第十話 赤い春

赤い春①

 HRホームルームのチャイムが鳴る。いつもなら担任教師が朝礼を掛け、挨拶をするのだが今日は少し違った。教卓の前に立つと先生は廊下の方向に視線を送り、新たな生徒達に手招きをした。


「えー今日からこのクラスに転校生が入ってきます。はい、自己紹介して」


 男女が一人ずつ。背中に竹刀袋を引っさげ、先に教卓の隣に立った男が教師に促され口を開いた。


「あー、相良響さがらひびき17歳。趣味は打楽器、特技は剣道。学校にんのは───たぶん5年ぶりやな」

 

 その自己紹介に生徒達が不登校児か不良か疑問を浮かべる間も無く、続けて隣の女が話し始める。


「えーっと、夏目咲なつめさき14歳───」

「アホ、その歳だと飛び級してもうとる」


 少し小さな背に長い癖っ毛、相良に突っ込まれると夏目は頭をぽりぽりと掻きながら「あ、そっか」と意見を変えた。


「じゃあ16歳。特技はスロットの目押し、と趣味は競馬と競艇でーす。よろしくね〜」


 未成年とは思えない内容に「えぇ……」と困惑する生徒達、担任は面倒な子が来たなぁと思いつつも場を切り替えた。


「はい、みんな拍手ー!」

「それじゃあ席は〜、小田と金本の隣で」


 パチパチと祝福の音に包まれながら、「いやぁ、どうもどうも」と後列真ん中の二席へ進む夏目と相良。そしてほのかに、昨晩から梯子はしごした痕跡が周囲に漂う。そして同様の思いを生徒達に募らせた。


(コイツら……なんか酒臭くね?)


 動揺する大衆を意に介さず二人は指定された席に座る。そして相良の隣にいた金本は気がついた。


「あれれ? やっぱりお兄さんですよね?」

「おー、金本やん。そっか、今日から同じクラスメイトか。色々とよろしく〜」

「年上の同級生ワロタ」


 そんな和気藹々とする隣の知り合いとは対象的に、夏目に見つかった小田は自身の正体を悟らせまいと顔を背けた。


「なんか見たことあるなー、キミ」

「き、気のせいだと思います……」

「あー、喉乾いたな〜……誰か焼きそばパン買って来てくれないかなぁ?」

「子供相手にダル絡みすな」


 「ちぇー」と唇を尖らせる夏目に相良は続けて質問する。今回の任務は学校近辺、薬を含めた特殊犯罪の調査が目的だ。しかし問題児二人だけでは心許ない、と組織からもう一人呼ばれている。


「鏑木のおっさんは?」

「あー、おっちゃんなら……」

 と次の瞬間、ガラガラと扉が音を立てて開いた。そして作務衣に坊主頭、木製の下駄を履いた中年の男が入室し、教卓の前に立った。


「えー、今日から非常勤で赴任した鏑木修吾かぶらぎしゅうごです」


 鏑木と名乗る男が自己紹介をすると同時に一限目、社会科目のチャイムが鳴った。

 定時放送が鳴り止むと少しの静寂を挟み、後ろの席からはいはいはーい! と大きな声と手が挙がった。その声の主である金本は、元気に皆の疑問を投げかけた。


「せんせーい、山本先生はどうしたんですかー?」


 鏑木は少しバツが悪そうに頭を掻いた。そしてゴホン、と咳払いをしてはっきりと答えた。

 

「えーいい質問ですね。山本先生は奥さんに不倫がバレて先日入院しました。形としては休職ですね。ですのでしばらくの間、ボクが代わりに社会科目を担当します」

「えぇ………」


 それから数分後、授業は当然のように進められた。しかし生徒達の大半は休職中の先生が気になってソワソワしていた。


「という訳で、近代人類史において他惑星との関わりは防衛手段の確保のため、地球諸国が協力関係を結び、結果として内戦の抑止力に繋がりました」


 それでも滞りなく読まれる歴史、その内容を横目に小田に絡む者がいた。前の席、五味ごみという名の生徒は昨夜、薬の受け取り人が死亡したという連絡を関係者から受けたからだ。


「おい、小田。テメー昨日の件はどうなってんだ? 俺からの連絡も無視しやがって」

「そ、それが……」

「ねぇねぇ『昨日の件』って何?」

「うっせぇ、部外者は黙ってろ」


 怒りを露わにする五味。不用意に関わってくる転校生の女を睨み、舌打ちをする。

 教職員もクラスの人間も、五味に対して注意などしない。まるで何も無かったように過ごす。それは関わった者の末路を見てきたからだ。


「五味くん! 前ッ!!」

「あっ?───────ッッ!!」


 しかし今日は違った。苛立つ五味の身体に銃弾のようなチョークが束となって降り注ぎ、教室の遥かすみ、後方にその身体は吹き飛んでいった。

 と同時に手の汚れをパンパンと叩いて払い、五味を指差すとその教師は口を開いた。

 

「はいそこー、面倒な私語は禁止だぞー」

「せんせー! 五味くんが話を聞いてませーん!」

「よし相良、廊下に捨てとけー」

「あいよ〜」


 廊下に投げ捨てられた五味は地に伏し、白目を剥いて涎を垂らしながら気絶していた。その姿に一切の尊厳は無く、まるで生きた屍のようだった。

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