4月2日②/『黄金の国』への不安
リリアさんは旅立った息子たちの話になると止まらなくなるのか、大昔の逸話からつい最近の旅立ちまで、何人もの話を聞かせてくれた。
とても面白かったので、それは別の機会にまとめることにする。ここはあくまで日記。メモはたくさん取ったし、彼女に執筆の許可ももらった。どこかに発表するわけじゃないけど、もしかしたら、なにかになるかもしれない。
俺たちは話に夢中になりすぎて昼の軽食を木の実で済ませていた。その辺に生えてたやつだ。
あんまりにもリリアさんの姿が見えないので、村の人が探しにくるくらい話し込んでいた。それでも足りなくて、俺たちは村を歩きながらまだ話していた。
そろそろ活気ある太陽の時間が終わって、残す大仕事は夕食の支度くらいという、まったりした空気が村を包んでいる。夕焼けにはまだ早いが、村の一日は終盤だ。
知らない場所なのに懐かしいと感じる。
記憶というより、遺伝子に刻まれた感覚なのかもしれない。
俺たちは段々畑の中を歩いていた。崖というほど切りたってもいないが、ずっと下まで遮るものがない。
『七ツ森の国』が見渡せて、右を見れば『六夜の国』の砂塵もわかる。左隣りはドラゴンの翼のように山が連なる『
それから、この標高でやっと姿を見ることができた『霧』の輪。そしてその霧に包まれた巨大な『不死の山』。成層圏まで届きそうなくらい大きい。大きすぎて気が付かなかった。どういう理屈か本当にわからない。全体が霞んで見える。
山肌に時々閃光が走っていて、霧が作る稲妻なのかなとか、地球基準で考えても意味がないとわかりつつ考えてしまう。とにかく怖い。大きい。怖い。
俺が阿呆になっている横で、リリアさんも物思いに耽っていた。
「私は幼い頃から、ずっとここから下の様子を見ていたの」
それはとても悲しそうな声だった。
「いつもどこかで煙が上がり、爆発音や地鳴りが響いてくることもあった。すぐそこまで森が燃えたこともある。とても恐ろしかった。いつここまで燃え広がるかと……攻め込まれるかと……」
この世界は、どんな混乱の中にいたんだろう。こんな美しい森を燃やした連中はどこの誰なんだ。どうやって収拾つけたんだ。『黄金の国』ってなんなんだ。
俺は、先生からもっと歴史を学びたいと思った。
「黄金王は、私たちのようなものは、どうお考えかしら……」
はっ、となってリリアさんを見た。
彼女は遠くを見つめたままだった。
そうだ。彼女たちにとって、俺と先生は黄金王のスパイかもしれない脅威なんだ。
長老たちは、強い態度で俺たちを威嚇したが、リリアさんは、怯えながらも受け入れ、話をしようと努めてくれた。
なんでもない顔をしてやりすごせ、とか、毅然とした態度でいろ、とか言われたんじゃないだろうか。
いやいや、違う。ここではみんなで決めるんだ。黄金王の使者をもてなそうと、みんなで決めたんだ。きっと先生が前回訪れたあと、散々話し合っただろう。
激しい戦闘はなくなったが、今度は一人の王が世界を治めることになったんだ。『七ツ森の国』の王は彼女たちを放っておいてくれた。基本的には森に隔たれて行き来の少ない人々なのだ。
だが、それは昔の話だ。
『黄金王』が統治して何年なんだ?
彼は本当に、民の幸せを考えてるのか?
俺の頭はパンク寸前までに膨れ上がっていた。とにかく今すぐ走り出したい気持ちだった。
その勢いで、俺はリリアさんの手を取って、こっちを向かせて叫んだ。
「僕が会って聞いてきます!」
突然の告白に、リリアは驚いていた。
久しぶりに聞こえた自分の大声が甲高くて、やけに甘ったるくて、自分が小さな女の子になっていると思い出した。
でもそんなことが瑣末に感じるほど俺の心は昂っていた。
「約束します。必ず黄金王に会って、決してニャイテャッチを攻め入る気はないと、一筆書いてもらいます。『ケッパン』押させます!」
『血判』は伝えられなかったけど、リリアさんは、目に涙を溜めて頷いてくれた。
俺は今でもそれはもう、すっごく本気だ。
先生にも話して、なんとかする気満々だ。
だって俺は、この場所が好きだから。彼女たちを守りたいから。
この暮らしは変えちゃいけないと思った。
変わりたいという人が別の場所に行けばいい。山を降りて、乗合馬車に乗って、遠くへ行けばいい。
帰りたいと思った時、いつでも誰でも戻れるように。ここは変わらず、神話の時代から変わらずに、あり続けるべきだ。
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