第44話 国譲り作戦

 作戦はブルーフィングの行われた翌早朝開始された。

オーブリオン家地下、太古の世界への扉は再び開かれた。

人型重機の連続稼働時間は1時間。それは今も昔も変わらない。

それ以上動かせば搭乗員は死亡する。

それ故に今回は戦力を3つに割っての侵攻になる。

時差をつけて動き、少しでも兵の負担を軽くしつつ、侵攻のスピードを速める。

人型重機が稼働できない時間帯は戦車が防御にあたる。これが基本戦術である。

そして戦闘は始まった。

百目部隊に先行したのはソミュアやB35を中心としたフランス戦車部隊だった。だが、目前に拡がる被子植物の森に阻まれ進軍は止まる。そこをイグザインが刀で切り開き、ヤクトツェンタオアが履帯で倒れた木々を踏みしだく。走破能力の高い履帯を持つ戦車を凌駕する機動性は人と同じ自由度の高い足を持つ人型重機イグザインならではだった。さらに変形する足を持つヤクトツェンタオアは四つの履帯と二つの履帯を切り替えることにより、走破能力と高速性を両立させた。その兵器の未来を感じさせる二種の車両が古代の森を切り開き突き進んだ。その進む先に立ちあがる煙が見えた。煙とともに硝煙の臭いが漂ってきた。

「あの煙の辺りはボルドー港の地下周辺です。ボルドー港の入り口から侵入したソ連とアメリカの部隊です。彼らの救助も任務の一環です。生き残りがいればですが」

進軍する時田の重機にキャスリーンの重機が近寄ってきた。

コックピット内にこもる熱気と湿気を抜くためコックピットハッチを開けていた時田は、同じくハッチを開けていたキャスリーンと直接対話した。

「本格的な戦闘の前に救助作戦とは、無茶を言います。戦車隊に任せるわけにはいきませんか」

時田はすかさず答える。戦闘の前に貴重な兵力にあまり負担をかけるわけにはいかなかったからだ。

「戦車隊だけでは不安が残ります。この地には恐竜がいますから、デリケートな動きが必要な救助には人の手が必要です。戦車の機動力では恐竜の動きにはついて行けません。人型重機は絶対に必要です。それに今日中には目的地にはたどり着きません。攻撃は明日になります。」

「いや、僕は攻撃されることを恐れているんだけどね」

「おそらくそれはありません。彼らには連続して戦闘を行えるほど弾薬はないと聞いております。弾薬の生産が終わるまでは積極的な攻撃に出てくることは無いと思います。

私はそう伺っております」

時田はキャスリーンの言葉を聞いてはたと気づいた。

アメリカとソ連の部隊は人身御供にされたのではないかと。本体である、百目と石切場の賢人の人型重機部隊が攻撃する前に、アメリカとソ連の部隊を投入し、敵の兵站を少しでも割くための人身御供にされたのではないかと思ったのだ。

だとしたら、恐るべきは石切場の賢人である。そして百目も利用されているのではないかという不安が再び持ち上がってきた。

だがその不安を抱えつつも、ここまできたら、まな板の上の鯉同様に覚悟を決めなければならなかった。指揮官が動揺すると部下にもその動揺は拡がる。

時田は不安を忘れ、任務に集中することにした。だが、警戒はする。

警戒はしつつ全力で戦うことを決意する。

「言いたいことはわかるが、各個撃破の絶好の機会だよ。僕なら全力で叩く。籠城戦は愚策だと思うよ」

時田は正論で反論した。

「それでも敵は攻撃してこないと思います。オーブリオンの当主はそう申しておりましたから」

「なんだ、それは?」と時田は思った。いくら当主とはいえ、仮にも軍人が、軍事の素人のオーブリオンのそんな言葉を信じるなど正気の沙汰ではなかった。

ある意味で宗教に似ていた。そんなキャスリーンと時田の会話を聞いて、アウグスト・ケスラーは不安を感じた。

「お前、頭いかれちまったんじゃないのか?どういう理屈だよ。オーブリオンが敵とつながってでもいない限り、そんなこと言い切れるわけないだろう。それとも敵にスパイでもいるのか?」

「私は当主のおっしゃる言葉を信じるだけです。当主が発言する時、その言葉は常に当を得ています。今まではそうでした。おそらくこれからもそうでしょう。宗教と言われれば、宗教に近いかもしれませんが」

キャスリーンの声には言葉は丁寧だったが、アウグストへの反発が感じられた。

「お前にだけは説教されたくない」という意思が感じられた。

時田はこれ以上会話が続くと親子喧嘩が始まると感じた。二人の会話を止めるために再び口を開いた。

「キャスリーン大尉。貴方の分隊は我々と石切場の賢人の本体との間をつなぐといったが他にも任務があるのでは?さもなくば、何かを隠しているか、僕にはそんな気がしてならないのだけど」

キャスリーンの返答はすぐにかえってきたが、その声音には異質な物が感じられた。

「何も隠し事はありませんよ。強いて言えば私の隊は予備兵力になると言うことだけです」

「まあ、それならいいでんですが。ともかくも人型重機の操縦は兵に異常な負担をかけます。余計な仕事は受けたくはないですが、人命救助と言うことなら仕方が無いでしょう。

ただし、極力歩兵に動いてもらいます。重機隊は支援に徹しますから、そのおつもりで」

こう答えはしたが、時田は救助任務を否定しているわけではない。むしろ救える命は救うべきだと考えている。時田はもともと特攻隊崩れでいつ死んでもおかしくない身であった。それだけに助けられる命は助けてやりたいという気持ちがあった。しかし、大人しく言うことを聞いていたら作戦中どんな無茶を言い出されるかわからなかった。そのために釘を刺したのだ。

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