嵐の予感②

 十数年前、変異者はその希少性と星間戦争の栄光によって羨望を向けられると同時に、その危険性と少数派マイノリティゆえの差別に晒された。


 時が経ち社会的地位を確立した現代においても、過去の経緯から特異局の職員は変異者の代表として慎重かつ紳士的な態度が求められている。


「え……またコレを運ぶの?」

「うるせぇな、早く行けよオタク。それともテメェの写真をバラまかれたいか?」

「うぅ、分かったよ……」


 僕の名前は小田おだ玄貴くろき。とある理由でクラスメイトにいじめられている。ひ弱な体に気弱な性格。ぶ厚い眼鏡に地味な見た目。まあよくある話、僕は標的にしやすかったのだろう。


 そしてイジメの内容は日に日にエスカレートして、そして遂にはまでさせられている。


 小田は深夜に指定された繁華街の奥深く、人気ひとけの少ない路地裏で大きなフードとバックを身につけて訪れていた。


 暗闇に紛れた怪しげな男達が三人。小田の到着に気がつくとやっと来たか、とぞろぞろと近寄ってくる。


「……今日のオススメは?」

「"ヤサイ"です」


 お決まりの合言葉を聞くと男の一人がニヤニヤと分厚い封筒を取り出す。と同時に小田も背中のバックを下ろし、チャックを開けてその中身を見せた。


「よし、いいだろう」


 確認を終えると男達は顔を合わせ頷く。小田はバックと封筒を交換し、ふーっと少し安堵した表情を見せた。そして逃げるように現場から離れようとした────その瞬間、出入り口から大きな声が響き渡る。


「何してんねんお前ら? 随分楽しそうやなぁ」

 その男は関西訛りの口調と日本には似つかわしくない武器を携え、仁王立ちで進路を塞いでいた。


「ねー、相良〜。あの封筒の中身相当入ってるよ? こっそり貰っちゃおうよ」

「ちょ、うっさいわ夏目なつめ! 今ごっつかっこいい登場シーンの最中さいちゅうなんや、邪魔せんといてくれ!」


 男は相良と呼ばれ、つま先立ちで後ろから顔を出している女と、この場には似つかわしくない会話を繰り広げ始める。


「連れないなぁ、さっきまで一緒に飲んだ仲じゃないか〜」

「アンタ競馬に負けたゆーて、金欠になってもうたからタダ酒飲みに来ただけやん」

「ぐはッ! バレてたか……」

「もうプラスチックみたいにスケスケやで」


 完全に場違いな二人の雰囲気に僕の後ろにいた男達は苛立ちを覚え、ゆっくりと近づき声を掛けた。


「お前ら……ふざけんのも大概にしろ」

「これ以上続けるようなら痛い思いをしてもらうことになる。それが嫌ならさっさとそこをどけ」


 屈強な奴らは威圧的な態度で詰め寄った。こんな強面こわもての反社達に脅迫された日には僕は失禁してしまうだろう。しかしその反面、当の二人は予想外の反応を見せた。


「夏目、アカン……おもろすぎて腹がよじれそうや……」

「それならしょうがない。酒も奢ってもらったことだし、ここはせつにお任せあれ〜」

「おーそうかそうか、じゃあ頼む……ってはぁ!? アカンアカン! お前が行ったら───」


 150cm前後ぐらいの小柄な体格。夏目は相良の制止を無視して男達の前に立ち塞がる。

 完全に舐めている。と受け取った反社の一人は「あ?」と怒りを露わにしながら夏目の首を鷲掴みにして持ち上げた。


「あー、やっちゃったね。コイツ切れると女でも容赦しないよ?」

「アカン逃げろ! 早くから離れろ!!」

「おせぇーよバーカ。可哀想に、せっかくの綺麗な顔がこれから直せないぐらいにグチャグチャにされちゃうんだから」


 夏目を抑えている男は取り巻きや相良の声が耳に入らない程に、怒りで興奮していた。

 その掴んだ細い首では折れてしまうほどの強さで締め上げながら、静かな声色で質問を投げた。


「……それでクソガキ、お前が何をするって?」


 その問いを聞くと夏目はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。と同時に男の顔面は宙に舞った。

 超高速の蹴りによって千切れた首が、断面より吹き出した血によってより高く飛んだ。

 

 夏目を掴んでいた手の力が緩み、死体が倒れる。飛んだ頭が後方へとボトリと落ちる。

 一瞬、僕たちは状況を理解できなかった。非現実的な光景を夢かと疑った。しかしその直後、嫌でも知らされる。

 彼女が分かりやすく、そして先程の問いを返すように僕たちへ告げたからだ。


「死刑執行」

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