第7話 家庭教師エリン・ビショップ
町を散策した次の日、俺は朝から正門前で、とある人物がやってくるのを待っていた。
昨日のことを考えただけで、なんだか苦い気分になる。大体自分がどういった目で見られているのかが分かったからだ。
それと、グレイドがどんな行動パターンを取っていたのかも薄々気がついた。町のゴロツキと大差なかったんだと思う。
気に入らない奴を見つけては絡んでいたんじゃないかな。なんかカンタが言うには、とにかく食ってかかることが多くて、いつも止めに入るのが大変だったとか。
「今日は大人しいっすね」なんて感心されたが、どれだけヤバい人格だったのかよく分かった。
正直、グレイドのありのままを演じることは無理だ。
俺は勇者と偶然出会い、影響を受けて少し大人になったという程でいくことにする。それでも、陰険かつキザっぽい性格は残した感じにしよう。あんまり変えすぎても不信がられるし。
そんなことばかり考えつつ正門前で待っていると、一台の幌馬車が道路奥から顔を出した。のんびりとした足取りの馬二頭が、幾分優雅に思える。
俺の後ろにはベテランの中年メイドと執事、それからカンタが並んでいた。幌馬車が正門を抜け、目の前を通りかかったところで馬が止まる。
幌に隠れていたその人は、思いのほか細身の体を翻すように馬車から降りると、優雅に一礼した。セミロングの紫髪と切長の眼鏡が、なんとなくできるOL感がある。
「貴方がグレイド様ですね。私はエリン。西方にございますガルガより参りました」
「いかにも。俺がグレイドだ。名うての魔法剣士と聞いている。よろしく頼むぞ」
「はい。申し訳ございませんが、先にご主人様にご挨拶をさせて下さい。その後、まずは剣の実技から始めていきましょう」
俺は静かに頷いた。グレイドは傲慢な男だ。会社員だった時みたいにペコペコしたらまずい。
背後にいた執事とメイドが前に出て、彼女を邸の中へと誘導していく。その間に他の従者が馬車を止める場所へと案内していった。
「坊ちゃん! いよいよですね。実は俺も、ちょっと混ざってこいと命令されまして」
カンタが少しばかり照れくさそうに頭を掻いていた。
「ああ、それは楽しみだな」
これは本心だった。一人だけで習うより、他にも生徒がいたほうが学びになる。
それに、俺はこれから自分だけではなく、より強い味方も作っていかなくちゃいけない。一年後に降り掛かってくる災難が、個人の力だけでどうにかなるとは思えない。
しかし、味方を作るのはどうしようかな。評判が最低クラスの俺が、今から信頼を得て仲間を作るって、ハードル高くない?
そう悩みつつ屋敷を眺めていると、二階の窓からこっちを除いているメラニーと目があった。
「あ!?」
ちっちゃい妹は、びっくりした声を出して顔を引っ込めた。かと思ったら、ちょっとだけ顔を上げてまたこちらを観察してるようだ。やたらと見られてるんだよなぁ。
もしかしてあいつ、グレイドの中身が変わったってことに気づいてるのか?
いや、流石にそれはないだろうと思いつつも、あの夢に出てきた女が囁いた言葉を思い出してブルリと震えた。
まあ、黙っていれば分からないはずだ。俺は少しだけ呑気な気持ちを取り戻しつつ、エリン先生が戻ってくるのを待っていた。
◇
どんな習い事も、勉強の類や仕事もそうだと思うが、初日っていうのはいわゆる肩慣らし。そこまで本格的には始めないというのが基本だと思っていた。
しかし、このティーチャーエリンは俺の常識とは異なる考えをお持ちらしい。すぐに庭へと連れていかれると、早速偽物の剣を渡された。素振りを教えてくれるようだ。
初めに馬車から持ってきた姿見を二つ用意し、俺とカンタの少し前に置いた。鏡を見ながらフォームを確認しつつ練習しろ、ということらしい。
「いいですかグレイド様。最初に私が基本の型をお見せします。まずはその型の通りに振ってみて下さい」
「分かった」
エリンが実際に見せてくれた動きは、真っ直ぐ上から下に剣を振る動きと、斜め下から上に振り上げる動き、水平に切る動作、あとは突きだった。
わりと最初からいろいろ動きを教えてくるので、俺は少々戸惑ったが、とにかく真似して振ってみる。そうしていると隣にいるカンタが、なんかめちゃくちゃなチャンバラをしていた。
「う、うらぁ! だあ! せい!」
「カンタさん。全然できてませんよ。それでは気合いだけです」
「え!? ま、マジっすか。おっかしいなぁ。ガハハ」
苦笑いをしつつも、カンタはめげずに素振りを再開していた。さて、俺もしばらくやってみるか。
エリン先生の真似をすればいいのだから、まずはさっきの動きを一つずつ思い浮かべてみる。記憶力には自信があったので、すぐに思い出すことができた。ただ、なんとなくの真似では駄目だろう。
呼吸、タイミング、重心、速度といったあらゆる要素を思い描き、再現するように剣を振る。
レプリカでしかない剣が、ブレずに白い線を描きながら垂直に触れたような気がした。
「……」
動きを見たエリン先生は、何も言わずに黙っている。あれ? もしかして違ったかな。その後も先生が行っていた動きを思い出し、一つずつ再現していった。
やっぱり普段から鍛えていなかったらしく、グレイドの体はすぐに剣の重みに悲鳴を上げ始める。
しかし、この程度で根を上げるわけにはいかない。強くならなくては生き残れない。今の俺は、そういう存在だ。
「失礼ですがグレイド様。どこかで剣を習ったことはありましたか?」
「いや、今回が初めてだが」
「そう……ですか」
「どうかしたか?」
「いえ。今日は素振りの後は軽く掛かり稽古もしてみましょう。カンタさん、休まないでください」
「あ! う、うす!」
カンタが少しでもサボっていると、躊躇なくエリン先生は注意してくる。厳しい教師っていう感じだが、なかなかに教わりがいがありそうだ。
その後、俺は初めての剣の練習に明け暮れ、夕方頃にはぶっ倒れていた。はあはあと息をしながら、全身の痺れが心地良いことに気がつく。
「これが剣の修行か……悪くない」
カンタもまたへばって倒れている。二人を眺めるエリン先生は、呆れるというよりも注意深く観察しているようだった。
俺達の特訓は、こんな感じで始まったのだ。
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