第八話:現代世界の知恵
えっと、鍋が温められそうな所はっと……あそこが流しも近そうだし良さそうか。
「マナードさん。あそこのグリルって使えますか?」
「構わないけれど、何をするの?」
「説明は後でしますので、まずは鍋にお湯を沸かしたいんです。あと、隣の流しもお借りして、こちらにも鍋をひとついただきたいんですが、よろしいですか?」
「ええ。わかったわ。お湯は私が沸かすわね。流しに置く鍋はそっちのを使ってちょうだい」
「はい。ありがとうございます」
答えすら話さない状態で、許可がもらえるか不安だったけど。やっぱりマナードさんは寛大だ。
ただ、随分と目をキラキラさせてる所を見ると、何が起こるのかって楽しみだからって気持ちが大きいのかもしれない。
期待に応えられたらいいけど、うまくいくだろうか?
半分期待。半分不安を覚えながら、俺は流しの
隣では手際よく水を入れた鍋を手にしたマナードさんが、グリルに備え付けられた
この世界では、消耗品ではあるけど、家電の代わりにこういった簡易な
ナイフなんかで切ったりしている物もあるけど、なんかこういう所が異世界の厨房って感じがして、やっぱりワクワクしちゃうな。
「マナードさん。お湯が沸くまでは少しアミトンの皮剥きを続けましょう」
「あら? これはどうするの?」
「お湯が沸いたら試したいことがあって。だけど、うまくいくかわからないので、やれることはしておこうかなって」
「そう。わかったわ。エスティナー!」
「はい」
マナードさんの声に反応し、ワークトップでジャガイモっぽい野菜の皮剥きをしていたエスティナが顔を上げる。
「そこのお湯は沸騰したら、声をかけてくれる?」
「わかりました」
「お願いねー。じゃあリュウト君。続きをやりましょうか?」
エスティナが頷いたのを確認して、マナードさんはこっちににこにことした顔をしてくれる。
「何かお手間ばかりかけてすいません」
「いいのよー。リュウト君が何を見せてくれるのか、私も楽しみだものー」
これだけ手間を掛けさせているのに、温和に接してくれる彼女には頭があがらないな。
「ありがとうございます。その分、色々頑張りますから」
「ええ。期待してるわね」
「はい。じゃあ、皮剥きに戻りましょう」
「そうしましょっか」
俺とマナードさんは再びアミトンのあるテーブルに戻ると、互いにアミトンの皮を剥き始めた。
しばらく真剣に皮剥きをしていると、それから少し経って。
「マナードさん。お湯が沸騰しましたよ」
マナードさんの指示通り、こっちに状況を知らせるエスティナの声が届いた。
「わかったわ。ありがとう」
彼女に顔を向けることもなく、手にしているアミトンの皮を剥き続けたマナードさんは、一段落終えるとそれをテーブルの剥いたアミトンを入れたかごに入れ、ふーっと息を吐くとこっちを見る。
「さて。リュウト君の準備はいいかしら?」
「あ、はい。大丈夫です」
「じゃあ、早速あなたが何をするのか、見せてもらおうかしら」
近くの流しで一度手を洗ったマナードさんに応え、俺も手を洗った後、皮を剥いていないアミトンを手にした。
えっと、ヘタがこっちだろ? だから、真逆のこの辺に十字の切れ目を入れてっと……よし。
「何をしているの?」
「あ、えっと。下拵えです」
ナイフだけをテーブルに戻し、俺はそのまま沸騰した鍋の前までいくと、壁に掛かっているレードルを手に取り、その上にアミトンを乗せる。
さて。うまくいってくれよ。
そう心で祈りながら、俺はゆっくりレードルを鍋のお湯に付け、そのままアミトンをそっと中に下ろした。
沸騰したお湯の中でくるくると回るアミトン。
緑の皮に、ナイフで切れ目を入れた皮の部分から亀裂が広がる。身は……裂けてない。ちゃんと表面の皮だけが、するするっとめくれ始める。
「あらあらあらー」
見たことのない光景に、隣でマナードさんが目を丸くしてる。
「うっそー!? 何これ!?」
「すごーい!」
マナードさんの声に釣られてやってきた厨房の生徒達も、驚きの声をあげてるところを見ると、こういう知識はなかったっぽいかな。
っと。あんまり長くお湯に入れっぱなしも良くない。
俺はレードルで再びアミトンをお湯から上げると、隣の流しの鍋に溜めた冷水に入れる。
残った皮はっと……お。やっぱりこっちも、するするっと剥ける。
よかった。やっぱり応用できたか。
「これでどうですか?」
皮を剥ききったアミトンを鍋から出し、マナードさんに見せると、それを手に取った彼女が、皮が取り切れてるかを確認する。
「これは凄いわー。ほとんど身も無駄になってないし、皮も全部綺麗に取れてるじゃない。どんな魔法を使ったの?」
「魔法ってわけじゃないです。ただ、向こうの世界に似た野菜があって、調理の前にこうやって皮を剥いていたので、それで」
「それでー。料理ができるって聞いていたけど、流石ねー」
「あ、いえ。それほどでも」
素直に感心し褒めてくれるマナードさんの言葉に気恥ずかしくなり、近くのタオルで手を拭いた俺は、そのまま目を泳がせ頭を掻く。
「マナードさん! これ、私達もやってみたいです!」
「うんうん! これなら私でもできそう!」
周りに集まった女子生徒達が、目を輝かせながら手を挙げる。
まあ、あれだけ綺麗に剥けると、やりたくなる気持ちもわかるけど。
「うーん……。リュウト君。コツはある?」
「はい。えっと、茹ですぎると身が崩れてしまうんで、切れ目がある程度広がったらあげちゃって、残りは今みたいに冷水で剥いてください。全部綺麗に剥けない時もあるかもなので、その時はすいませんがマナードさんや俺が仕上げをすれば良いと思います。後はお湯を使うんで、やけどに気をつけてもらえれば」
目を閉じて、俺の説明をうんうんと聞いていたマナードさんは、話が終わると目を開き、女子生徒達を見た。
「わかったわ。じゃあ、トルネとミント。二人に任せるわね」
「やったー!」
「はい!」
「うっそー! いいなー!」
「うらやましー。次の時はあたしがやるんだからね!」
指名された二人は大喜び。選ばれなかった子達はちょっと不満そうだけど、何かそこまで反応がいいのは自分にとってちょっと驚きだ。
多分、自分にとっては日常の知恵だし新鮮味はないけど、みんなにとっては真新しさがあるんだろう。
こういうのを見ると、やっぱり俺は別の世界の人間で、この世界に転移してきたんだなって感じるな。
でも、何となくそんな気持ちが俺の中のワクワク感を高めていく。
もっと色々な食材を知って、自分なりの料理を作ったりとか、こっちの世界で有用な調理法を教えて、もっと貢献できたらいいな。
みんなのやり取りを見ながら、俺はそんな密かな野望を胸に、頑張ろうって心に決めたんだ。
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