第14話 

 私―――山羊クルミは入学早々、変な部に入ってしまいました。

 私立東川高等学校映像部は近所では有名な部でした。私は映像系に興味があったので入学してまもなく、映像部を見学しにいったのです。ですが、そこは映像部と呼ぶにはあまりにも私的な空間だったのです。映像と関係する資料や機材は一切ありませんし(初期の少年ジャンプがそれだと言われましたが納得していません)、先輩方は各々の活動をしているのですから。身体の大きな先輩は鬼気迫る形相で何やらベンチプレス?をやっているし、綺麗な先輩は極太の小説の最後のページを読んでいました。その瞬間、私の脳みそは考えるのを止めました。思考停止。と言うか、静止?カオスを見たとき、人は止まるということが高校生活最初の学びでした。

 気が付くと私は映像部の部員になってました。きっと仮面ライダーは私と同じ気分だったのでしょう。

 後から聞いた話、映像部は元々ただのヘンタイの巣窟だったそうです。それから、時勢とともに衰退して今があると、どうりで空っぽな訳です。




 私は真面目な子だ。なんて言ったら、先輩は信じてくれないでしょう。

 先輩が知っているのは明るく、元気で落ち着きがない女の子であって、真面目で臆病な私ではないのですから。ですが、私は嘘を付いていたわけではありません。映像部の先輩達の前ではどうしてか、子どもっぽい私が露見してしまうのです。露見するということは真面目ちゃんな山羊クルミの中には、子どもっぽいクルミちゃんが存在していたということです。嘘ではない。

 ペルソナとでも言うのでしょうか?

 いいや、違う。

 ただ単に私の中で割合が変わっただけなのです。

 今はクルミちゃんが優勢。

 あるいは、成長したといってもいいかもしれません。

 退化かもしれませんが。

 何はともあれ、私は今の私が好きです。

 おちゃらけ、先輩達に迷惑をかける少し自己中な子。

 高校に入ってから、なんだか楽しい。

 天馬先輩は優しいし、由比先輩は頼もしい。とても言い先輩達です。

 いつも、だらけていて生産性のない部活ですが、それでも私は楽しかったのです。

 そんなある日。

 天馬先輩が映像制作をすると言い出したのです。

 驚きました。でも、なんとなくそうなるのではと予感はしてました。

 生徒会からのうんたらと言っていましたが、私は知っています。先輩は私が何かしら目標を持って入部したことに気づいていて(カメラを首に提げて部室見学にいったのですから当然です。正直恥ずかしい)、私に気を遣ったのでしょう。意外ときにしいな人です。

 映画作成はとても楽しい時間でした。映像部に染まり、だらけきっていた訳ですが、やはり何かしらの目標を持つことはいいことです。

 始めの撮影では由衣先輩が熱演をしてくれました。

 元々綺麗な人ですが、演じている時の先輩は妖艶といいますか、大人の魅力のようなものを纏っていました。

 ……正直、嫉妬しました。

 でもそんな感情よりも、こんなにも熱心に付き合ってくれたことが嬉しかった。

 やっぱり、面倒見がいいのだと思います。

 撮影の後は決まって会議がありました。

 会議は嫌いです。と、先輩達には言って脱走してたわけですが、実際は違います。

 元々は二人だけの映像部だったのに、私が入ったことにより、二人の時間は減ってしまいました。二人は互いに好き同士なのでしょう。誰が見ても分かります。ですので、私は二人だけの時間をとって欲しかったので、会議を抜けていました。

 その退屈な時間を使って、映画のカットに使えるそうな動画を撮っていました。蝉、校舎、日時計……。真面目なのです。真面目で気を使える後輩。最高じゃないですか。

 



 3人で海にいった時も楽しかった。

 天馬先輩は如何にも海に行く人といった服装、というか装備でした。由比先輩は……。綺麗な人なのですが、どこか変わったところのある人です。そうです!夏休みに由比先輩と買い物に行く約束をしていたのでした。私が先輩の魅力を最大限まで引き出さねばなりません。天馬先輩に悪いですが、その日ばかりは由衣先輩をお借りします。女子会ってやつです。

 楽しかったのですが、あまりいい思い出ではありません。

 天馬先輩に負けましたし、下着を忘れるという乙女にとって最悪の失態……。

 ―――海は綺麗でした。

 やっぱり、先輩には敵いません。




 放課後のことです。

 私はいつものように会議から逃亡しました。

 ですが、その日はなんだかイタズラしたくて、会議を行っている図書室に向かいました。後ろから二人を撮ろうと思ったのです。きっと、天馬先輩のドギマギした顔が撮れるはずです。

 私は音を立てないように図書室に侵入します。なんだか、スパイ映画みたいでつい笑ってしまいそうになります。図書室は静かなので、クスリとでも笑ってしまえば全てが台無しになってしまいます。それを考えるとさらに笑いたくなるのはなんでなのでしょうか?

 本当に静かな場所です。音だけではありません。窓からの自然な光が室内を照らしています。古本のカビ臭さが、こそこそ話に聞えます。そんな空間に二人は溶け込んでいました。肩を寄せる後ろ姿。

 おめでとうございます!!!!

 天馬先輩。ようやく成就したんですね。

 まあ、いずれそうなるとは思っていたのですが、思ったより早かったですね。

 先輩は足が太いくせにチキンだから、由衣先輩に愛想尽かされないかヒヤヒヤしてたんですよ。見る側の身にもなってください。でもまあ、由比先輩ほど綺麗な方であれば、そう臆病になるのも仕方がないのかもしれません。そんなチキンな先輩の恋が成就するとは本当にめでたい。私としても大好きな二人が一緒になるのはとても嬉しいことです。

 記念に1枚撮らせてもらうとしましょう。お二人の記念すべき日を。

 私は肩を寄せ合う男女にピントを合わせます。

 シャッターを切り、写真が現像される。

 よく撮れた写真です。 

 ―――あれ?

 不思議なことに写真がぼやけてきます。

 違う。私が泣いてるんだ。

 私は音も出さずに泣きます。ここはあまりに静かなので、鼻をすするだけでもばれてしまう。私は息を止め、静かに図書室を出ます。息を止めている間は涙が目の奥せき止められます。階段を降りる最中にいずこのカップルが手を繋いでいました。私は早足で-誰にもばれないように学校を出ます。

 テスト期間というのもあり、大抵の学生は帰宅したようです。坂には私しかいません。それに蝉が鳴いてくれているので私が泣いていても誰も気付かないでしょう。

 強く噛んだ下唇を解放してやります。

 私は泣き出します。子どものように。あまりに幼く。

 きっと好きだったのだ。

 私は天馬先輩が好きだったのだ。

 しかし、もう遅い。

 本当にバカな子だ。

 こんなにもつらいなら勝負するべきだった。

 いいや、勝負はしていたのかもしれない。

 ああ、そうだ。勝負をして何度も負けたのではないか。

 だから、私は応援していたのだ。

 本当にバカだ。

 涙で、前は見えません。ですので、何度も拭い、でもその度に涙が視界を覆います。私はそんなに現実を見たくないのでしょうか。

 ああ、神様。

 どうか私にもう一度チャンスをください。

 そうしたら、今度こそ私の本当の気持ちを伝えます。

 振られてもいい。

 報われなくてもいい。

 ただ気持ちを伝えられればいいのです。

 



 誰かが手首を掴みました。

 そうでした。

 そういえば、この学校には神様がいたのでした。

 

 

 

 




 

 

 

 

 

 

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