第39話 決戦前②

 翌日、学園事務室


「すいませーん。誰かいますー?」


 雑多なものが積まれた事務室からは人の気配がない。


 ちなみに学園自体は何事もなかったかのように授業を行っている。

 だから誰もいないなんてありえないはずだが、


「いないですね。どこかで作業してるんでしょうか?」


 リーナが何度か呼びかけてみるが応答はない。


「しょうがない。探してみるか」


 そうですね、とリーナが振り返り、固まった。


 思わず俺も振り返る。


 廊下の奥にいたのはレイト。

 こちらをじっと見ている。


 あいつ、普通に学園に戻ってんじゃねえか。


 あいつとこの場で殺りあえば俺たちまで学園を追われる可能性が出てきてしまう。


 今すぐにレイトを捕えたいが捕えられない歯がゆさで手のひらに指が食い込んでいた。


「なんで、こちらを見てるんですか……気味が悪い」


 確かにレイトは真顔で一言も発さずこちらを見つめている。


 普段の傲岸不遜ですぐ俺に突っかかってきたあいつとは思えない。


「あっ……」


 ふい、とそっぽを向いてレイトは寮へと消えていった。


「何だったんでしょうか……」

「わからん。そんなことより事務員探さないとな」


 まずは玄関かな、と歩き出したその時、


「何か御用ですか?」


 後ろ側から声がかかる。


「あれっ? 君は確か──」

「覚えてくださってくれたんですね? そうです! ケプラーです!」


 振り向くとそこには事務員の制服を着たケプラーがいた。

 ケプラーとはテルミットでぶつかって以来だけどなんせシュヴァリエとの初デート中だったから鮮明に覚えていた。


「君、串焼き売ってなかったっけ?」

「転職したんですよ。事務員なら身分の低い僕でもなれますし、串焼き売るより給料良いですしね」


 確かに前に見た時よりもケプラーの体つきがよくなったような……?


「あ、でも串焼きは今でも焼いてますよ。食べます?」

「いや、遠慮しとく。今日はそういうので来たわけじゃないし」


 ケプラーの耳元まで近づき、ささやく。


「学園内に洞窟はあるか?」

「えっ? ……ダンジョンならありますけど」

「それは知ってるけど、他にはないか?」


 この学園では魔物や人間との戦闘も学ぶため演習場として学園内に様々なシチュエーションの疑似戦場を設けている。

 その中にはダンジョンや山間部を想定した演習場もあり、日々、鍛錬が行われている。


 人の出入りが多い箇所もあるが基本的に演習場は柵で区切られているだけで、外の自然環境と何ら変わりはない。


 だからこそ不審な人物の出入りがわかりにくい。


「……ケプラー?」


 俺の問いかけを聞いたケプラーの目が不気味に輝く。


「いえ? どうかしましたか?」

「いや……不審な人物が出入りしてそうな洞窟はあるかって聞いたんだけど……」

「そうですね……山間部第二演習場とかどうですかね? 最近あそこ整備中で生徒立ち入り禁止になっているんですよ」

「ありがとう。調べに行ってみる。そっちも仕事頑張れよ」


 そうして俺たちはケプラーと別れ、寮に向かった。


 そう演習場ではなく、寮。


 なぜなら──


「──! なんで私がっ……!」

「風魔法の索敵能力は随一だから」

「随一だから? だからってこんな格好しなくてもいいじゃない!」


 ミニスカメイドに身を包んだ『エコー』が顔を真っ赤に染めながら叫ぶ。


 寮に来た理由は、『エコー』が待機していたからだ。

 風魔法はその特性上、音に関係する魔法も多くある。その魔法の中にはコウモリのように音波で地形をスキャンする魔法もあったはず。

 そういうわけで風魔法の使い手である『エコー』は索敵要因として適役だった。


 それだけじゃない。

 おとといの襲撃は『エコー』の奪還を狙ったものだったらしい。


 なら、『エコー』連れていけばある程度おびき寄せられるんじゃね?

 ただそれだけ。


 もし、裏切るようなことがあれば奴隷紋を作動させるだけだ。

 それに奴隷紋のことは理解しているはずだからそもそも裏切らないだろう。


「しょうがないだろ。俺の侍女ってことで入ることを許されてんだから」

「だから? だからってスカートが短い必要はないでしょう!?」

「いやー動きやすいかと思って」


 これから洞窟に潜るし、ねえ?


「思って? 着替え持って来ればいい話でしょ!」

「はいはい。四の五の言ってないで行くよ」


 まだ顔を赤らめている『エコー』を何とか説得して俺たちは演習場へ向かった。


 ☆


 レグルスたちが寮へ向かった直後。


「お、レイトさーん! いいところに!」

「声がでかいだろうが! あほなのかお前は!」


 僕たちの会話を遠くで聞いていたレイトに声をかけると血相を変えて駆けてきた。


「追いかけます?」

「待ち伏せる。ここがチャンスだろ」

「だったら、手助けしてあげますよ」


 レイトの首筋に手を突き刺した。


「ぐっ……がああああ!!??」


 レイトは苦悶の叫びをあげる。

 しかし、彼が死ぬ様子はなく、首筋からは血すらも流れていない。


「『デコード・チョーカー』これでちょっとはましになりましたかね?」


 四肢に血管を浮き上がらせ目を血走らせたレイトがぎこちない動きで演習場の方角へと向かっていった。


「熱い戦い期待してますねー! ついでにお涙展開も!」

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