プロローグ③

 まゆを自動運転の輸送車トランスポートに乗せてからしばらく、三人は上司に連絡を済ませ道端で休憩していた。


「よーし、今日の業務終了っス!」

「イヴに確認したが直帰してOKだそうだ」

「せやったら居酒屋行こや、めっちゃ楽しみにしててん」

「極上っすね」


 仕事を終え、酒の肴を想像してソワソワしている相良と清水。そんな二人を後目しりめに師人は断りを入れる。


「俺は用事があるから先に行っててくれ」


 ほんの少しの沈黙、数秒に満たない静けさと夕陽が辺りを照らすと二人は返事した。


「おーそうか。かまへんで」

「了解ッス。店の位置情報送っときますね」


 手を少し上げ、師人はクルッと振り返りそのまま歩いて行く。その影が少しずつ小さくなって見えなくなった頃、清水はふと疑問に思った。


「用事って何だろう?」


 ふいに呟いた独り言だったが、相良は少し考える素振そぶりを見せてそれに答えた。


「"病院"やと思うで」

「……病院?」


 二人と別れてから十数分後────。


 師人は大学病院の一室、その中で意味もなく蓮華の花を瓶から取り替えていた。ふと窓の外を覗くと夕陽の眩しさが際立っている。

 小さな椅子に腰掛け、フーっと小さく息を吐く。すぐ側にいる家族、とこに伏している妹の姿は今にも消え入りそうだった。


 三年程前、失踪した妹は昏睡状態、大量の薬物反応と見るに耐えない凌辱痕りょうじょくこんと共に発見された。

 治療によって外見は綺麗に保たれているが、他惑星ほかわくせいで製造された違法薬物は今もなおその肉体を侵食している。


「兄ちゃんな、今日も死にそうになったよ」

「………」

七海ななみも頑張ってるもんな。早いとこ解決して、また家族一緒にごはんでも食べような」

「………」


 静かな返事に少し寂しそうな表情を浮かべ、声を掛け続ける。しばらくして面会の時間が過ぎた事に気が付き、師人は鼻をすすってその場を後にした。


 陽が落ち夜風が少し肌寒い。客や店員、周囲の音が騒がしい。端末に送られてきた集合場所に到着した。

 暖簾のれんをくぐり、横開きの扉がガラガラっと音を立てる。するとその直後、聞き馴染み深い声が飛んできた。


「お、来た来た。コッチやでー!」

「先輩遅かったスね、席温めておきましたよ」


 カウンターの端、一人分の席を空けて二人は既に出来上がっている。枝豆、だし巻き卵、豚の角煮に鶏のもつ煮。いたジョッキがいくつかと、鼻につく上機嫌なかおり。


「お前ら……財布は?」

「「ゴチになります!」」

「……まあいいけど」

 席に着く前から頭がクラクラした。今日は記憶が飛ぶまで飲むかと駆けつけ一杯。


 三人の手元にはそれぞれ酒が用意され、示し合わせたように合図する。


「「「乾杯!!!」」」


 胃を満たし温かな火照ほてりが体にあふれる。何気ない会話に笑い声、心地の良い喧騒けんそうが三人を包み込み、その日の夜を明かした。

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