第36話 女王の資質

【シュヴァリエ視点】


「『傍観者』の情報はないのですね」


『エコー』から渡された情報は『十二座』とフォーマルハウトとの取引の現場の様子が記されていただけ。そこに『傍観者』らしき人物はいなかった。


「情報はないのですね……。私がそこまでする義理はないわ。奴隷紋で強制させられているわけでもないし」

「だったら、これでどうかしら?」

「ギャッ!?」


 短い悲鳴を上げた『エコー』は胸を押さえてうずくまってしまいます。


「『エコー』!?」

「大丈夫よ。ちょっと奴隷紋を操作しただけだから」


 扉を開けて入ってきたリーナが事もなさげに言いました。


 フォーマルハウトでも奴隷紋は使っていましたが、実際に罰を食らうところを見るのはあまり気が乗らないですね……。


 痛みが相当響いているのか『エコー』はまだ呻きながらうずくまったまま。


「捜査しただけだから……? なんであなたが、操作、できるのっ!」

「当主から借り受けたのよ。あなたを尋問するためにね」


 そう言うとリーナの手から魔力がほとばしりました。


「ギャッ! するためにね……! 私を、いじめたい変態なの?」

「そんなわけないでしょ。私はただあなたの持っている情報が欲しいだけ」


 優雅に足を組みデスクチェアに座る。


 彼女のからほとばしる重圧に息がつまる。

 その姿からは緊張が感じられるどころか、この状況を楽しんでいるかのようでした。


「それで、『傍観者』の情報は?」

「情報は? 私は、知らないっ!」


 再度、『エコー』の顔が苦痛でゆがむ。


「本当に何もないのかしら?」

「かしら……。ない、わっ……顔も姿も、いつも朧げなのよ……!」


『エコー』はすっかりリーナに怯えて、必死に訴えかけていました。


 用心深いですね。


「性別もわからないですか?」

「わからないですか。そうよ! 話しているときは違和感がないのに、いなくなると何も覚えていないのよ!」


 彼女の顔はもう涙と鼻水でぐちゃぐちゃでした。


 さすがにかわいそうですね……。


 何より、尋問を何食わぬ顔で行うリーナが怖くなってきたというのもありますが。


「本当に彼女は知らないんじゃないですか?」

「……まあいいわ。質問を変えるわ。あなたたちの依頼主は誰?」


『エコー』は私の方をチラリと見ると、吐き捨てるように答えました。


「誰。フォーマルハウトよ」

「じゃあ、なぜフォーマルハウトはレグルスを狙っているの?」

「狙っているの。それは……」


『エコー』が言い淀む。


 すかさずリーナが手に魔力を籠め始めると『エコー』は慌てて口を開いた。


「それは。彼はこの世界にいてはいけない存在だからよ」


 この場にいた全員の時が止まりました。


 重苦しい沈黙が部屋の中央で踊り続けていました。


 レグルスさんはこの世界に存在してはいけない……?

 言葉は理解できているはずなのに一向に内容が入ってきません。


「そ、そんなはずがありません! レグルスさんは犯罪者じゃないです! どうせ両親の言いがかりか何かでしょう!?」

「言いがかりか何かでしょう? 知らないわ。私はそう聞いただけだから」

「そんなっ……!」


 私が文句を言いそうになったところで片手を横に伸ばしてリーナの制止が入る。


「これでも?」


 手のひらに魔力を籠めるが、『エコー』は頑なに否定します。


「これでも! 私たちはそう聞いただけなの! 聞くならフォーマルハウトにでも聞きなさいよ!」

「その必要はないヨ」


 涙声の『エコー』の叫びをかき消すようにけたたましく窓が割れる。


 飛び込んできたのは長髪の男。


「『クジラ』!? なぜあなたが……!?」


 レグルスさんに倒されたはずじゃなかったの!?


 思った通りの反応が来たのか『クジラ』はニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべながらこちらを振り向いた。


「久しぶりだネ『剣姫』。仲間にひどいことしてくれたじゃないカ」


『エコー』を取り返しに来たのですか……。


「彼女はクレイモアの捕虜です。簡単に渡すわけにはいきません」

「部外者の君に言われてもネェ」

「私は婚約者です!! 部外者ではありません!!」


『激流槍』が二本、ぶつかり合う。

 衝撃の余波でカーペットには大きなシミができていた。


「おっと危ないネ」

「くっ……!」


 そのまま鍔迫り合いが続く。


 下手に後退するとすぐに部屋の壁です。逆に追い詰められてしまいますね。


 お互い精神的にも物理的にも引けない状態。


「『エコー』を返してもらうヨ!」

「返してもらうヨ! 『クジラ』! 無理よ! 奴隷紋がある限り私はここから出られないわ」


『エコー』の方へ首を向けると『クジラ』はつまらないといった表情で私をはじき返しました。


「じゃあまた来るヨ。そこでおとなしく待っていてくレ」


 そんななじみのカフェじゃないんだから……!


 窓から逃げようとする『クジラ』に手を伸ばすが、あと数センチ届かない。


「逃がさないわよ」


 リーナの光魔法によって出現した雄熊が『クジラ』の脚を掴んだ。


 が、


「手荒い見送り感謝するヨ。次は殺しに行くから優雅に待っててネ」


『クジラ』の身体はピシャ、とはじけてしまいました。


『身泡影』ですか。いつから騙されていたんでしょう。


 私たちを襲ったのは彼の分身でしかなかったのだ。


「シュヴァリエ! リーナ! 大丈夫かってうわぁ!!」


 反射的に光の熊が窓から入ってきたレグルスさんを弾き飛ばしてしまいました。


「レグルスさーん!? 大丈夫ですか!?」

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