第2話 各々のとある日常+

様々な機械音が大音量で流れている。

ごんは高級ヘッドホンをつけて音を少しでも遮断した。向かう先には人だかりができている。

「今日も目立ってやがるな」

ふうと息を吐いて、ごんは人だかりへと入っていった。


人の歓声や視線を全く無視して大きな液晶の前で作り物の銃を構えているのは兵十である。液晶に現れるゾンビを次から次へと撃っていく。それは全て人体の急所を撃ち抜いていた。

「本当に、嫌味なくらい銃の腕が良いんだよな」

人だかりに混じり、ごんは思わず頭を抱えた。トラウマなのだ。


さて、この癖っ毛の金髪の青年の名は"ごん"という。今は人型だが、ごんぎつねに出てくる狐のごんそのものである。

そして人だかりの中心にいる坊主頭がよく似合う典型的な醤油顔の日本人の名を"兵十"という。ごんぎつねでごんを撃った兵十その人である。

彼らもまた現代日本に来てしまった人物たちであった。彼らも来た当初は右も左も分からない完全なる不審者であったが、他の者たちより適応力があったのか。今ではゲームセンターに通い詰めになるくらいにこの世界を楽しんでいた。


本当に、今では。である。

この世界に来た当初、ごんと兵十は同じ場所に飛ばされてきたわけだが兵十はごんを撃ち殺した後であったし、ごんは黄泉の国への旅路の最中。

なによりごんは人間であることに「あ、なんか俺人間だ」で済んだし、こんなこともあるもんなんだなあで済んだが兵十はそうはいかなかった。

「お前は誰だ?!ごんは狐だ。そもそもここはどこだ、何なんだ!」というように、いわゆるパニック状態に陥った。

銃の腕が良いだけのただの人間にはこれは完全にキャパオーバーであった。


そこから他の同じような境遇のものたちと出会い、今のこの世界での兵十ができたのである。

液晶にスコアが表示される。ランキング一位だ。へいじゅうと名前を撃ち抜いて、置き場に銃をきちんと戻す。

「おつかれさん。今日も調子が良いことで」

「ああ、ごんか。今日はいつも以上に調子が良かったんだ。スコアも伸びた。でも改善点もあるからもう少しやりたいんだが……一服したいんだ」

兵十は胸ポケットからタバコを取り出した。

「火薬の臭いよりマシだが俺はその臭いも好かないねえ」

「それでも付き合ってくれるんだろ」

「おうともさ。俺らの関係だからな」

彼らのこの世界での関係は、相棒である。二人は並んでゲームセンターを後にするのであった。





「で、ロビンのお兄ちゃんはノルマ達成できたんだって!」

「ちゅん!ノルマを達成できなきゃこわいもの。良かったね」

「そうそう、僕みたいに首が飛んじゃうかもしれなかった」

「あたしみたいに舌を斬られちゃったかもしれなかった」

「良かったねー」

少年と少女は声を合わせて良かった良かったと言い合う。

少年の名は"ヴァホルダー"。グリム童話のねずの木で母親に首を飛ばされた兄本人である。

少女の名前は"スズ"。人型だが雀のお宿でいじわるばあさんに舌を斬られた雀そのものである。


無邪気に笑い合う彼らがいるのはとあるキッズパーク。親の同伴もちろん可能。

彼らの会話内容がよくわからない子どもは気にせず各々で遊んでいるが、わかる大人は困惑である。

そんな大人に目もくれず、ヴァホルダーとスズは話し続ける。

「そういえば今日はマルリンヒェンはどうしたの?」

スズの鈴を転がしたような可愛らしい声が言葉を紡ぐ。

「妹は今日はグレーテとお菓子作りをするんだって。僕たちの分も取っておいてくれるって言ってたよ」

ぷにぷにのボールを握りながらヴァホルダーはそう応えた。

「ちゅん!グレーテと一緒なら安心だし、とっても美味しいお菓子ができること間違いなしね」

「僕、早く食べたくてしかたないよ」

二人はニコニコと笑いあった。

そこへ優しそうな老人が声をかけてきた。

「やあやあ、二人とも遅くなってすまなかったね。じいの用事が終わったから帰ろうか」

ヴァホルダーとスズはすぐさま声の発信者へ駆けていく。

「班お爺ちゃん、おかえりなさい!」

「マルリンヒェンとグレーテがお菓子を作って待ってるんだって!」

「おお、そうか。なら早く帰らなくちゃいけないね」

「ちゅん!そうだよ班お爺ちゃん」

「荷物持つの手伝うよ、みんなで早くお菓子を食べようよ!」

「手伝ってくれてありがとうね。帰ろう帰ろう。お姉さんや、この子らをみといてくれてありがとうね。お代はこれでぴったりだろう。またよろしくね」

老人はそう言うと会計を済ませて二人の子どもと楽しそうにキッズパークを後にした。

老人の名前は"班"。雀のお宿の優しいお爺さんその人である。

とてもおおらかで優しいこの老人は今やスズだけではなく多くのものたちに好かれている。

彼らの日々はこうして過ぎていくことが多いのである。






サラサラと流れる美しい川縁に美女が一人。川の中に入り戯れる美女が一人。二人は何やら語り合っていた。

「私たちってやっぱりどこか似てると思いますの」

そう話すのは漆黒の髪に黒い目を持ち、川の中で水と戯れている美女である。

「あなたのお話しを聞いていると、確かにそんな気がしてきました」

そう応えるのは川縁で足だけ川に入れている金髪に青い目の美女だ。

「私は最終的に蛇となり、川に……水に消えた。あなたは最終的には泡になり海、水に消えた。それも愛関係で。ほら、とっても似ていますわ。お互い届かぬ愛を持って水に消えた美女、ほらね」

そうウフフと口元を隠して笑う黒髪の美女の名前を"清"という。安珍・清姫伝説の清姫その人である。

そんな彼女の言葉をよく聞きこくこくと頷く金髪の美女の名を"ハウフル"という。アンデルセン童話の人魚姫に出てくる悲劇の人魚姫その人である。

「この世界は良いですわー!肉食系女子なんて言葉があるなんて。私のいたところでは女子がはしたないとよく咎められましたが、ここでは咎められませんのよ!安珍様のことは忘れませんが、私この世界で新たに愛しい方を探そうと思いますの!」

清は両手を頬にあて、顔を赤らめる。

「……私も、王子様を忘れなくとも新たな王子様を探しても良いのでしょうか……?」

パシャンと川につけてる足を遊ばせてハウフルは呟いた。それに清がつかさず口を挟む。

「もちろんですわ!むしろハウフルも探すべきです。そもそも安珍様も大概でしたが貴女の王子も大概でした。お互い見る目が養われてなかったのです。この世界でならきっと貴女も私も水に消えずに愛しい方を見つけられるはず……そう、きっと私たちはその為にこの世界に来たのですわー!」

力こぶをつくり清が声を張り上げる。

それに柔らかく微笑むハウフル。

美女たちの恋バナは長く熱いのである。






「遅い……何、してた?」

「ノルマは守ってんだろ。ほら肉だ。処理も済ませてある。あとはお前たちの仕事だろ」

ロビンはそういって肉を少女に差し出す。それを受け取った少女は肉をじっと見つめて

「良いお肉、だね」

と称賛した。

「お褒めいただき恐悦至極、と言うんだったか?まあなんだかんだ疲れたから俺は休ませてもらうぜ。ああ、木材なら清太がこれから持ってくるから連絡よろしく」

ロビンは少女に背中を向けて手を振った。彼の休むという意思表示だ。

「わかった……お疲れ、様」

少女はそういうとロビンから渡された肉を持って屋敷の奥へ消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る