第十話 くだけた態度の護衛

「俺は羽林左監の周秀ジョウシュゥと言います。あざな叔英シューイン。帝の護衛役としてしょっちゅう傍にいることになるんで、以後よろしく!」

 ニカッ、と笑う、僕と同じぐらいの歳の男は、拱手をしながらそう言った。




 

 羽林騎は九卿の一つ光禄勲の属官で、皇帝の警護を務める官職だ。

 しかし、かなり態度がくだけた護衛だなあ。


「俺、あんまりかしこまった態度がとれないんだ。よく注意されるんだが、最近じゃ放置されてる」

 心を読んだかのように、叔英シューインは説明した。放置されてるんだ……。

「決してあんたを見下してるわけじゃないんだ。一応礼典では気をつけるから、目溢ししてくれるとありがたい!」 

「普段は礼についてはそこまで気にしなくていいよ」

 多分美雨メイユーのことがなかったら、立場が上だったのは彼だっただろうし。

「これからよろしく。僕のことはツァイと呼んでくれ。叔英シューイン、ということは、あんたにはお兄さんがいるのか?」

 成人した時につけられるあざなは、特に決まってつけられるわけではないが、長男は「伯」、次男は「仲」、三男は「叔」と、生まれた順によってつけられることもある。例えば藍大将軍は『仲卿』。『仲』は次男につけられる名だ。

 彼は『叔』がついているので、三男だということがわかる。

 叔英シューインはああ、と言って、少し困った顔をした。

「と言っても、孝武帝の時代に、父も兄も北胡との戦で、皆死んでしまったがな」

「……それは」

 

 孝武帝は北部の異民族――北胡との戦いにより名を馳せた。だがその被害は甚大であり、多くの兵士が戦死したという。

 その殉死者たちの遺児らを集めて軍人として育て上げたのが、「羽林孤児」だそうだ。叔英シューインは、「羽林孤児」なのか。

 一族で軍人として仕えているなら、美雨メイユー阿嘉アジャのためにも、ほかの家族とも交流を持っておきたかったが、浅慮だった。


「……変なことを聞いて悪かった」

「ん? ……ああ、気にしなくていいぞ。この時代、大切な人を亡くしているのはお互い様だろ」

 そう言って笑う叔英シューイン。実に爽やかだ。

 日焼けした浅黒い肌に、彫りの深い顔。服の上からもわかるほどがっしりと均等にとれた体格は、彼が武人であることを示している。

 対する僕は肌が白く、貧弱な身体付きだ。情けないことに、最初阿嘉アジャを抱えて歩くのも結構辛かった。多分家での力仕事は養母かあさんや花鈴ファーリンのほうがやっている。こういう男になりたかったな、と叔英シューインを見てしみじみ思った。


「ところで、随分時間がかかったんだな。護衛役の決定」

 藍大将軍から、羽林騎から護衛を決めると聞いてはいたが、あと数日で即位式というところでようやく決まったらしい。

「あー、今、頑丈なのが俺ぐらいしかいなくてなー」

 頑丈? と尋ねる僕に、「俺、毒には強いからな。酒も強い!」と叔英シューインが言う。……そういうことか。

 どうやらこの護衛は、毒味役も兼ねているようだ。

「そんで、帝は今どこに?」

「ああ。そろそろ……」


「聞いてよハオー!! 藍大将軍が……あら? お客さん?」


 この世で一番偉い人が来た。でも威厳ゼロなんだよなあ。


 ■


「羽林……って、光禄勲所属よね。じゃあ、ジャン光禄大夫について、何か知らない?」


 美雨メイユーの言葉に、いえ、と叔英シューインは言う。


「同じ所属でもそっちは文官ですから、俺はよく知らなくて。ただ、藍大将軍の右腕的存在であることは聞き及んでます」

「そうなの……あ、無理にかしこまらなくていいわよ。私、そういうの苦手だから」

「よっしゃ。じゃあお言葉に甘えて!」


 上に立つものとしてはダメな気がするんだけどなあ。ま、いっか。誰もいないし。


ジャン光禄大夫について、随分調べたみたいだけど、そんなにわからないのか?」

「そう。全然資料が残ってないの。蘭台でこれ以上調べるのには、手続きがあるみたい。さすがに即位式で忙しい時にするのもね。……別のことも気になってきたし」


 はあ、と銀でできた茶器を口につけて言う。


「で、懲りずに藍大将軍に会わせて欲しいって頼んだのか?」

「ううん、そっちはしばらく置いておく。そうじゃなくて、――私、見合いさせられるのよ」



 見合い。

 …………見合い?

 一瞬なんのことを言っているかわからず、頭の中で北斗七星と月と太陽が回る。


「はぁ――!?」


 現実に帰った瞬間、思わず大きな声が出た。美雨メイユーが思いっきり顔をしかめる。


「私だってしたくないわよ! でも、私には貴族との繋がりがほぼないから、ほかの貴族との縁を作っておけって……即位式終わったらさせられるらしいの」


 とにかく貴族との顔合わせをしたいみたい、と美雨メイユー

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