闇の魔物と女子高生

ゴルゴンゾーラ

人間に憑依

1_彼女との出会い

人間が魔道書を読みながら、魔物の召喚に挑戦している。

まず足元に魔法円を描く。


細かい図形のひとつひとつ、間違わないように描かなければいけない。

なぜなら少しでも描きかたを間違えれば、召喚に失敗するからだ。


魔物に捧げる供物は3種類。

魔道書に書かれた通りのものを用意する必要がある。


「おかしいな。なにも起きないじゃないか。本に書かれてる通りに、準備したんだけど」

人間があきらめかけたそのとき、闇の魔物セルパンが召喚された。

「よかった。成功だ。ほんとに悪魔があらわれたぞ」


興奮する人間。


俺は単刀直入に聞く。

「はやく願いを言ってみろ」


人間は願いを言う。

「一生困らない金がほしい」


俺は、人間に言う。

「では、誰かを貧乏にして、お前を金持ちにしよう。

誰を貧乏にする?」


セルパンが叶えることのできる願いは、別の誰かのものを奪ったり押し付けたり......そういった事ができるものに限定している。


例えば

空を飛べるようになりたい

魔法使いになりたい

などという願いは叶えられない。


「さぁ、お前は誰の金を奪う?」


人間はたいてい、憎んでいる相手の名前を言う。

もしくは、無関係の人間が選ばれることさえある。


「では、契約を実行する。お前の死後、お前の魂は俺のもとなる。いいか?」


セルパンと契約を交わした人間は、その死後、魂をセルパンに取られる。

セルパンは自分のものとなった魂を養分とし、より強い力を得る。


俺も今まで2000を超える人間の魂を手にしてきた。


人間は身勝手だ。

今まで私利私欲にまみれた願いばかり聞いてきた。

他人を不幸にしてでも良いから、自分のことを一番に考える。

呆れるような願いから、簡単に魂を売り渡す。


だがその少女は違った。

わずか8歳の少女。


「お前の望みは?」


彼女は俺の目を真っ直ぐ見ていった。

「弟の障がいを治す!」


彼女の弟は、自動車の事故により足を不自由にしていた。

右足を引きずるようにしか歩けなくなっていた。


俺はその少女に惹きつけられた。

彼女の目に見つめられると、なぜか懐かしいような、そんな気持ちになった。


うかつにも人間に惚れてしまった。

それもまだ子どもに。


彼女の魂は汚れがなく、純白で強力なパワーを放っていた。

そのオーラは光り輝いていた。


「俺は神ではない。病気や怪我を治すのは無理だ。

弟のことは運命と思いあきらめろ」


俺との取引きで、少女の魂は死後に消滅する。

あまりにも過酷な運命だ。

願いをあきらめてほしかった。


「いやだ。弟の足を治す!元通りに」


彼女は引き下がらなかった。


「どうしてもというのなら」

急に、俺は彼女を試したい欲求にかられてしまった。

こんなにきれいな魂の持ち主でも、自分の願望を叶えるためには、

結局「誰か」を犠牲にするのではないか。


「呪いによりその障がいを別の人間にうつすしかない」

「うつす......?」


「俺は神ではない。世の中は均衡で成り立っている。

誰かが幸福を得るのなら、誰かが不幸を背負わなければならない。

お前が嫌いな人間の名前を言え。

そいつに弟の障がいをうつしてしまおう」


彼女は、爪をかんで考え込んだ。


彼女は一体、誰を選ぶのかな。

彼女だって人間だ。

誰かを犠牲にするだろう。


俺をがっかりさせて欲しい。


だが彼女はこう言った。

「あたしの足を悪くする」


「なに?お前の?」


「自分が嫌い。弟の足が悪いの、あたしのせい。

あたしが見てなかった。弟を」

彼女は大粒の涙をいくつも流しながら言った。


「弟の障がいを誰かにうつす。できない」


「お前の死後......魂は失われる。俺がお前の魂を食べることになる。

よく考えて答えてほしい。ほんとうにいいのか」

「......怖いけど。がまんするよ」


俺は、呪いを実行した。


依頼者が契約条件に納得し、実行可能な願いを聞いた以上、やるしかなかった。

やらなければ、より恐ろしい結果を招くことになる。


当然、死後に魂をいただく契約も結んだ。


彼女の左手の甲には「契約済み」の証であるアザが浮かび上がった。

彼女はもう二度と、セルパンを呼び出すことはできない。


そして、彼女は俺と出会ったことをすべて忘れた。

契約後は、記憶から消すのがしきたりだ。


彼女は俺のことを忘れた。

でも俺は彼女のことが忘れられなかった。

あんなに魂のきれいな人間に出会ったことがなかった。

その後、彼女がどうしているのか。

どんなふうに過ごしているのか。

気になって仕方がなかった。

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