変わりゆく日常②

 昼の講義や移動に必要な時間まで、まだまだ余裕がある事に気がついた師人は七海を見送った後「さて、寝るか」と二度寝を決め込み、そして普通に寝坊した。そして単位を諦め、街に出掛けていた。 


 平日にも関わらず百貨店は賑わっている。客層としては主婦が多く散見され、他にも大学生や社会人の家族連れも来ていた。

 ネットが流通し配送が主流となっている今のご時世、外に出て物品を探す、というのも思えばおもむき深い。とまあ、それはそれとして──────。


「何を買えばいいと思う?」

「ワイに聞いてどうすんねん」

「いやね、お前にも兄弟がいるだろ? だから参考にさせてもらおうかと」


 店内を宛も無く歩く師人、の横で並走する相良。高校時代からの腐れ縁で大学生の今でも付き合いが続いている友人。割と真剣に意見を仰いだつもりだったが、軽くあしらわれた。


「ええか? そう言うんは"気持ち"が大事やねん。せやから脳みそ千切れるぐらい考えてみぃ」

「うーーん…………」


 欲しいと思ってる物、貰って嬉しい物。七海の好きな物は───と腕を組み、頭を回転させる。辺りの店を覗きながら廊下をゆっくりと歩き回る。

 そして悩みに悩み抜いた末、行き着いた場所は"ゲームセンター"だった。


「なんでやねん」

「結構前にあのぬいぐるみ欲しがってたんだよ。あいつ、アレルギーのくせに動物が好きなんだ」

「……うーん、なるほど。まあ、ええんとちゃう? 一所懸命考えた末に見つけたもんやし、値段的にも安上がりやろ」


 大きく丸々とした羊のぬいぐるみ。二百円で一回、五百円で三回。愛らしい瞳とかなり掴みやすそうな形状。これなら数回で捕れる、と計算していた二人は協力プレイ。

 の結果、数十分にもおよぶ格闘と五千円以上の高い買い物となってその幕を下ろした。


「ぼったくりやであの店! 遠隔や遠隔!!!」

「まあまあ、手に入ったんだし良しとしましょう。てかお前の金じゃねぇし」


 と二人が帰路についていた頃、七海は机の参考書を鞄に敷き詰め、友人と教室で喋っていた。


「でねー、お兄ちゃんが家で待ってるの。今日はお父さんも早く帰ってくるし、超楽しみ!」

「七海はええなぁ……ウチもそんな兄貴が欲しかってん」

朝陽あさひのお兄ちゃんも面白いじゃん」

「うちのはやかましいだけや」


 そんな仲睦まじい会話を知ってか知らずか、遥か遠くにいた兄貴達はクシャミを暴発。

 それからしばらくして夕陽が教室を赤く染め始めた頃、七海は時計の針を見て朝陽との会話を切り上げた。

 教室の扉から飛び出し、廊下で振り返って「またね!」と手を上げる七海。その姿に少し微笑みながら、朝陽も「また明日」と手を振った。


 学校から電車に乗って最寄り駅に着く。駅から家まで歩いて二十分ほど掛かる。このゆったりとした時間も正直嫌いじゃない。けど、今日は急ごう。と七海は足早に駆けた。


 走り疲れ、肩で息をする。少し休むためにゆっくりと歩きながら顔を上げる。空を覗くと沈む夕陽が眩しくて目をギュっと細めた。

 人影は光に照らされ、細長い線を地面に作り出す。薄暗い世界は明日を待ち望んでいた。そして沈む太陽は昇り、朝を迎えた。


 それでも、七海は帰ってこなかった。


 失踪から数ヶ月後、妹が発見されたのは家から数十km離れたゴミだらけの路地裏。大雨の中、警察からの連絡を受け一番に駆けつけたのが俺だった。


 おびただしい注射痕、打撲に裂傷、感染症状と薬物使用による変貌。その痕跡は見るも無惨で、俺は病院に掛け合ってその姿を両親に見せないように頼み込んだ。

 それからしばらくして七海の容態は安定し、出来る限りの処置を施されたその体は、病衣で隠せば綺麗に見える程に回復した。


 植物状態に近い状態であったが、それでも、と両親は俺の制止を振り切って娘に会った。

 そしてその日、泣き崩れる背中と震える握り拳を前にして俺は誓った。


 地の果てまでも探し出し、そしてこの命を賭けてでも────犯人は必ず殺す。

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