嘘から出た、嘘。

マクスウェルの仔猫

1話 デレない少女と、二足式戦闘機体『ミーティア改』の運用実験


「ふう……整備も完璧、戦術AIは遊ばせておけないからシミュレーションモードを起動させてるし。機体、ピッカピカにしちゃったから……後でまた僕も枝分かれ戦術思考のモニタリングしてみようかな」


 優しい顔の少年は、晴れと曇り空の境界近くで自分のすべき事を探す。





 世界歴、26××年5月。


 豊富な資源と広大な領土を持ち、有能な人的資源を多く輩出した自治領『ラールテッサ』が、侵略を狙う近隣諸国連合軍と戦火を交えて二年。


 他の国とは違い、二足式機体を自国の活性化と有事の自衛の為にと試験生産を続けていた『ラールテッサ』だったが、他国の二足戦闘機体に劣勢を強いられた。


 急遽、軍事用として運用転換された二足戦闘機体、『コメット試作型』が配備されるも、なおも純粋な戦闘機体に、どんどんと押し包まれ、奪われていく大地。


 過去に他国に攻め入った事のない『ラールテッサ』の国のあらゆる人間達が、世界に窮地を訴えながらも自国を守る為に、二足戦闘機体の開発を続けた。


 その最中さなか


 開発された戦闘機体を次々と乗りこなし、その戦闘データを元にして改良されていくコメットシリーズの性能を押し上げ続けた少年がいた。


 ココ=フェイジンス。


 陥落寸前の田舎町で、逃げ切れない多くの人間達の盾になるべく、初期型の汎用コメットに乗り込んだその13歳の少年は、一機で敵側二機の戦闘機体を稼働不能にしてのけたのだ。


 そこから。

『ラールテッサ』は盛り返していった。



 ●



 自分専用の愛機である二足式戦闘機体『ミーティア』の整備を終わらせて、甲板から海原と大地を眺めていた少年、ココを呼び止める少女がいた。


「あ、いた」

「ふ、あわわわわわ~……あ、アーデラ准尉。さっき振りですね」

「うざい。うるさい……欠伸、ムカつく。甲板かんぱんから落ちろ」

「ここ、高度6000約2000mフィートですけど?!」


 飛空艦『ラウンダリア』の手すりから眼下の海原を見下ろした後に、横にいるアーデラに向かって目を見開いたココ。


 短髪、黒髪にあどけない顔で唇を尖らせるその姿に、飛行服がそぐわない。

 

 それどころか、ぺし!ぺし!と手すりを叩いて抗議をするその姿は表情や行動を含め、お洒落をしようと背伸びした少年のようである。


 アーデラは風になびくサイドポニーの銀髪を押さえながらジト目でココを見た。


「どうした……不服か?なんちゃって上官殿……かかってくるなら正当防衛だ」


 アーデラは光が消え失せた碧眼で、『お?お?』と片方の眉毛を歪ませる。


「死んだ魚のような目で、いつにも増して辛辣で挑発的ですね!」

「お望みとあらば、投げ捨ててやる。三尉の階級から追随を許さない戦績からそのショタ感あふれる顔から生意気にも僅かばかり早生まれの年齢から全て全て……投げ捨ててやる。まだまだある。生意気。生意気。生意気」


 ごいーん。


 飛空艦の動力音よりハッキリと鈍い音が鳴る。

 ココが手すりに額を打ち付けた音である。


「ははは……もう存在からして嫌いって滲み出てますね」

「見事な響きでございました」

「褒められた?!」


 そんな微妙な空気間の中でもなかなかに立ち去ろうとしないアーデラに付き合って、午後の日差しに照らされた海原を眺めるココ。


「もう戦局も落ち着いてますね。准尉のお爺様、ワグルワット中将が大陸西部で活躍されて主力を叩かれ続けた連合国側はもう余力がないと言われていますし」

「ふわ、あわあ……あふあっ。……?上官殿。何が不服だ……その目、腹立たしい」

「何から何までですよ!さっき僕を散々にぃ!」


 先程欠伸をして散々に罵られたココが、『納得いきません!』という身振りで抗議をする。


 が。


 ココの横で、人差し指をクイクイ!と折り曲げるアーデラ。


「根に持つとは粘度が高い。難儀な奴。相手をしてやってもいい」

「あああ!何か僕がやらかしちゃった側に?!ヒドイですよ!」

「……?」

「その顔ぉ!」


 ぎゃいぎゃい!むむむ、と騒がしい二人を、微笑ましく見守るクルー乗組員達。

 二人の掛け合いは、この艦の名物なのだ。


 と、そこに。


 電子葉巻を燻らせながら、近寄ってきた士官がいた。

 飛空艦『ラウンダリア』参謀のゼネット大佐である。


「おー、今日もやってんな。アーデラ准尉、いくら中将の孫娘とはいえ、あんまりココ三尉を苛めてくれるな……とか言ってな」

「ゼネット大佐!」


 ビシィ!


 二人は礼に沿った見事な敬礼をする。


「ま、堅苦しいのは抜きさ。三尉と准尉の掛け合いを楽しみなクルーが多い。ラウンダリアと、守るべき人間達を守ってくれた二人のな。准尉はアルガンフォート基地についたら中将の指揮下、原隊に復帰だ。後一週間程だが、今まで通り仲良く楽しくな」

「ハッ!」

「……ハッ!」


 褒められて顔を赤らめるココと、一瞬口籠くちごもりながら敬礼をしたアーデラに、ゼネットは、ふわり、と頬を緩ませた。


「いい敬礼だ。……そうだ、三尉。後でブリーフィングルームに来てくれるか?各隊の指揮官クラスに作戦要綱を通達するからな。副官クラスはアーデラ准尉も含めて、指揮官からの引継ぎを受けてくれ」

「……副官は、何故呼ばれないのですか?」

「アーデラ准尉?」


 唇を噛み締めた後にゼネットを見つめるアーデラに、首を捻るココ。


「ま、戦時行動中とはいえここのところ付近には敵勢力の気配がないしな。『ミーティア』の汎用機体がさっき搬入されたからそのモニタリングを指揮官に頼むつもりだ」

「ほんとですか!例の、産業にも転換がされやすいこれからの『ミーティア』シリーズ!」


 二足歩行機体にあらゆる可能性を感じているココは嬉しそうに顔を緩ませる。


 だが。


 ここで予想外の反応が返って来た。


「……私も行く」

「え?」

「お願いします!ゼネット大佐!私にも許可を下さい!」


 アーデラは、不安げに揺れる瞳をゼネットに向けた。

 その表情に驚いたココに、見向きもせずに。




 

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