祥子の闘い

「このままじゃ、お兄ちゃんが… おい!!このクソババア!とっとと私たちを動けるようにしろ!」祥子は女王をクソババア呼ばわりしたが全く聞いていないようだ。女王はお兄ちゃんを殺すつもりはなかったようだが、あの巨人は本気のようだ。


女王は戸惑っているようだが止める様子はない。一体あの巨人は何なのか?しかしそれどころではない。


「先輩!私が!わわわわ、私動けます!」

「ダメ!藍!!あなたじゃ殺されちゃう」

「で、でも!」


動けると言っても恐怖でブルブルと震えている藍では立つのがやっとだろう。でもこのままじゃ。確実にお兄ちゃんは殺される。一体どうすれば、どうすれば良いの?


<おい、てめえ。見てるだけかよ>


唐突に、声が、聞こえた。


「え?誰?」


祥子は周りを見渡たそうとしたが、どう言うことか首すら動かない。というか世界が静止している!?


<てめえの内側から声を掛けてんだよ、この馬鹿女!>


「馬鹿女って何よ!!」



声は中性的で男か女かもわからない。しかしどうやら外からではなく自分の内側から声がしているようだった。


「あんた誰よ!?私どうなってんのよ!」


<俺が誰だってどうでもいいだろ。今てめえの思考は通常の数千倍の速さで動いてんだよ。だから世界が静止してみえる。そんなことより早くしないとてめえの兄貴が殺されちまうぞ>


「そんなことわかってるわよ!だから黙ってて」


<俺にはおめえの兄貴を助ける策があるぜ。それでも黙ってろって言うのかよ>


「え!!!あんた知ってるなら教えなさいよ」


<俺が一時的だがてめえを強化してやる。だが条件があるぜ>


「なに条件って?早く言って!」


<ああ、その条件ってのはな…>


<毎晩!てめえの兄貴を!オカズにして!1人で!やってるって!大声で!言うことだ!!このクソアマ!!!>


「え“??」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「な!?なななな!?なななな、なに、なに言ってるのの??」


祥子は動揺して耳まで真っ赤だ。


<だから!夜な夜な、てめえ1人でいたしてる最高に恥ずかしい秘め事を、赤裸々に大声で世間様にぶちまけろって!言ってんだコラ!>


「ななななんでそそそんなことしなきゃいけないの!」


<毎夜毎夜、てめえに付き合わされる俺の身になってみろ!てめえは気持ちいいかもしれないが、俺には気持ち悪いだけだ。俺はてめえの中にいるから嫌でも付き合わされちまう。全く腹立たしいったらありゃしないぜ>


「そそそ、そんなこと、知らないわよう。大体、毎夜毎夜なんてしてないわ」


<ほぼ毎夜だろが!この変態女!言わなきゃ協力してやんねえ>


「嫌よ!そんなこと」


<じゃあてめえの兄貴は死ぬぜ。あと10秒後ってとこだな。意識を引き伸ばしてるからまだ余裕はあるがな>


「ぐぬぬ!仕方ないわ。言えばいいんでしょ、言えば!」


<さっさと言えやコラ>


「えっと、私は、お兄ちゃんをオカズに1人で、ゴニョゴニョ」


<おいコラ!声が小せえぞ!もっと大声で叫べやコラ!>


「わかったわよ!!私は!お兄ちゃんを!!オカズに!!1人で!!気持ちいいこと!!してましたああああああ!!!!」


祥子が叫んだ瞬間、灰色の世界に色がつき、そして動き出した。周囲の妖精隊員も動き出した。祥子のように意識を加速してない彼女たちには、突然祥子が叫んだように聞こえていた。


「え!?先輩、なに言ってるんですか!!」


祥子の隣に座っていた純真少女の藍は唐突に祥子がぶちまけた内容が理解できず聞き返したのだった。


<よし!!飛び出せや、クソアマ!>


女王イザベラが施した拘束から解き放たれ祥子は全力で飛び出す。


「嫌ああああああ、みんなに聞かれたあああああああああ」飛び出しながら祥子はあまり恥ずかしさに叫ぶ。


<てめえ、さすがだな!あんな恥ずかしいシチュエーション、俺だったら死にたくなるぜw>


「嫌あああああああ!言わせたのあんたでしょおおお!」


<てめえの感情の爆発が必要だったんだよ。仕返しってのもあるけどなっ>


「仕返しの方がメインでしょおおお」


<そんなこと言ってる場合じゃねえぞ。あの巨人に一発かませ!!>


恥ずかしさに泣きながら巨人めがけて全力で飛び出した祥子が体当たりをかました。


「があ!?な?なんだ!!」巨人は体当たりされ吹っ飛んでいった。祥子は衝撃で巨人が手放した兄を空中でキャッチした。


「お兄ちゃん!!え!!お兄ちゃん、息してない、死んでる!イヤ!どうしよう!」


<おい落ち着け!俺はちっとなら時間を巻き戻せる。生きてる状態に戻せるはずだ。こいつは今代の王様だかんな。死なれちゃ困る>


「え!?ほんとお願い!」


<待ってろ>

祥子の内なる声がそう言った刹那、賢が淡い光で包まれる。


<時間を巻き戻すには、『時間』がかかる。てめえの兄貴をどっかに寝かせとけ>


「わかったわ」

祥子は地上に降り立ち、淡く光り続ける兄をそっと草むらの上に寝かせた。


「お兄ちゃん…」


<奴が起きたぞ、備えろ>


内なる声の言う通り、衝撃で吹き飛ばされた巨人は起き上がり、ふらりふらりとこちらに歩いてくる。きっと静かな怒りを込めて。


「やってくれたじゃないか、小娘。どうやってイザベラ様の拘束を解いたのか知らないけどさ」


<来るぞ!>


内なる声の警告とほぼ同時、巨人が消えた。そして、祥子の背後に唐突に、転移した。


「後ろだ!」


考えるよりも先に、祥子の体が動いた。巨人の蹴りをひらりとかわし、前へと大きく宙返りをした。着地と同時に小さな光弾を多数自らの周りに発生させて、巨人へと飛ばす。


「そんな豆鉄砲、当たるわけな、っいだあ」全く狙いの定まっていないはずの光弾が次々と巨人に命中した。


「いてて!なんでったってあんなのが命中するんだ!?」祥子はさらに光弾を発生させ、巨人目がげて飛ばす。


「調子に乗るなよ、小娘!」巨人はバリアのようなものを全身に貼り、光弾を防ぐ。


しかし、その隙に今度は祥子が巨人の後ろに回り込み、蹴りを食らわした。巨人はたまらず吹っ飛ぶ。バリアは物理攻撃には無力らしい。


<おい、てめえ結構戦闘センスあんな。朴念仁のてめえの兄貴とは大違いだ>


「体が勝手に動いたわ。知らない技もいつの間にか使ってたし」


吹っ飛ばされた巨人は空中で体勢を整えた。しかしかなり痛そうだ。


「今のは本当に痛かったよ…でもちょっと手のうちを見せすぎだよ、お嬢さん!」


<くるぞ!油断するな!>


巨人はまたも消えた。転移するつもりだ。


「どこに『転移』してもすぐわかるんだから」

<そりゃ俺のおかげだろ>


巨人は真後ろに転移してきた。


<また後ろかよ!芸のない奴だな>


後ろへ回し蹴りを喰らわそうとしたが、巨人がいない。


「ここだよ、お嬢さん!」


巨人は『後ろ』、つまりついさっきまで祥子の正面に、いた。


<く!防御が間に合わねぇ、受身をとれ!>


「きゃあ!!」背中にエネルギー弾の一撃を受けて今度は祥子が吹き飛ばされ倒れ込んだ。


<寝てる暇ねえぞ、さっさと立て!>


「いたた、ひどいよ!」祥子は光弾を発生させようとしたが…


「あ、あれ?」


「『ロック』させてもらったよ。君の力は『可能性の制御』でしょ。低い確率の現象を必ず起こるようにする力だね。もうちょっと隠すべきだったんじゃない?」


<やべ、油断してんじゃねえよ!何で封じられてんだ!そう簡単に解除できねえぞ!!>


「そ、そんなこと言ったって」


<完全には封じられてねえ!飛べる!時間を稼げ!解除してやる!>


答える間も無く祥子は飛んだ。飛んだが、


「逃げられるわけないでしょ?舐めないでくれるかな?羽虫の分際で」


巨人は飛ぼうとした祥子の足を掴み、地面に叩きつけた。普通の人間なら即死レベルの攻撃だ。妖精は通常空間とは少しずれた次元にいる。物体同士の総合作用は通常電磁気力によるものだ。異空間方向にはあまり電磁気力は伝わらないため、通常空間にある地面と、異空間にいた祥子との相互作用は祥子が通常空間にいた時よりも小さくなり、その結果ダメージも小さくなる。それでも、重力よりかは電磁気力は異空間方向に伝わるため、ノーダーメージとは行かない。しばらく動けそうにないダメージだ。


<やべえ!>


内なる声は叫んだが、その叫びは祥子にしか聞こえない。いや、聞こえたところでどうなるものでもなかった。


「ちょっと手こずったけど消滅してもらうよ。勿論そこの『幼虫』もね」


巨人は大きく口を開けた。その奥が光り、どんどん光量が増していく。口から光弾を放ち、祥子を消滅させるつもりだ。祥子の命はもう数秒も残っていない。


その時だった。


「いったい何をしてるんだい!?」


大きな声がした。というより、ここにいるみんなの頭の中に響いた、と言った方が正確だった。その声がしたと同時にイザベラの後方に控える、イザベラの護衛の妖魔がひとしきり輝いていた。


声も発せぬはずの、木偶人形にすぎない、雑兵の妖魔が。

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