第二巻:勇者の息子、雑務係を始める
プロローグ:勇者の息子、やる気を出す
プロローグ:新たなる朝
ピピピピ ピピピピ
聞き慣れた電子音が、夢心地な俺の耳に届き、自然に俺はスマートフォンを手に取りアラームを止めた。
もう少し寝ていたい気持ちはあるけど、我慢我慢っと。
「んーっ!」
むくりと上半身を起こし、腕を突き上げ伸びをして眠気を吹き飛ばすと、ちらりとカーテンをよけ、窓の外を見る。
流石に早朝。
日も昇っていないから、光が入り込んでくる事はない。
そして、こっちの世界に合わせたスマホの新たな時刻は、元いた世界と大体合ってるってのは、ちょっと不思議な感覚だな。
──俺の名前は
住んでいた日本から、異世界ディアローグに飛ばされた
あ、いわゆる異世界転移者って意味ね。
理由もわからずこの世界に飛ばされて、この世界の法に則り、俺が転移した初めての場所、ミレニアード魔導学園の女子寮で暮らす事になった訳だけど。
学園の校長、俺の母さんの妹であるエリスさんからの申し出に従い、ここの雑務係をする事になったんだ。
ただ、女子寮にやってきた日から、とにかくもう色々とあって、結局ここまで仕事の話もほとんどできなくって。
やっと今日から本格的に、雑務係として仕事をする事になったんだ。
起きたのはまだ六時になる前。
実際、今日仕事を教わるのは、女子寮の生徒達が登校した後。
本当はここまで早起きしなくたって良かったんだけど、異世界に来て色々あって、元の世界にいた頃の生活ができてなかったからさ。
そろそろ元の世界で暮らしていた時のように、普段通りに生活したくって、今日から早起きをする事にしたんだ。
俺がゆっくりとベッドから下りようとすると、服の袖が引っ張られた。
「ミャーウ」
声の方を見ると、どこに行くのと言わんばかりに、すらりとした大きな白猫が、じっと俺を見つめてくる。
こいつは俺の飼っている猫のミャウ。
何故か異世界に来て虎みたいに大きくなっちゃったけど、それでも可愛い
「あ、ごめん。起こしちゃったか?」
「ミャウミャウ」
首を横に振り否定しながら、あいつは俺より先に部屋の床に下りる。
その顔には「置いていかないよね?」という雰囲気がありあり。
「悪い悪い。お前も疲れてたろうし、もう少し寝かしておこうと思ったんだけど」
「ミャーウ」
きっと、気にしなくていいから連れてけって事だよな。
「分かった分かった。とりあえずちゃちゃっと着替えるから、クッションで横になって待ってな」
「ミャウ」
俺の言う事を聞き、あいつのためにあてがわれた床のクッションにくるりと丸まり横になるミャウ。
だけど、寝る体勢は取らず、頭だけは上げて俺を監視してる。
まったく。もう十年以上の長い付き合いなんだから、少しは信用してくれてもいいのに。
肩を竦めた俺は、近くのクローゼットから服を手にすると、その場でそそくさと着替えを済ませる。
壁の側にある姿見で、一旦チェック。
今日は寝癖はなさそうか。
……でも、やっぱりこの格好はまだ違和感バリバリだな。
白を貴重とした、この世界で用意してもらった新しい服装。
俺の学ランをベースにしてもらったとはいえ、何かどこぞの王子様っぽさとかを感じる、雑務係とは縁遠い感じが、本気で慣れないんだよ。
とはいえ、エスティナがデザインしてくれたんだし、彼女も似合うって言ってくれたもんな。
──「凄く似合ってて素敵だよ」
ふと、あの時の彼女の笑顔を思い出し、少しだけ顔が火照る。
って、おいおい。
彼女には好きな人がいるんだ。そういう感情は心の内に仕舞っとけ。
首を振った後、大きく何度か深呼吸し心を落ち着けた俺は、そのまま部屋に戻ると、ミャウと共に寮の廊下に出て行った。
§ § § § §
俺とミャウが、音を立てないように向かった先は、寮の屋上。
もうすぐ朝日が昇る時間だからか。雲ひとつない空が、少しずつ朝焼けの空に変わっていく。
この感じは現代世界の朝と変わらない。
そよ風が心地よいのは、ここライルザー王国の首都、ラザールが常に春めいた気候の国だから。
あ、ちなみに地名なんかは昨日エスティナに教わったんだけど、奇しくもここは、両親が最後に滞在した王国だった。
この国の話は以前母さんに聞いたはずなんだけど、やっぱり四百年も経つと、知らない施設なんかも建つもんなんだな。
軽く柔軟体操をしながら身体をほぐしていると、街の遥か先の山からゆっくりと朝日が姿を見せ始めた。
女子寮の屋上は見晴らしもいいし、現代世界で見てきた朝の光景なんかより、よっぽど見応えがある。
「こりゃ凄いな……」
「ミャーウ……」
自然と漏れる感嘆の声。目を奪われる素晴らしい光景に顔も綻び、生まれた高揚感が、俺のやる気を高めていく。
さて。異世界で女子寮の雑務係。
何とも奇妙な状況に置かれたけど、まずはみんなに迷惑をかけないようにしながら、頑張るとするか。
俺は心に喝を入れながら、不安と期待を胸に、ミャウと共に朝日が昇るのを見つめていた。
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