七、あいつら

 気まずい空気。息苦しいようなそれから逃れようと、私は立ち上がる。

「すみません、お手洗い行ってきます」

 部屋を出ると、ひさしくんが廊下で体育座りをしていた。俯いていて顔は見えない。

 なぜか今日は、姿がはっきりと視える。

「おばあちゃんとおばさん、おらんなってほしいって、前から言いよった。お母さんが友達と電話しよるん聞いてしもたんよ。俺が死んだんは、俺が悪いやけん。俺があいつらにッ」

 ひさしくんは、泣いていた。

 ひさしくんの体のまわりに黒いモヤが現れ始め、それがひさしくん全体を取り込むように広がっていった。

 ――そんなふうに言わないで。ひさしくんは事故で亡くなったんでしょ!

 声に出せなくて、心の中で叫ぶ。

 ひさしくんの体に触れないのはわかっていたけど、どうにかしたかった。

 あれは、悪いものだから。ひさしくんが悪い幽霊になっちゃうといけない。

 だから、ひさしくんを抱きしめられなくても、気持ちで包み込むことができるんじゃないかって思った。

 根拠はない。でも、そうしなくちゃいけないと強く思った。

 ――ひさしくん、大丈夫だよ。私はひさしくんが悪い子じゃなかったの、わかってる。信じてる。

 黒いモヤなんて怖くない。存在を信じなければ悪さはできない。

 信じない。ひさしくんは、いい子。

「ひさしくんは、悪くないよ。私は、信じてる」

「悪い子やったのに?」

 黒いモヤが離れていく。それは、おばさんがいる部屋に、すうっとすり抜けていってしまった。

「ひさしくんは悪くないよ」

 私がにこやかに言うと、ひさしくんの体が少しだけ透けて見えるようになった。

 顔をあげ立ち上がり、ひさしくんは庭の方に向かって消えていく。

 そっちには、蔵があった。そういえば、蔵にはおばあちゃんの嫁入り道具がいくつかあったと思い出す。

 きれいな鏡。あれは、どうなったんだろう。古いものではある。だからこそ価値のあるものかもしれない。

 おばさんが蔵の整理をしていないなら、まだ鏡台の引き出しにあるんじゃないかな。

 お手洗いには用事はない。かといって、おばあちゃんの部屋に戻るのもいやだと思い、私は庭の蔵に行くことにした。

 蔵は鍵がかかっている。おじさんに開けてもらうしかない。

 でも、明日の夕方には戻らなきゃいけないんだから、時間はないんだ。

 そういえば、『俺があいつらに』と、ひさしくんは言っていた。あいつらって誰なんだろう?

 

 


 

 

 

 

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