閑話 美雨の出生 前編

「私の詔により、そなたは河南侯として封じられた。皇帝として即位式を挙げるのは一月後だ」

 李太皇太后――月里ユエリーの言葉に、はあー、と私はため息をついた。二人きりでいる時は名前で呼んで欲しいと言われたので、私もそうしてもらった。

 今日、ハオはここに来ていない。私と月里ユエリーだけだ。

「いよいよ皇帝かぁ……皇帝か……」

「なんだ。ここまで来て嫌だとは言わせぬぞ」

「言わないわよ」

 あと一月。

 その前に、私はしておきたいことがあった。


「ねえ、月里ユエリー

「うん?」

ジャン光禄大夫、って、どんな方か知ってる?」


 私の言葉に、月里ユエリーの動きが止まる。


「……美雨の命を救った、当時の獄吏だな」

「そう。私の命の恩人」

 その方がいなかったら、私は今ここにはいない。だから、皇帝になる前にお会いしたい。

「皇帝になる条件に、そのお方に会うことを約束させたのだけど、あなたの御祖父様、一向に合わせてくれないの。だから会いに行こうと思って」

「……城から抜け出す気か?」

 はあ、とため息をついて、月里ユエリーは言った。

「まあ、城下町に暮らしておるようだから、道のりはそこまで危険というわけではないが。……会わせることはできぬ」

「どうして?」

「悪疾にかかっておるからよ」

 悪疾? 風邪ってこと?

「それならいつ治るかしら」

 私の問いに、月里ユエリーは重々しく答えた。


「……治らぬよ。二十年近くもかかっておるのだから」



 ■


 書物を保管する蘭台には、兵書や経典、史書の他に、官吏たちの経歴も記されている。

 棚に収められた多くの物は竹簡や木簡でまとめられているが、流石はお城。絹の巻物や、とても珍しい紙でできた地図もあった。


ジャン延年イェンニェン……いた」


 美雨メイユー、<蘭台>に 成功。あなたは『ジャン光禄大夫』の情報を手に入れた。なんちゃって。遊戯脳の私は、現実と遊戯をごっちゃにする系玩家プレイヤーなのだ。

 光禄大夫は、三公の下にある九卿の一つ光禄勲に属している。軍事を担当するのが大司馬(藍大将軍のこと)なら、行政や立法を担当するのが大司徒。ちなみに監察を担当するのが大司空。

 そして光禄勲の属官は、大夫・郎・謁者・期門・羽林に分けられている。元々宮殿の門を守衛する仕事から来ており、その殆どが皇帝の警護を担当する官職でありながら、大夫だけは政策を進言するのだ。

 ちなみに私の夫であるハオは九卿の一つ大司農(国家財政を担当)の吏員だった。超下っ端だ。


 ただ、卿大夫でありながら、ジャン光禄大夫は一度も朝議に出たことがない。

 彼にはもう一つの役職がある。『給事中』だ。これは顧問応対の仕事であり、今は藍大将軍の私設顧問的な立ち位置らしい。


「朝議に出なくても別にクビにはならないみたいだけど……彼と直接会ったことがある、って言った人はいなかったわね」


 藍大将軍以外。

 一体どういうことなのかしら。

 私は今度は、自分が投獄された当時の記録を辿ってみた。

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