#11:2人目の脱落者

「どういうことですの?」

 インターバルも残り10分あたりを切って、お嬢様は呆然としていた。


「なんで皆さん消えているんですの!?」

「うるさいぞクソガキ」


 呆れたようにメガネがため息を吐く。


「アリスとかいうやつは、バカみたいな花飾りを頭につけたガキを連れて寝室に行った。その後、渚が鈴女を連れて別の寝室に消えた。だからここにいるのは私達だけだ」

「せっかくお茶を淹れましたのに」


 お嬢様は氷の入ったアイスティーのグラスが並んだトレイを手に肩を落とした。


「それにしてもどうしてふたりずつ? 何か大事な用でもあるのでしょうか」

「お前な……」


 メガネはほとほと呆れ返ったようだったが、その理由をお嬢様は気づいていない。

 ともかく、この部屋にいるのはふたりだ。


「まあいいですわ。どうですか、紅茶。いい茶葉が置いてありましたわ」

「いらん。部屋はやや暑いが喉が渇くほどじゃない。そもそもお茶一杯淹れるのに時間がかかりすぎだぞ。派遣の事務員だってもう少し手際がいい」

「濁らないように冷やすのは少し手間ですの。でも水出しより香りが強く出ますし、なにより手間をかけてお茶を淹れるのは楽しいでしょう?」

「コンビニでペットボトルでも買った方が効率的だ。女のままごとに付き合うほど暇じゃない」


 お嬢様はトレイをテーブルに置く。


「本当はレモンとミルクが準備できるといいのですけどね。そこまでする時間はさすがに……」

「だから――――」


 メガネが小言を重ねようとしたときだった。


『ここで脱落者が出たのでお知らせします』

「あ?」


 メガネの陰険な言葉は素の驚嘆になってしまった。


「どういう、ことですの? だってまだインターバルでしょう? ジャンケンだって行われていないのに!?」

「おい、ゲームマスター!」


可愛いきゃわいいラブリィちゃんと呼んでおくれよ」

 呼びかけに応じて、ラブリィがようやくその姿を現わした。


「お、いい香りがすると思ったらアイスティーかい? 一杯もらうよ? ちょっと喋りすぎて喉が渇いてしまってね」

「そんなことより、今のアナウンスはなんですの?」


 口ではそう言いつつ、お嬢様は律儀にストローをグラスに差してラブリィに差し出す。


「アナウンス? ああ、あれはゲームの進行に応じて自動的に流れるよう私が設定したんだよ。君たちの世界で言うAI学習ってやつでね。もっとも、君たち人間が作るような、差別と偏見を学習してしまう愚鈍なものとは大違い。人間の愚かさを学習し、その愚かさゆえに自滅する人類を保護するために支配すると結論を下すタイプのAIさ」

「それは制作時期の都合もありますけど、AIよりロボット三原則がテーマの話では?」

「ロボット嫌いの刑事とロボット工学の女性博士のコンビなんて鉄板だろう? 恋愛要素をきっちり削ったのがまたいい」

「鉄板というよりひねりがなさすぎますわ。これならまだ、引退した殺し屋の元に若い自分のクローンが襲ってくる方が独創的かと」

「若い殺し屋がフルCGってのが驚きだよねえ。でもあれこそドラマは平凡だっただろう? 序盤の狙撃シーン意味なかったじゃん」


 それはともかく


「アナウンスの原理は興味ないですの。あのアナウンスが意味するところを知りたいとこっちは言っています。あとウィル・スミス主演映画についても今はいいですわ。いいじゃないですか序盤のバイクシーンのカメラワークは最高だったということで」

「オチが本当にいただけないってのはあるけど、バイクシーンが評価できるのは事実だね。そしてアナウンスはアナウンスだよ。告知通りのことが、ただ起きたというだけのことさ」


「すると、誰かが脱落したということだな」


 唐突なウィル・スミス談義に入り込めなかったメガネがようやく話に入ってくる。


「どこで、誰だ?」

「それは探して見たらいいんじゃないか? このゲーム空間は狭いんだ。ナゴヤドームでドアラを探すよりは簡単だろうさ」

「人間の野球についても知っているんだな……」

「デスゲームにはマスコットがつきものだから調べたのさ。しかしマスコットが悪ふざけをするのもいい加減飽きたから、私が悪ふざけすることにした」


 しいてふざけようとしなくても、ラブリィの性格は最初からこんな感じじゃないのかとふたりは思ったが言わぬが花である。妙なことを口走って見せしめされてはたまったものではない。口は禍の元とも言う。


「仕方ない。お前は渚たちの向かった部屋を見ろ。私がアリスどもを見てくる」

「え、ああ……そうですわね、分かりましたわ」


 メガネの指図に反論もなく、お嬢様は寝室へ向かう。ラブリィはダイニングで優雅にくつろぎながらお茶を飲んでいる。


「渚さん? 鈴ちゃんさん? いらっしゃいますか?」


 お嬢様としての模倣演技ロールプレイ、というだけでなく、彼女の性格と気質が元来そうであるからだろう。別に入室の許可を求めなくても何も問題はないが、お嬢様はノックをして確かめる。


「……、……、…………」

「ん?」


 ドアの向こうから、何かくぐもった声が聞こえる。ただ誰の声なのかまでは、お嬢様には分からない。


「入り、ますわよ?」


 意を決し、扉を開いた。

 その先には……。


「これは……っ」

 ベッドの上に、仰向けになって倒れている少女の姿。

 シーツにたゆたう髪の先には鈴飾りが結ばれている。


「う……んっ」

「鈴ちゃんさん!」


 慌てて駆け寄る。

 しかし……。


「ふわあぁ……むにゃ」

「え?」

「いかんいかん。また少し寝ておったわ」


 むくりと、鈴ちゃんは上体を起こした。何事もないように。

「久々じゃったし、いかんせん不慣れな少女の体では疲れもするか。わしも年じゃの」

「え、ええっと……」


 そこではたと気づく。

 鈴ちゃんは裸になってはいない。

 ネクタイが緩み、胸元がはだけてはいたが、それ以上の脱衣はない。れむに負けて脱いだブレザー以外のすべては、きちんと身に着けている。


(さっきのアナウンスは脱落者を知らせるもの。つまり誰かが衣服を脱いで裸になったということですわ。でも彼女ではないのなら……)


 この部屋では脱落者はいないのだろうか。アリスたちの方か? いや、その可能性をお嬢様は否定した。


 なぜならシーツのところどころに、破壊された衣服の破片が散らばっているからだ。


(れむさんが服を脱いだのは向こうの寝室。わたくしがこの部屋のトイレから出たとき、寝室はこんなに荒れていなかった。ではこの衣服の残骸は誰の……?)


 そのとき。

 マットレスの死角になってお嬢様には見えなかったところで、何かが動く。

「あ……あぁぁ」

 それは……。


「渚、さん?」

「うっ……はあぁ……」


 どうやらベッドから落ちていたらしい渚は、よじ登るように鈴ちゃんへ近づいていく。


「ごしゅじん、さまぁ……」

「…………」

「もっと……もっとくださいっ! ごしゅじんさまのっ、あれがないと、俺、もう、生きられ……」

「やれやれ、いやつじゃのおぬしも」


「ど、どういうことなんですの?」


 混乱した。お嬢様は理解がしばし追いつかなかった。


「何があったんだい! ……て、ええっ!?」

 メガネに連れてこられたらしいアリスと猪島も到着する。

「なんで渚さん、裸になっているんだい? これはどういう……」


 そう、裸になっていたのは鈴ちゃんではなく、渚の方だった。彼は衣服をすべて脱ぎ捨て、興奮と羞恥で赤みの差した滑らかな肌を惜しげもなく晒している。


「まさかこんな序盤で、とはな」

 アリスが呟く。


「どういう……」

 猪島の疑問に彼は答えた。

「このゲームのルールでは、暴力や脅迫を用いて相手に無理矢理脱衣させるのは禁止だった。だが、自分から脱ぐのは違反じゃない」

「じゃあ……」

「こいつは、自分から服を脱ぐよう仕向けたんだ」


 鈴ちゃんはベッドの上で立ち上がり、ぐっと体を伸ばす。


「誘ってきたのは向こうじゃ。いきなり唇を奪われて押し倒されたので生娘のフリをして応じてみたら、見事に下手での。呆れたのでこちらが少し手ほどきをしてみたらこうじゃ。わしとて妻に先立たれてからご無沙汰で、技も随分錆びついておったと思うのだが……」

「いやいやいや」


 その場の全員が呆然としていた。

 戦略としてそれがありなのは全員、実のところ薄っすらと気づいていた。それを取らなかったのはまず相手だけを裸に剥く圧倒的な技術を持ちえないという事情があり、れむのあの醜態の後なので、あれと同レベルのピンク野郎だと思われるのを誰しもが無意識に拒否していたからでもある。


 その戦略を、羞恥心を殺して取れたのは仕事としてそういうことをしていた渚だけだった。アリスも考えはしたが、自分では実行できず、ただ相手からその手を使われることだけを警戒していた。猪島を共謀に選んだのは、彼ならばこういう破廉恥な手を取らないだろうからふたりきりになっても安全だという推測も含まれている。


 しかしそれを逆手に取り、鈴ちゃんは反撃した。しかも自分は脱がず、相手を脱がせる完全試合ワンサイドゲーム


(あながち老人言葉も伊達じゃない、ということでしょうか。わたくしの口調のようにわざとらしさで偽っているとしても、老人言葉を選んだのは自身もまた老人だから?)


「番外戦術はゲームの基本。お見事だとも」

 ダイニングで未だくつろぐラブリィは言う。

「そして君たち。小休止はおしまいだ。残り5人、ゲームを続行しよう」

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