親と子と絆④

 突然の思いつきにより特異局の入職可能年齢まで夏目を育てることになった鏑木。

 戦闘の基礎イロハを教えつつ、社会に馴染めるように優しく接していたのだが………ご破算、同棲を始めてすぐに彼女は"反抗期"が来てしまった。


「夏目、また学校から連絡があったよ。またクラスメイトと揉めたんだって?」

「あのさぁオッサン、いちいち口出ししないでくれない? 保護者面ウザいよ?」

「なかなか言うねぇ、思春期ってやつ? でも実際の所、保護者ではあるからさ」

「監視の間違いだろハゲ」

「ハゲじゃねぇ! 坊主な!!」


 それからしばらくして反抗期が過ぎて夏目の情緒が落ち着いてきた頃、手癖の悪さが明らかとなり、またもや鏑木と一悶着していた。


「咲! またボクの財布からお金盗んだろ!!」

「え〜知らないよぉ。気のせいじゃないかなぁ?」

「ほう、しらを切るか……じゃあこの馬券はなんだい?」

「げっ、それは………」


 ゴミ箱に捨てたハズの外れ券を眼前に向けられ、バツが悪そうにする夏目。そんな姿を見て鏑木は紙の数字を指差し、更に怒りを露わにする。


「つーかざけんな! なんで一発に10万も賭けてんだ! もっと数を刻めよ!!」

「うっさいなぁ、それが拙の生きる希望なの!! おっちゃんまで拙を裏切る気!!?」

「裏切ってるのはお前だろう、がッ!」


 鏑木が悪びれる様子も無い頭に手刀を繰り出すと「うぎゃ!」と変な声を出しながら夏目はうずくまり、両手で頭上を抑えながら「うぅ……家庭内暴力……やっぱり拙は悲劇のヒロインなんだ……」と大きな声で不満を漏らしていた。鏑木は神妙な顔で溜め息を吐き、やれやれと肩をすくめた。


 それから更に時は過ぎ、夏目は入職可能年齢に達した。小さな問題トラブルはあったものの無事、特異局の試験に合格。鏑木の指導もあってか、期待の新人として歓迎された。そんな日の帰り道、二人はゆっくりと並んで歩いていた。


「咲、ホントに良かったのかい? 別に特異局に入らなくても普通の生活は出来るんだよ?」

「ううん、ずっとこのままでいられるほど拙は強くない……だから、変わるんだ」

「……そうか。まあ同期の連中も粒ぞろいだし、切磋琢磨していけばいいさ」

「師人達のこと? ふふん、奴らはc級、拙はB級だよ?」


 えっへん、と偉そうにする夏目の頭にまたもや手刀を繰り出す。そして「ぐぎゃ」と頭を抑える夏目の姿を横目に、鏑木は出かけた言葉を飲み込んだ。


「夜はどうするの?」

「うーんそうだね、今日は入職祝いだ。咲が好きなものを食べよう。何がいい?」

「えーっと、ステーキにハンバーグ、カレーにラーメン、それに寿司と焼肉かな」

「分かった、一個ずつ回ろう」

 

 冗談半分のつもりで言ってみた要望だったが、予想に反し了承されたことに面食らう夏目。歩行速度を少し上げ、鏑木の澄まし顔を覗き込む。


「ひひ、今日のおっちゃんは気前がいいね〜」

「まあね、今日のボクは機嫌が良い。でももっと欲を言うなら……あとは"呼び名"ぐらいかな」

「呼び方……? なんの?」

「さあ、なんだろうね」


 少し寂しそうな微笑みを見せる鏑木との思い出。夏目の遠い温かい日の記憶。


 それから数年後の現在、時は過ぎて学校の某所、大爆発の焼け跡残る瓦礫をかき分けていた夏目は、無惨な死体と化した骸を見つけた。

 遺体は焼き焦げ、黒い土塊つちくれは人の形をなんとか保っている状態だ。夏目は膝から崩れ落ち、眼の前の遺体を震える手でそっと抱きかかえた。


 脆くなったそれを抱きしめるとボロ、ボロ、と四肢も頭も崩れ、腕の中には胴体だけが残った。夏目の服は炭や埃を被ったように黒く汚れ、その胸の中には、少し前まで鏑木だったはずの何かがあった。


 消え入りそうな身体は小さく項垂うなだれながらむせび泣いた。血の繋がりも戸籍の繋がりも無い、鏑木の娘は遠い記憶を思い出し、掠れた声で呟く。


「お父さん…………」


 そしてその"呼び名"を聞いた灰は、風に煽られて飛んでいき、黒い煙の向こう側へと消えていった。

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