より授かり、魔術学院でくすぶっていた彼女。


 そんな彼女を、俺は引き取って育てた。


 まだ30にもなって居ない身で、上級の空間魔法まで使える優秀な弟子だ。


 その弟子が笑っている。

 牢に閉じ込められ手足も動かせない。

 そんな俺を見て。


「まさか俺を裏切ったのか……アイシャ……」


「師匠に真向勝負を仕掛けても敵いません。

 もし勝てても、空門ゲートで逃げられる。

 なので、師匠の食事に薬を入れさせていただきました」


 目が覚めた法廷に連れていかれた後。

 確かに前日は随分眠気が強かった。

 夕食はいつもアイシャに作らせている。


 俺はアイシャを睨みつける。

 だが彼女は、その憎眼に笑みを強める。


「王は悩まれていました。

 ご高齢の貴方が退き、天命を全うした後の事を」


「どういう意味だ……」


「貴方は優秀過ぎた。

 世界中どこへでも転移する事ができる。

 そんな貴方の戦略魔法は、他国への牽制に非常に有用でした。

 その為に、各国の重要都市は魔力結界の常時発動を余儀なくされる。

 生きているだけで、敵国の国庫に直接被害を出す。

 そんな魔術師は貴方以外に一人も居ない」


 それは、自覚している。

 幾つもの勲章を貰ってる。


「だが、俺を処刑しようが、その危惧は払拭されないだろう」


「いいえ。

 貴方を越える魔術師が居ればいいのです。

 老衰に狂い謀反を企む貴方を倒した。

 そんな最強の魔術師である貴方の弟子……

 なんて、丁度いいと思いませんか?」


「そんな理由で、俺を殺すってのか……」


 馬鹿げてる。

 そう続ける前に、アイシャが口を挟む。


「重要な国防ですよ、師匠」


 そう言い残し、アイシャは振り返って去って行った。


「ふざけるな!」


 そんな遠吠えがアイシャの背に当たる。

 しかし、彼女が歩みを止める事は無かった。



 それから2週間。


 俺は牢の中で考えた。


 俺の至らぬ箇所は何処だったのか。

 60年近く働いた国に、反逆者と罵られ。

 15年連れ添った弟子に裏切られ。


 俺はこのまま処刑される。


 魔術学院を首席で卒業した。

 外れと言われた空間属性を極めた。

 筆頭と呼ばれる最強の魔術師になった。

 何度も、戦争で勝利を収めて来た。


 それでも最後はこのザマだ。



 ――いや、違うな。



 弟子は居ても家族は居ない。

 妻も娘も孫も居ない。

 愛弟子は俺を裏切った。


 天涯孤独。


 俺が仕えた王も、数年前に天寿を終えた。

 今の王はその息子だ。


 俺に期待してくれた前王とは違う。

 俺の栄光を目で見た人間はもう殆ど残って居ない。

 最近は官職しかしていない気がする。



 老いた、という事なのだろう。



 既に年齢は80を越えた。

 アイシャの言う通り、老死も遠くない。


 国への感謝もある。

 それなりに多くの給金を貰った。

 豪邸にも住めた。

 権威もあった。


 それも全て俺一人の努力の成果。

 なんて思うほどの傲慢さも、もう無い。


 嘆くべきは処刑では無い。

 歳月だ。

 どう足掻いても、俺の残りは長く無い。


 最後に、国の為になる事をする。

 それも悪くは無いかもしれない。



 そして、処刑日はやって来た。




 ――元筆頭宮廷魔術師ノア・アルトールを火刑に処す。




 街中の広間。

 そこで十字架に磔られた。

 足元には藁が積まれている。


 横には松明を持った兵士が立つ。

 上座には国王は座る。

 その横に立つのは、俺を裏切った愛弟子だ。


 罪状を読み上げる文官が高らかに叫ぶ。


「ノア・アルトール、最後に言い残す事はあるか?」


 良いだろう。

 俺は腐っても筆頭魔術師。

 死に際も、国に捧げよう。

 それで恩を返せるなら。


「王よ、確かに俺は国家の転覆を試みた」


 その言葉は嘘だ。

 けれど、王とアイシャの瞳孔が開く。

 そうだ、俺の最期の言葉を記憶しろ。


 今から言う言葉は真実なのだから。


「王よ、貴様は愚かだ。

 先代の死後、貴様の行った政策は民にとって悪政でしかなかった。

 国益とは、国庫の潤いではない。

 それを自覚できねば、国は亡ぶと肝に命じよ」


 何度も進言した内容。

 そして、何度も跳ね除けられた内容。

 その最後通告を、俺は浴びせる。

 それが、この国の為だから。


「貴様! 王に向かって何たる口の利き方を!」


 文官が叫ぶが、俺は気にせず言い続ける。

 死に目だ。

 人の目を気にするのも無駄だろう。


 俺には叫びたい事がある。

 これが俺の最期の叫びだ。


 お前達に伝えるよう。

 先達からの最期の言葉を。


「そしてアイシャ。

 お前はまだまだ未熟だ。

 お前がやらなければならない事は、権威を手に入れる事では無い。

 魔術師としての実力を高める事だ。

 その程度のレベルで満足していれば、先は無いぞ」


 俺には、お前の気持ちは察する事しかできはしない。


 お前は、魔術学院の落ち零れだった。

 空間魔法は習熟難易度が高い。

 落ちこぼれるのは良くある話だ。


 しかし、お前の場合は特に酷かった。


 捨て子であり、劣等性で、受難の黒髪。

 世界の全てが敵に見えて不思議もない。


 だが俺は、お前を哀れんだ訳じゃない。

 ただ、良い魔術師になりそうだと思っただけだ。


 権威を欲したのは何故だ。

 同学への妬みや嫉妬、復讐心か?

 ならば、お前は大成できない。


 そんな目的で満足するのなら、お前はまだまだだ。


「感情に流されず精進し続けろ。

 お前を見下す人間等、気にするな。

 我が愛する弟子よ。

 天より、お前の活躍を見守って居る」


 それが、俺の言いたい事の全て。

 いや、本当はもっとある。

 考えていた事、伝えたい事。


 何文字も何行も何ページも。


 けれど、多くの言葉を並べても無意味だ。

 俺の言葉がお前たちの胸に残れば良い。


「ふざけるな……」


 王の横からアイシャが近づいて来る。

 はりつけにされた俺へ。

 進行途中に居た兵士から松明を奪い。


「お前に、私の何が分かる!?

 私の人生を勝手に語るな!」


「分からぬさ。

 ただ、アイシャよ。

 俺の弟子は、お前一人だけなのだ。

 心配くらいさせてくれ」


「ッ……!

 もっと悲痛な顔をしてください!

 もっと、喚いてくださいよ!」


 そう言って、アイシャは火のついた松明で、俺の頬を殴る。


 ならば、もう少し喚くとしよう。


「……重要なのは力の強弱では無い。

 どれだけ上手く使えるかだ。

 俺の権威はくれてやる。

 使い方を誤るなよ」


 俺がそう言った瞬間、アイシャは火を藁に掛ける。


「貴方が嫌いです」


 あぁ、それでも良い。

 アイシャ、お前の人生はお前の物だ。


 そして、同じように俺の人生も俺の物だ。


「聞け!」


 俺は国王を睨む。

 この茶番を仕組んだ張本人。


 処刑されるまでは、宮廷魔術師として責務を全うしよう。


 しかし、死後は別だ。

 処刑されたその後は、好きにやらせて貰う。


「もう、お前達に会う事は無いかもな。

 だが、努々ゆめゆめ忘れるな。

 もし次に、お前達と顔を会わせたなら。


 ――俺はお前達の敵だ」


「ヒッ……」


 身を包む炎の中より、恐怖に顔を歪める国王を見る。

 しっかりと、俺の顔を瞼に焼き付けよ。



 お前達は空間魔法の真価を知らない。

 俺は超級レベル4までの魔法を収めた唯一の空間魔術師。

 そう、お前達は思っている。


 拘束されている状態でゲートを作っても、それに身を投げ出す方法が無い。


 だから逃げられない。

 そう思っていたのだろう。



 あぁ、本当に、どうして今更なのだろうな……



 牢の中で、ずっと考えていた。

 最後だと思う程、思考は深まった。

 空間魔法という物に対する思考が。


 それは、蓄積された知識から来る一種の閃きだ。


 俺は83歳にして、神級レベル5の空間魔法を会得した。


 牢の中の事。

 アイシャすら知らない。

 俺の新たな力。


 それは、ゲートを使わず無条件に自身を転移させる事ができる魔法。



 ――神級レベル5空間魔法・天衣。



 轟轟と燃え上がる炎の中。

 誰にも悟られる事無く、俺はそこから逃走した。

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