第33話 ストーカーが決闘を申し込んできた

「お前に決闘を申し込む」

「すまん。あとにしてくれ」

「んだとてめぇ!?」


 レイトの横をすり抜けようとしたが胸倉をつかまれ引き寄せられてしまった。


 今、お前にかまってる暇ないんだって。しつこいなあ。


「休暇中だぞ。勝手にさせてくれよ」

「こっちは果たし状まであるんだよ」

「だからなんだよ? 受け取らない選択もできるだろ?」


 レイトが俺の顔面に押し付けるように見せてきたのは学園公認の果たし状だ。


 この学園には親が権力争いをしている真っ最中の子供たち、分裂の危機にある一族の子息など緊張関係にある生徒が多い。

 そこで学園は木剣での決闘を許可することで生徒たちの日ごろのうっ憤を晴らし、校則違反やトラブルを軽減している。

 たまに生徒たちによる権力闘争の代理戦争が行われるときもあるが学園としては見て見ぬふりをしているようだ。


 ただ、その決闘は両者の同意がなければ行われることはない。

 だから俺もルールに則って断ったんだけど、


「何? 俺にまた負けるのが怖いのか?」

「はいはいそれでいいからさっさとどいてくんない?」

「おい待て!!」


 胸倉をつかんでいた手をするりとほどき、正面玄関へ駆けた。


 逃げたようにでもしとかないとまたあいつしつこく追ってきそうだもんな。リノには何かプレゼントでも持って行って後で謝っておこう。


 今俺が最優先ですべきことはレイトではなくレイトの後ろにいる奴らの情報を手に入れること。決してこいつとの決着をつけることではない。


 気持ちとしてはさっさと戦ってご退場願いたいところだけどね。


 玄関へたどり着くとその勢いのまま用意していた馬車に乗り込む。


「クレイモア邸まで」


 俺がそう言うと御者は無言のまま馬車を走らせた。

 そう。この時俺は油断していたのだろう。


「待てって言ってんだろうがぁ!!」


 学園を出てわずか数分、何者かの怒りの叫びともに襲ってきた衝撃により馬車が粉々に砕け散った。


「しつこいんだよ!! 馬車まで壊しやがって……! なんで俺に執着すんだよ!?」

「うるさい!! てめえが気に入らないだけだ!」


 粉々になった馬車のがれきから御者が這い出してくるのが視界の隅で見える。けがはしているけど死んでなくてよかった。


 ゆっくりと背負っていたデュランダルを抜く。


 レイトの手には彼本来の得物とみられる剣が握られていた。

 最初の一撃もその剣によってなされたのだろう。


 互いに間合いを見計らいながらにらみ合う。


 動いたのはレイトだ。


「やっとやる気になったか。果たし状を受け取っておけばよかったな。死ぬことにはならなかったんだからよぉ!!」


 どこぞのチンピラのようなセリフを叫びながらレイトは乱暴に地面を蹴った。


 瞬く間もなく、レイトの剣が俺の首筋に迫る。


 剣術の実習で戦った時よりも速い。


『身体強化』だけじゃないな。あの剣の能力か?


 初撃が弾かれたと見るや否やレイトは一歩後退し、また距離を詰める。


「『エンケラドス』の速さについてこれんのかぁ!?」


 また一段階スピードが増したレイトの斬撃が断続的に襲い掛かる。


 だが、剣筋と狙いが単純なせいで何とか予測だけで防御できている。


 剣術に関してド素人でいてくれてよかったよホント。


「馬鹿正直に突っ込んでくるだけで勝てると思ってんのか!?」

「うるせえ! だったらこうだ! 『彗星群』!!」


 大きく後退したレイトが『エンケラドス』を天に掲げる。


 魔力が剣先に集まっていくにつれて、風が、大気が、雲が、レイトを中心にして渦巻いていく。


「死ねぇぇぇ!!!」


 天が割れた。


『エンケラドス』集まった魔力は天を貫き、地を抉る数多の彗星となって堕ちてくる。


 魔力蓄積型広域魔法『彗星群』

 本来ゲーム内では何ターンも魔力を溜めてからでないと使用できない魔法だ。


 しかし、レイトはその膨大な魔力を一瞬のうちに集めてしまった。

 勇者として、主人公として授かった力なのだろう。


 一瞬にして発動したその魔法に逃げ場はない。


 青い閃光に包まれた彗星が直撃した地面は割れ、熱で溶けていく。


 俺の頭上にも彗星が迫っていた。


 轟音と砂煙を立てながら俺の視界は白く染まった。


「──やったか!?」


 砂煙の奥からそんなレイトの声が聞こえる。


「よかったな! お前が殺人犯になることはなくなったぞ!」

「なに!?」


 彗星といっても所詮『彗星群』という魔法でしかない。

 魔法ならば俺の『デュランダル』で防げる。


 薄れた砂煙の隙間から見えるレイトの顔には驚愕の文字が浮かんでいるようだった。


「なんで!? なんで生きてるんだよ!? 勇者の奥義をお前みたいな雑魚が無傷で防ぐなんてありえない!!」

「実際ありえてるだろ」

「クソがああああ!!」


 やけくそで突貫してくるレイトにもはや理性のかけらも見えない。


 さっさと終わらせよう。もうこいつに対話は望めない。


『エンケラドス』の刃が俺の首にかかる寸前、小さくつぶやく。


「『自爆』」


 そのつぶやきに気づいたレイトの顔が焦りに歪んだように見えた。


 彗星にも劣らない熱エネルギーの奔流が俺たちを包み込んでいく。


──────────────────────────────────────


【あとがき】


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