第2話頁を捲れ







ノイモートン

頁を捲れ




 時勢に応じて自分を変革しろ


          坂本 龍馬






































 第二章【頁を捲れ】




























 料理を黙々と食べていた冰熬と祥哉。


 食べ終えると、まただらだらと過ごし始めた冰熬に対し、祥哉は無言で洗いものをする。


 いつもならば、何かしら文句の一言でも言うと言うのに、今日はなぜか大人しい。


 太陽が徐々に傾き始めると、冰熬は横にしていた身体を起こす。


 夕食の準備を始めた祥哉が、器用に包丁で野菜を切りながら、冰熬に話しかけてきた。


 「昼間の奴と、何話してたんだ?」


 「ああ?だから、お前には関係ねえ事だって言ったろ」


 「あんたさ、昔何してたんだ?あんたがあいつと知り合いだから、死んだんじゃねえだろうな」


 「俺は昔からただの放浪人だ。それに、死んだってお前何の・・・」


 「祥吏のことだよっっっ!!!」


 ガンッ!!と野菜を切っていた包丁を強く叩いたことで、まな板の上に乗っていた野菜は、まな板ごと宙を舞い、そのまま床に落ちてしまった。


 ふーふー、と大きく荒い呼吸を徐々に整えると、祥哉は包丁を逆手に持ち直して、そこに置いてあった残りの肉に突き刺した。


 ゆっくりと振り向いて冰熬を睨みつけると、一歩一歩近づいて行く。


 「あんたがどれだけ強いか知らないし、なんで祥吏があんたのとこに来たのかも知らない。けど、あんたがいながらなんで!!!祥吏は死ななきゃならなかったんだよ!!あの男は何者だ!?あいつと昔何があったんだよ!?説明しやがれ!!!」


 「・・・・・・」


 祥哉の性格にもう一つつけたすことがあるとすれば、“キレると手がつけられない”ということだろうか。


 実際にキレた時は今まではないはずだ。


 いや、キレていたとしても、きっと冰熬がなんとか食い止めていたのだろう。


 そもそも祥哉が本当にキレやすい性格なのかどうか、それは冰熬にも分からないのだからなんとも言えない。


 しかし、祥哉がここまで感情を露わにするのは、冰熬の前だけかもしれない。


 それは、主に負の感情だが、悲観や苦痛というものは、人間を根本から変えてしまうほどの威力があるのだ。


 「答えろよ・・・。あんたには俺に答える義務があるんだ!!!」


 「・・・・・・」


 何も答えない冰熬に、祥哉は奥歯を強く噛みしめる。


 うんともすんとも言わない冰熬に、祥哉は苛立ち、ついには包丁が突き刺さったままの肉を投げつけた。


 それは避けることもせずにいた冰熬に当たり、鈍い音を出しながら落ちる。


 「・・・・・・っ」


 そのまま、祥哉は古民家を出て行ってしまった。


 もう外は暗くなってきたというのに、街へ下りたのか、それとも別の場所へ向かったのか、分からない。


 とにかく、冰熬と同じ空間にいたら自分を制御できそうにないと判断したため、祥哉はそこから一刻も早く離れたかったのだ。


 そんな祥哉の後を追いかけるわけでもなく、冰熬は投げられた肉を見つめていた。








 一方、勢いで出てきてしまった祥哉は、頭をガシガシかきながら、両膝を曲げて座りこんでいた。


 感情任せに我を忘れてしまうなんて、と祥哉は自責の念にかられていた。


 大人になっていると思っていたのに。


 どんなことがあっても、怒りにまかせて怒鳴ったり喚いたり、そんな子供の様なこと出来ないと思っていたのに。


 冰熬が大人だとは何があっても言わない。


 しかし、自分の方が先に感情に流されてしまったのであれば、自分の方が子供だったということになる。


 勝ち負けではないが、負けだ。


 冷静になれなかった自分の負けだ。


 かといって、今からのこのこ帰ることも出来るはずがない。


 しかし外は暗くなっていく一方で、しかもここ最近はとても冷える。


 キレるなら明日の朝にしておくんだった、なんておかしなところに後悔したり、せめてあの肉を食べてからにすれば良かったと思ったり。


 きっと冰熬のことだから、帰ったとしても何も言わないだろうが、それは祥哉のプライドが許さない。


 いや、こんな小さなプライドならば、捨ててしまった方が楽なのかもしれないが、そうもいかない。


 なんにせよ、引き下がれないのだ。


 しかし、一番の問題は今日の寝床だ。


 贅沢は言っていられないが、せめて布団には挟まれたい。


 だからといって、宿に泊まれるだけの金が手元にあるかと聞かれれば、答えは完全にノ―だ。


 「どうかしたのかな?」


 「?」


 急に声をかけられ、祥哉は寒くなってきたせいで鼻を啜った。


 後ろを振り返ってみると、そこに立っていたのは、昼間冰熬と共に話しをしていた、あの男だった。


 こうしてみると、祥哉とあまり背丈が変わらない。


 「いや、別に」


 「別にってことはないだろ?こんな時間に1人でうろついてるなんて、怪しい」


 「怪しい?俺が?」


 鼻で笑いながら否定すると、男は何やら丸い様な菱形のようなものを取り出した。


 「俺はこういう者でね。職質してもいいんだけど、出来ればそういうことはしたくない。どうだろう。とりあえず、俺に着いてきてみるっていうのは?」


 「はあ?」


 男が取り出したそれは、警察などの関係者であることが分かった。


 怪しくはないことが分かると、祥哉も大人しく男の後ろを着いて行く。


 「俺は梦宗。君は?」


 「俺は、祥哉・・・。さすがお役所勤めっていうか、立派なとこに住んでんだな」


 「これは会社で借りられるアパート。それに俺達は公務員とはいっても、給料安いからね。ボーナスもはっきりいって平均以下だよ」


 「へー、そうなんだ」


 梦宗という男の後を着いて行くと、その男の部屋まで案内された。


 「・・・・・・」


 泊めてくれるというのは有り難いが、男の部屋に泊まるという、しかも独り暮らしの、初めてではないが初めて会ったに等しい男の部屋に泊まるなんて、ちょっとだけ気味が悪い。


 梦宗は制服と思われるそれを脱ぐと、冷蔵庫からビールを取り出した。


 飲むかと聞かれたが、祥哉は断った。


 飲めないわけではない、以前は飲んでいたのだが、飲まないようにした。


 お茶を出してもらい、それを飲んでいると、祥哉はふと冰熬とこの男が話している内容のことを思い出していた。


 ちらちら見ていたからか、祥哉からではなく、梦宗から声をかけてきた。


 「何か俺に聞きたいことでも?」


 「え?」


 「さっきから何か聞きたいような顔してる。何でも聞いてくれ。俺に答えられることならなんでも答えるよ」


 「・・・・・・」


 信用出来るかは別として、冰熬が話してはくれない、けれどもこの男が知っていることがあるとするなら、聞きたい。


 祥哉は梦宗に尋ねることにした。


 「冰熬とは、どういう知り合いだ?」


 「・・・知り合い、ねぇ。まあ、一言で言うにはあまりにも難しいけど、答えられない内容ではないな」


 にこりと笑うその梦宗の笑みは、祥哉からしてみるとあまり心地良いものではなかった。


 それがなぜなのか、祥哉には分からなかったが、あまり笑わない冰熬よりも、心が読めない感じだ。


 「冰熬と俺は、昔一緒に仕事をしていたんだ」


 「一緒にってことは、冰熬は警察関係者だったってこと?」


 「んー、ちょっと違うかな。直接関係者だったわけじゃなくて、俺個人が仕事を依頼していたわけ」


 「個人で依頼?」


 梦宗が冰熬を知ったのは、今から10年以上前のこと。


 冰熬が何処で産まれて何処で育ったのか、それは分からないらしいが、とにかく冰熬とどこかで初めて出会った。


 冰熬は今の雰囲気とあまり変わっていないようだが、梦宗曰く、


「あいつは強い。あいつ1人いれば、国一つくらい簡単に壊せる」


くらいの強さを誇っていたらしい。


 今も尚健在かどうかは別として、梦宗がどのような仕事を依頼したかというと、簡単なことだった。


 “こちら側になって戦ってくれ”


 当時、警察も政府もボロボロというか、ダメダメというか、国民のことなど一切考えていない組織となってしまっていた。


 官僚組が七光で入った者達であったり、口ばかりで実際に動くのは下っ端にやらせていたり、実力にそぐわない組織図となっていた。


 それには国民たちは当然の如く怒り、警察や政府に立ち向かおうとする反逆者たちが集い始めた。


 それは若者を中心とした集まりで、日に日に過激になっていき、しまいには戦争のような戦いになっていったという。


 「そんなときだ。冰熬という男に出会って、奴は違う土地からこの場所へ来たばかりだった。だからなのか、奴は両成敗した」


 警察や政府の用心棒として雇った冰熬という男だが、反逆者たちから理由を聞くと、ならばということで、お互いに戦えない状況にした。


 「両成敗って、あんたが味方になってくれった頼んだんだろ?なのに成敗されたのか?」


 「ああ。まあ、けどそれで良かったんだろうな。反乱を起こしてた若い連中も、俺達がやられたのを見て納得したらしい。大人しく下がっていったよ」


 一応依頼は完遂したということで、報酬の金を払おうとした梦宗だったが、冰熬はそれを断った。


 どうしてかと理由を聞くと、そんな汚い金はいらない、とのことだった。


 「すごく失礼な奴だと思ったが、すごく正直な奴だと思ったね。上手くいけば、ずっと雇って飼い慣らそうと思ってたけど、あの野犬は無理そうだな」


 「・・・それで、昼間はまた何かを頼みに?」


 「そういうこと」


 近々戦争があるわけではない。


 だからといって、反乱を起こそうとしている者達がいるというわけでもなさそうだ。


 ならば一体どういう理由から冰熬を雇おうとしていたのか。


 それを祥哉が聞いてみると、梦宗はただニヤリと口角をあげてこう言った。


 「手中に入れておきたかったんだ」


 その言葉が、祥哉にとってはなぜだかとても恐ろしいものに聞こえた。


 その後またすぐににこっと子供のような笑みを浮かべると、梦宗は新しいお茶を入れるよ、と言って祥哉の手から湯のみを受け取った。


 笑みから変わっていないはずの梦宗の表情だが、それが逆に恐怖を煽る。


 「まあ、昼間話していたのはそういうこと。今後も何が起こるか分からないから、今のうちにあいつを味方にしておこうと思ってたんだ。はっきり断られたけどね」


 ケラケラ笑いながらそういう梦宗は、新しいお茶を祥哉に手渡す。


 それを受け取ると、祥哉はまた別の質問をする。


 「じゃあさ、冰熬って奴のとこに一時期一緒にいた、祥吏って男のこと、知ってるか?」


 「祥吏・・・?聞いたことあるような、どうだったかな」


 名前だけではピンとこないのか、祥哉は祥吏という男の特徴を話した。


 青い髪で短髪、目は茶色で背丈は少し自分よりも5、6センチほど低い。


 冰熬とはどのような会話をしていたのか、弟子として扱われていたのか、それとも勝手に弟子として入り浸っていたのか。


 何も分からない祥吏のことを梦宗に聞くが、梦宗はそのあたりのことは何も分からないと答えた。


 「確かに冰熬のとこには若い男が1人いたな。けど、詳しいことはちょっとな。ただ聞いた話しじゃあ」


 梦宗に話しによると、祥吏も突然現れた。


 別にその場にパッと現れたわけではなく、この辺りでは見たことがない顔だった。


 その祥吏という若者は、街に来て早々、不良というか、モラルや常識というか、まだまだ気持ちが若い、そんな男たちに絡まれてしまった。


 絡まれてしまった原因としては、小さな子供が泣いていて、理由を聞くと、その男たちが歩き煙草をしており、その煙草の火で火傷をしてしまったからだとかで。


 その子供が泣いていたため、祥吏は男たちに謝るようにと言ったようだが、男たちが正直に言うはずもなく、いつの間にか祥吏が取り囲まれてしまったとか。


 逃げようとは思っていなかっただろうが、逃げ道がなくなってしまった祥吏の前に現れたのが、冰熬だったらしい。


 別に助けようとしたわけでは無かったようだが、その男たちが邪魔なところにいたようで、冰熬によってひょいっと簡単に首根っこを掴まれて移動させられてしまったようだ。


 それを見て、他の男たちは逃げ出してしまい、祥吏は急に現れて助けてくれた冰熬を目をキラキラさせてみていた。


 「弟子にしてください!!!」


 「弟子?なんだそれ、いらねぇな」


 「えええ!?いや、弟子にしてください!何でもしますから!!!」


 「いや、いらねぇんだけど。つか、弟子って何してくれんの?」


 「えっと、えっと・・・」


 少し考えた祥吏は、こう答える。


 「身の回りのこと、なんでもさせていただきます!!!」


 「なんでも・・・」


 そう言われると、冰熬は何かを考えるようにして、顎鬚に手をあてて目を瞑り、その後また腕組をして首を捻っていた。


 時間にすると5分も経たないうちに、冰熬はOKを出したと言う。


 「ただし、弟子は取らねえ。ただ家事、洗濯、料理はして良し」


 「っしゃー!!」


 何が良しなんだか分からないし、祥吏もなぜこれで喜んだのかは理解出来ないが、こういうことらしい。


 いや、余計にわけがわからないが、祥吏はとても純粋ということだろう。


 そういうことにしておこう。


 弟子としてではなく、単なる手伝いとしてならいても良いということで、冰熬のもとに住まうこととなった祥吏。


 「けど、冰熬もここに来てそれほど経っていなかったからな。あまり良く思っていなかった連中もいたんだ」


 異国の地から来た男を急に認めることが出来ないのは、まあ仕方ないだろう。


 冰熬を狙っている輩も大勢いたのだが、それに冰熬は気付いていなかった。


 いや、気付いてはいたのだが、気付かないフリをしていたのかもしれない。


 どちらにせよ、祥吏はそのことを知らなかったのだ。


 「そしてある日、悲劇は起きた」


 冰熬を狙ってやってきた男たちは、そこにいた男を冰熬と勘違いして攫って行った。


 その男は大勢の前で串刺しの処刑となり、後日、晒し首となったと聞く。


 しかしそれでも冰熬は死んでおらず、先日殺された男は別人だとされた。


 それならばなぜ、自分ではない男が処刑されるとき冰熬は助けに来なかったのかと非難する者も出てきたのだが、冰熬はそんな奴等の声さえ聞こうとしなかった。


 「というのが俺が聞いた流れかな。まあ、実際その場面を見たわけじゃないし、どういうやりとりがあったのかも知らないけどな」


 「・・・・・・」


 「どうした?」


 「・・・・・・」


 「何!?弟!?」


 「ああ。祥吏は、俺の弟なんだ。だから俺は弟がどうして死んだのか知りたかった。だから冰熬のもとに行って、殺してやろうと思ってた・・・!!」


 「・・・そうだったのか」


 祥哉の話を聞いて、梦宗は静かに呟いた。


 祥吏は祥哉の弟であることを、冰熬が知っているか知らないかは今は良いとして、弟である祥吏が冰熬の身代わりのような形で死んだとなれば、祥哉も黙ってはいられないだろう。


 ただ可愛いと思っていた弟が急に家を出たかと思えば、見知らぬ土地で、見知らぬ男のせいで死んだ。


 どうしようもない怒りや憤り、悲しみが、祥哉にとっての生きる意味にもなっていた。


 「両親は?」


 「知らない」


 「知らないってなんだよ?生きてるか死んでるか、それくらいは分かってるのか?」


 その梦宗の質問に対し、祥哉は唇をとがらせながら顔を横に向ける。


 「興味もないし、分からない」


 「・・・?なんだそりゃ?」


 結局、祥哉と祥吏の両親に関してのことは一切何も聞き出せなかったが、話したくないのだと悟り、それ以上何も聞かなかった。


 祥吏が家を飛び出したときのことも聞いてみたが、それに関しても知らないという解答だった。


 「仲悪かったのか?」


 「別に悪くはなかったと思う。ただ、祥吏は俺のことを嫌ってたかもしれない」


 「どうして?」


 小さい頃のことなんて、大きくなればさほど覚えてはいないし、覚えていたとしてもそれは笑い話へと変わっている。


 それに、祥哉が冰熬に対して、祥吏のことで復讐をしようとしているならば、仲が悪かったとは思えない。


 にも関わらず、仲が良かったとはっきり答えられないところを見ると、何かしらわだかまりがあったのかもしれない。


 たかが兄弟喧嘩かもしれないし、喧嘩さえしていないかもしれないが、祥哉は口を開こうとしないため、梦宗も聞かない。


 それからしばらく、2人の間に長い沈黙が続いた。


 長い沈黙を先に破ったのは、梦宗だった。


 「なら、良い話があるんだが」


 「良い話・・・?」


 急になんだと、祥哉は怪訝そうな表情を梦宗に向けるが、梦宗本人はにこやかだ。


 独り暮らしの部屋には少々大きいだろうと思えるソファの真ん中に座ると、設置してあるのに使っていないのか、テレビのリモコンの上にも埃が被っている。


 掃除をするタイプではないのかと思いきや、部屋はきちんと整理整頓されている。


 いや、整理整頓されているだけで、近くでみたらどれもこれも埃が被っていた。


 しかし、物がそれほどおかれていないからか、部屋も広く感じ、それに掃除されているような錯覚に陥っているのかもしれない。


 それはさておき、急に祥哉に良い話を持ち出してきた梦宗は、こう続ける。


 「祥哉、お前、俺んとこに来る気はないか?」


 「は?どういうことだ?」


 何を言っているんだこいつはと、祥哉は眉間にシワを寄せて見るが、梦宗はその笑みを崩さないまま。


 「冰熬を恨みに思ってるんだろ?俺も同じだ。まあ、恨みってわけじゃあないが、頼んでももう手を貸してくれそうにないしな。冰熬が敵に回るくらいなら、いっそいなくなってくれた方が俺も助かる」


 「?何の話しをしてんだ?」


 「だから、簡単な話だ」


 祥哉は首を傾げると、梦宗は中指を唇にあてて笑う。


 「俺はずっと思ってたんだ。人生ってもんは短い。折角なら、俺は勝ち組になって人生を楽しく悠悠と生きたい。正直いって、地べた這いずりまわって生きるなんて御免だ。結局は金が全て。権力も地位も名誉も、人でさえ、金で簡単に手に入る世の中だ。戦で命を落とす馬鹿になるよりも、戦で金を稼ぐ利口にならなきゃな」


 「・・・・・・」


 「誰かのため、何かのためなんて時代はとうに過ぎた。今は自分のためにだけ生きる。最近じゃあ、金もってる親父たちを狙ったり、親父だけじゃなくて、弱い奴を狙ってそういうことをしてる輩も多いらしいが、はっきりいって自分の身は自分で守っていかないとな。世の中の理不尽なんてものは、弱い奴が吠えてるだけのもんだ」


 「・・・それで、結局俺にどうしろって?」


 梦宗の自論で話しがそれてしまった。


 そこで祥哉が話しを戻すと、「ああ」と梦宗は返事をする。


 座っていたソファから戻ると、祥哉の前に胡坐をかいて座り、微笑みかける。


 「祥哉、手を組んで冰熬を落とそう。そうすれば、祥哉の願いは達成されるし、俺も冰熬が敵にならないから万々歳、そうだろ?」


 「・・・落とすって、別に城を攻めるわけじゃないだろ」


 「冰熬を甘くみるなよ、祥哉。確かにあいつはそう見えないかもしれないが、あいつは別格なんだ。どこから来たかも分からない男だが、それだけは確かだ」


 「まあわかったよ。とにかく、冰熬を倒せばいいんだろ?利害は一致してるってわけだ。で、どうやって誘き寄せるんだ?」


 「誘き寄せるのは難しいかもね。冰熬のことだから、面倒臭がって来ないだろうし。まずは最初に呼ぶけど、それでもこなかったらまあ、力付くで連れてくるしかないだろうな」


 「力付くで連れて来れるのか?あんたの話を聞く限りじゃ、強いんだろ?」


 「まあ、戦う羽目になったら負けるかもだけど、冰熬はそこまで馬鹿じゃない。大人しく来るには来るだろうね」


 「・・・ふーん」


 その日、祥哉はそのまま梦宗のもとで寝泊まりさせてもらうことになった。


 正直な話、まだ梦宗のことを信頼しているわけではなかったが、こんなところでどうにかされるということもないだろうと、祥哉は寝るのだった。


 しかしすぐに寝つけるはずもなく、しばらくは目を開けたまま、何かを考えていたのか、じっと天井を見つめていた。








 翌日になって、梦宗はすぐに行動に出ようとしていた。


 「俺は仕事があるけど、着いてくるか?」


 「いや、いい」


 「そうか。冰熬が来たら報せるから、それまで自由に使っててくれ。鍵はオートロックだから、出かけても構わないけど、入るときは俺の指紋か声紋か特定の質問に答えるようだから、それだけ気をつけて」


 「おー」


 パタン、とドアが閉まると、確かにオートロックのようで、そのままガチャンと鍵が閉まった音がした。


 梦宗は仕事場に向かうと、まだ来ていない上司の椅子をちらっと見たあと、今日は外回りしてくると言って出て行った。


 それからすぐ、上司である鬧影が出勤してくると、すぐに梦宗は何処へ行ったのかと近くの者に聞いた。


 「梦宗でしたら、ついさっき今日は外回りしてくるって言ってましたよ」


 「外回り・・・?そうか、分かった」


 デスクに座ると、鬧影はパソコンを開いて起動させるが、両手は顎に置いたまま画面ではないどこかを見ていた。


 パソコンを閉じて何処かへ行こうとした鬧影だったが、部下が次々にあれやこれやと仕事を持ってきたため、そこから離れられなくなってしまった。


 一方、外回りと称して仕事場から上手く出てきた梦宗は、自分に従う数人の男たちを連れて何処かへと向かっていた。


 「いい加減、山から下りてきてくれると助かるんだけどね」


 多少息を切らせながらも、なんとか目的の場所へと辿りついた。


 そこで今頃きっとまだ寝ているだろう男を起こしに行くと、案の定、男はまだ寝ていた。


 目を瞑っていても分かるほどの太陽の強い光を感じたのか、男はダルそうに身体を起こしたかと思うと、太陽の光が入ってくる扉を閉めてもう一度布団に横になる。


 もぞもぞと布団の中に潜った男だが、一度抜けてしまった体温というのはそう簡単には戻らないようで、というよりも、きっとすでに身体は男に対して起きるようにと伝達をしているのだろう。


 しかし男はまだ寝ていたいのか、すでに睡眠時間など充分すぎるほど取っているにも関わらず、まだ布団を頭まで被っている。


 「冰熬」


 「・・・・・・」


 「冰熬」


 「・・・・・・」


 「冰熬」


 「うるせぇなぁ。何処のどいつだ。勝手に人の家に入り込んできやがって」


 「俺だよ、久しぶりだね」


 不用心ではあるが、あまり出入りなどないこの家には鍵がついていない。


 勝手に扉を開ければ誰でも入れるのだ。


 また部屋の中にはいってきた太陽の光に、男は渋々身体を起こす。


 後頭部をぼりぼりとかきながら、大きな欠伸をしていると、数人の男たちが一斉に家の敷居を跨いだ。


 「・・・穏やかじゃねえなぁ。何の用だ?」


 「あなたが素直にこちらについてくれれば、穏やかに終わるんですけどね。どうです?考え直してくれましたか?」


 「あーあー。お前はどうしてそう、影でコソコソと天下を取りたがるかね。折角権力あるとこにいるんだから、そこで頭になりゃいいだけの話だろ?俺なんかんとここなくても済むだろうに」


 男、冰熬は梦宗がどこでなにをしているかを知っているようだ。


 男に関して何か聞くと言ったこともなく、ただただ交わることのない答えを、いつまでも繰り返すのだ。


 「俺も少し前まではそう思っていたんですけどね、それが難しいと分かりました。なぜだか分かりますか?」


 「知らねえよ」


 「俺よりも有能な男がいるからです。あの男が別の場所へ異動、もしくはもっと上へ行かない限りは、俺はずっと今のまま」


 「ほう。他人をほめるなんて珍しいじゃねえの」


 「褒めてはいませんよ。俺はただ、邪魔だと言いたかっただけです。これまで目立たず、けれどしっかりと功績を残してきたはずですが、これ以上になると、やはりそれなりにリスクを伴う必要があります」


 「リスクねぇ。で、また俺に手を貸せって?前にも言っただろ。俺はお前達に今後一切手を貸すつもりなんてねえって」


 「冰熬、あなたは自分のことが良く分かっていないようですね」


 にっこりとした表情を変えないまま、梦宗は人差し指で額をぽりぽりかく。


 男たちを立たせたまま、梦宗は冰熬の古民家の囲炉裏の前までくると、片方の靴だけを脱いで膝を曲げ、そこに座った。


 囲炉裏が微かにパチパチといっていると、そこへ手を伸ばし、指先を暖める。


 「冰熬、あなたはどうしてこの場所へ来たんです?それが全ての元凶といっても過言ではありません」


 「どうしてって、俺は浮浪人。何処へ行こうと俺の勝手だろ?」


 「浮浪人という言葉だけで終わらせられては困りますね。確かにあなたはいきなり現れた旅人でした。しかしそのお陰で、当時の戦いには終止符がつき、そのせいで、今我々はこうして力を欲することになった」


 「俺のせいにするんじゃねえよ」


 ふあああ、と欠伸をしながら冰熬は布団から出てくると、囲炉裏の火をともして自らも暖まる。


 しかし朝食を作ってくれる人はいないため、冰熬は男のうち一人を適当に指名すると、竃においてある肉をよこせと言った。


 男はそのまま渡すのを戸惑っていたが、冰熬に急かされたためそのまま渡すと、冰熬はそれをまる齧りする。


 その光景を見ているだけでも心配になるが、冰熬は気にしていないようだ。


 「いつかまた戦は起こる。そのときのために、どうしても力が必要なんです。冰熬、あなたにどうしても」


 「何と言われようとも、俺は手伝わねえ。戦が起こったなら、それを収拾させるのがお前さんらの仕事だろ?俺はそれに利用されるのは御免なんだよ」


 「・・・どうしても無理ですか」


 「どうしても無理だ」


 今日も晴れて平和だなー、なんて呑気なことを言いながら、冰熬は喉が渇いたなーと言って自ら茶を用意する。


 当然、という言い方もおかしいが、客人である男たちには準備せず、自分の分だけである。


 帰れと言っているのだろうが、梦宗はそんなことで帰らない。


 「このまま手ぶらで帰るわけにもいかないんですよ」


 「知らねえよ。俺には関係ねぇことだからな」


 「もし本当に断るというなら、強制的に連れて行くことになりますが」


 「本当にもなにも、俺はこれからだって手を貸す心算はねぇよ。何度も言わすな」


 「そうですか・・・残念です」


 そう言うと、梦宗と一緒にきていた男たちが冰熬の周りを取り囲んだ。


 「おいおい、人の家を勝手にあがりこんできただけじゃなく、土足で踏み入るたぁ、躾がなってねぇようだな」


 「不躾ながら、あなたを拘束させていただきますよ、冰熬」


 「・・・そりゃまた、確かに不躾だな」


 「暴れないでいただけると、助かります」


 「暴れたら、その時点で俺は国を敵に回した謀反人ってことか。逆賊として生きて行くのも悪くはねえが、面倒は御免だな」


 そう言って、冰熬は大人しく両腕を後ろに持っていく。


 男たちは冰熬が暴れた時のためにと、数人がかりで冰熬の腕をロープで強く縛りつけた。


 それをただ眺めていた梦宗は、縛られていく冰熬を見て、少しだけ口角をあげて歪ませたようにも見えた。


 冰熬を捕えたあと、梦宗は男たちに冰熬のことを任せ、自分は仕事場へと戻っていた。


 特に何もなかったと鬧影に言うと、体調が悪いからといって早退をすることにした。


 男たちは冰熬を梦宗の隠れ家のような場所へと連れて行く。


 家とも違う、仕事場とも違う、以前から梦宗が好きで愛用していた場所だが、そこは暗くて湿っぽく、苦手だと言う人の方が多い場所だろう。


 そこに一つ木で造られた椅子がポツンと置かれており、冰熬をそこに座らせると、ロープで縛っている腕を椅子の背もたれにくぐらせる。


 冰熬も逃げようとする素振りは一切なく、ただそこの湿っぽい臭いには険しい顔つきを見せていた。


 「なんだ、ここは?」


 「梦宗さんの秘密の場所です。そろそろ梦宗さんも来ると思いますので、お待ちください」


 そう言って、男たちはみないなくなってしまった。


 1人にされた冰熬だが、こんな縛り方じゃあ抜け出せるのに、見張りの1人もいなくて良いのかと思っていると、そこへ丁度梦宗がやってきた。


 仕事が終わる時間にはまだ早い気がするが、梦宗のことだからなんとか上手く誤魔化して来たのだろう。


 冰熬が座っている椅子の前にもう一つ、自分用の椅子を持ってきた梦宗はそこに座ると、こう言った。


 「少し待ってくださいね。もう一人、主役や現れますから」


 「主役?」


 誰のことを言っているのかと、冰熬はとにかく待つことにした。


 それから30分ほどした頃だろうか、キィ、とドアが軋むような音が聞こえてきて、そちらに目をやる。


 するとそこには、家出をした男がいた。


 「祥哉か・・・?」


 「・・・・・・他に誰に見える」


 「なんでお前がここに」


 「はいはい、そこまでにしてくださいねー。祥哉、君はそこにいてね」


 冰熬から少し離れた場所に祥哉を立たせると、梦宗も椅子から立ちあがる。


 「冰熬も知ってると思うけど、祥哉は冰熬、あなたのことを恨んでいます。それは知ってますね?」


 「・・・ああ」


 「どうして恨んでいると思います?何か心当たりはありますか?」


 「・・・・・・」


 心当たりもなにも、祥哉本人が冰熬の前に現れた時、直接聞いたのだから、あれが理由なのだろう。


 梦宗の後ろに立っている祥哉の方をちらっと見てから、冰熬が答える。


 「弟のことだろ」


 「そうです。大正解です。さすがですね、冰熬」


 「・・・・・・」


 馬鹿にしているとしか思えない口調の梦宗に、きっと普通の人間ならばいらっとくるのだろうが、冰熬は梦宗の性格を知っているからか、いらっとはしない。


 「ちゃんと俺からも伝えておきましたよ。祥哉の弟、祥吏が死んだのは、何を隠そう、あなたのせいだってことをね、冰熬」


 「そうかい」


 「否定しないんですね」


 「否定したって、あいつは帰って来ねえだろ。それに、いいわけを並べてほしいなら、もっと早く言ってるだろうよ」


 「素晴らしいですね。しかし、死んでしまった理由が冰熬、あなたにあるとしたら、祥哉にどれほど恨まれても仕方ないですよね?正当な理由があろうとなかとうと、祥吏は戻ってこない。それに、正当な理由を述べたところで、気が晴れるわけじゃありませんからね」


 「わかってんなら、この無駄な時間は何だ?なんで俺をここに連れてきた?」


 その冰熬の問いかけに、梦宗は微笑んだ。


 「もちろん、冰熬、あなたに復讐したいと言っているからですよ、祥哉が」


 ジャキ、と冷たい金属音が聞こえてきたかと思うと、祥哉の手には拳銃が握られていた。


 それは祥哉にはあまりにも似合わない武器ではあったが、安全装置も外されていることから、きっと本気なのだろう。


 普段から祥哉は冰熬を狙ってはいた。


 寝ているときや風呂に入っているとき、ご飯を食べているとき、それは様々だった。


 しかし飛び道具を使ってくるのはこれが初めてかもしれない。


 どこから持ってきたのかと言われれば、きっと祥哉の隣で笑っている梦宗から借りたものだろうことが分かる。








 祥哉が冰熬のもとへ来たのは、2年前のある暑い日のことだった。


 冰熬が暑くて暑くてたまらず、川にでも行って涼しい風を浴びて来ようと思っていたときに、祥哉は現れた。


 いきなり人の前に現れたその男は、すでに成人しており、しっかりとした顔立ちと体つきもそれなりにがっちりしていた。


 そして会うやいなや、祥哉は冰熬に向かって飛びかかってきたのだ。


 道具を使うわけでもなく、ただただ、飛びかかってきて、仰向けになって倒れた冰熬の上に馬乗りになり、その首に自らの指を強く絡めたのだ。


 そのまま力を込めてしまえば、冰熬とて息絶えていたのかもしれないが、今こうして生きているのにはわけがある。


 冰熬の首をしめていた祥哉だったが、途中で空腹のあまり倒れ込んでしまったのだ。


 ここに来る前の間に何か感染病にでもあったのか、それともただの風邪だったのか、空腹以外の原因は何かあったのだろうが、祥哉はそれから三日三晩寝続けた。


 起きた頃には、冰熬は囲炉裏の前で飯を食っていた。


 祥哉という病人には、調理も何もされていない肉の塊を手渡すと、祥哉はさすがにこれはと思ったようで、囲炉裏の火を使って肉を調理してから食べた。


 水も井戸から汲んできたのか、とても冷たくて美味しかった。


 目の前にいる冰熬という男は、どうして自分を殺そうとしたのかを聞こうとはしなかった。


 ただ、腹が減ってるなら喰え、とそれだけ言っていた。


 それから少しして、自分のことをぽつりぽつりと話し始めた。


 それでようやく、祥哉の名前も知り、どうして冰熬を殺そうとしたのかも分かったのだ。


 しかし、冰熬は祥哉の目的を知ってもなお、追い出そうとはせずに、自分を殺したいならここにいれば良いと言っておいたのだ。


 尋常なことではなかった。


 自分の命を狙っている男が目の前にいるというのに、冰熬という男は、追い出そうともせず、食も寝床も与えたのだ。


 もしかしたら自分が殺されるのでは、と最初は警戒していた祥哉だったが、そういうこともなかった。


 一睡もせずに冰熬の動きを見ていたり、常に包丁を持って寝る日々も少なくはなかった。


 「どうして俺をここにおいてる?俺はお前を殺そうとしているんだぞ。どうしてそんな俺を」


 一度聞いてみたことがあるが、その時、冰熬はこう答えていた。


 「一々うるせぇなぁ。そんなに理由が欲しけりゃ、お天道様にでも聞け」


 余計に意味が分からなかったが、それからというもの、祥哉は冰熬の身の周りの世話をしながらも命を狙うという、なんとも不思議な関係が出来上がったのだ。


 そんな祥哉が、今こうして目の前で拳銃を握ってこちらを見ている。


 いや、これが本来の祥哉の態度なのかもしれない。


 「冰熬、俺はね、平和な世界を作りたいと思っているんだ」


 「平和な世界だと?笑わせるな」


 「本気ですよ?この世は実に醜いじゃないですか。もっともっと人間らしく、動物のような、ゴミのような生き方をしている人の気持ちが全く分かりません。人はどうして生まれながらに平等じゃないのか、それがようやくわかりそうなんです」


 「ほう」


 「きっと、俺は神様に選ばれてんです。この世界を俺の好きなように変えろと。そのための力を俺にくれたんです。だから俺は、これからもっと世界を平和にして、領土も増やして行って、空も海も大地も全て、俺の手で動かして行きたいんです」


 「そりゃまた随分とでかい夢だな」


 「夢じゃありません。すぐそこまで来ている事実なんですよ」


 「つかなんだお前、神様なんて信じてんのか?そんな姿形の見えないもんを信じてるから、いつまで経っても自分の足で立ちあがろうとしないんだな」


 梦宗と冰熬の話は続く。


 「俺は生まれたとき、とても貧しかったんです。しかし両親が俺を売ってくれた。そのお陰で俺は裕福な家庭で育ち、こうしてある程度の地位や権力を手に入れることが出来た。その両親も今じゃすっかり病弱。金のためなら、子供でもなんでも売るんです。それが人間なんです。それこそが人間の脆弱さであって、良さでもあるんです」


 「金金って、お前は本当に金が好きだな」


 「みんな好きでしょう?金でなんでも変えられるんですから。嘘であろうと真実であろうと、それが過去であろうと未来であろうと、金さえあればすぐそこに現実として形を作ることが出来るんです。それこそが力の象徴。俺達にとって必要なものなんです」


 「で、金で動かねえ奴らは切り捨てるってか。その身勝手さは、人間の根本だな」


 「冰熬、あなたにはがっかりさせられますよ。あなたはもっと賢いと思っていました。あなたは今、自分のおかれている状況が分かっていますか?殺されようとしているのに、どうしてそれでもプライドを捨てて、俺達のもとに来るという選択肢が選べないのですか?無能にも程があります」


 「・・・はぁ。お前とは、価値観が全く合わねえなぁ」


 「ええ、同感です」


 梦宗は、それからも自分の理想を続ける。


 人の一生はおおよそ決まってしまっている。


 その中でどうすれば少しでも充実した気持ちでいられるのかと考えたとき、それは金を持っているときだという。


 洋服、バッグ、財布、帽子、洋服、家、テレビ、それ以外にも、この地球上に存在している空や海、大地、それらでさえも、人間が所有している。


 所有するためには金が必要で、金さえあればなんでも手に入る。


 心がどうのこうの言っていたところで、結局は動かすものは金なのだ。


 「綺麗事を言っている時間はないんです。俺はもっともっと力が欲しいんです。力と名声が欲しい」


 「力が欲しいなら、それこそ金で最強の軍事を作りゃあいいだろうよ。武器も兵器も何もかも、金でなんとか出来るんだろ?」


 「ええ、そうなんです。しかし、現状、俺には限界があるんです。今の職場だって、きっとどうやっても鬧影よりも上に行くことは困難です。なにせ、あの人は俺にはない“信頼”というものを沢山もっているので」


 「良いことじゃねえか」


 「だから俺にはあの椅子が回ってきません。そうなると、最強の軍事力の収集も難しくなります。そこでまずは冰熬、あなたを手に入れておこうと思ったんです」


 「俺は玩具じゃねえんだよ」


 「分かっていますよ。しかし、どうしても欲しいんです。手に入らないなら、ここで殺したいほどに」


 そう言うと、梦宗は祥哉の肩に手をポン、と置いた。


 祥哉の銃口は相変わらず冰熬に向けられており、震えることもなく、真っ直ぐにこちらを見ている。


 今どういう感情を持っているのか、それは祥哉本人にしか分からないが、梦宗はその光景に至極満足そうだ。


 一歩前に出ると、梦宗は冰熬の方へと歩み寄って行き冰熬の背後に立つと、後ろから冰熬の髪の毛を強く引っ張る。


 ぐいっと冰熬は顔だけを上に向けるような姿勢になると、天井から吊るされている唯一の照明器具が眩しい。


 「最後のチャンスです、冰熬」


 掴まれた髪の毛が解放されると、梦宗はまた祥哉の方に歩いて行き、その横で止まった。


 「ジャッジメントタイムです」


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