第18話 決着3
セーヌ川に即して各重機は疾走した。爆音が空に鳴り響き水上機「二式大艇」が今まさに着水しようとしていた。すでに本作戦の根幹、「ルーブル美術館」潜入部隊は到着していた。どこで手に入れたのかバイクを走らせるダニエルの姿も見えた。
続々と集合する百目のメンバー。残るはⅤ号重機ツェンタオアの時田とアウグストを残すのみだった。その頃ツェンタオアのコクピット内部では揉めていた。
「アウグスト中尉、今度こそ脱出します」
時田がアウグストに声をかけていた。しかしアウグストはそれを拒んだ。
「俺はこいつと一緒だ。足がいかれてもう動けねえ。追っ手が来たら俺が援護する。折角拾った命なんだ、大事にしろ。早く逃げろや」
時田は微笑んで返答した。
「中尉、そんなに格好つけないでください。中尉の見た目はお世辞にも格好良いとは言えません。そんなに粋がっても誰も格好良いとは思ってくれませんよ。今は生き延びて次に備えましょう」
アウグストはさらに返答する。
「じゃあ、お前が死に急ぐのを辞めると約束するなら生きよう。どうだ?」
時田は笑わずにはいられなかった。そしてアウグストの気遣いに感謝した。
「わかりました。共に生きましょう。助けますよ」
そう言って時田はアウグストを抱えようとした。が、重かった。
「ははっ、重いだろう。俺は120キロあるからなあ。しかも足がいかれて歩けねえ。担いでもらおうか」
と快活に笑った。
「助けるって言ったの、もう後悔しました」
時田も笑顔で返した。
百目と石切場の賢人、重機部隊の戦闘は終わったが今度は新たな危機が待っていた。フランスの軍と警察である。作戦開始前に根回しをして出動を遅らせる工作はしていたが、市街地であれだけはでに立ち回りをすれば当然のことである。
集合地点にはほぼ全員が集結を終えていた。唯一人、重機同士の戦闘を観察し、指示を出していた工作員のみ欠けていた。だが、この一人のために全体を危険にさらすわけにはいかない。捕虜になっているのであれば、今後の交渉次第、戦死しているのであればやむなし、そう判断し残った全員の命を優先する、そういう決断を帯刀はしなければならなかった。
低いエンジンを立てて脱出用の二式大艇がセーヌ川へと着水を始めた。
「予定通り全重機は廃棄。爆破せよ」
その帯刀の命令を合図として全ての重機にあらかじめ仕掛けられていた自爆装置が作動した。黒煙と熱を掃きだし各重機は爆発した。その爆発に注意を引かれ、フランス軍、警察は二式大艇への接近が遅れた。その間に百目部隊はやすやすと脱出に成功した。
「中佐、重機はあれで良いので?内部の機械は壊れますが、装甲は残りますが」
「あの金属の精製は日本とドイツしか出来んし、鉱石もフランスにはない。サンプルはあっても造れないのでは意味は無いさ。それに石切場の賢人からフランス政府に渡れば同じ事だ。それより今は戦友の魂に祈ろう、戦いに巻き込まれた民間人の無事を祈ろう」
帯刀は高度を上げる二式大艇の窓の外を眺めつつ、声をかけた百目の隊員に返事をした。
しばしの鎮魂の時間が流れた。そして戦士たちは安堵の時間を取り戻した。
「坊主、おかけで助かったぜ」
アウグストが改めて時田に声をかけた。
「アウグスト中尉、自分はもう二度と助けませんよ」
「いいや、俺の足は当分駄目だ。お前さんにゃあ、下の世話も頼もうかなあ」
「本当に後悔しました」
二人の親子ほども年の違う軍人の間には本当の信頼が生まれていた。そして二人の会話はその場にいた全員の心をほっとした物にさせていた。だが事態は急展開した。
「頭上に敵機」
戦場より脱し安堵感を感じ始めていた機内に再び緊張が走った。機長が再び叫んだ。
「フォッケウルフでもヤコブレフでもありません。あの機影は・・・ムスタングです。こいつではP51からは逃げられません」
帯刀はコクピットに向けて声をかけた。
「心配するな。このまま直進」
その時ムスタングが威嚇射撃を仕掛けてきた。
「ムスタングは着地を指示してきています。中佐、如何いたしますか」
緊張と恐怖をはらんだ声で機長が声を上げた。
「敵は無視して大丈夫だ」
その言葉を証明するように、ムスタングとは別のエンジン音が響いてきた。そのエンジン音はムスタングに向かって行った。
「知らない機体です。初めて見ます。あっ、ムスタングと戦ってます」
「言ったろ、味方が来てるんだよ」
機長が知らないと呼んだ機体はムスタングを圧倒した。速度、旋回性、火力全てで上回っていた。
どんっと音が響いた。ムスタングが煙を噴き、引き返していく姿が見えた。
「すげえ、ムスタングを圧倒した。中佐、何ですか、あの機体は」
機長が感嘆の声を上げた。
「あれはⅦ号重機、伊400潜から発進した我々の護衛機だよ。俺は疲れたから寝る。機長、後は任せる」
帯刀の言葉に一同再び安心した。一番安心したのは機長であったが。
帯刀は夢を見た。暗黒の中に一人たたずみ闇の中に体が沈んでいく夢だ。子供の頃に見たどんな悪夢よりも恐ろしく不安が心に満ち誰かに助けを求めたくても声が出ない、そんな夢だ。次第に闇に体が沈み、あとは頭だけが残った。このまま闇に飲まれて死ぬのか?そういう思いが頭をよぎった。足に何かの感触を感じた。人の手であるようである。
「そうか、この腕は俺が殺してきた連中の腕か」なぜか、そういうことが帯刀にはわかった。「どうせ、家族もいない身だ。このまま死ぬのも良いか」
そう思った瞬間だった。突然夢の世界から引き戻された。
「中佐、お休みの所申し訳ありませんがお話しがあります」
声をかけたのはレオンだった。
「すまん、本当に寝てしまったようだ」
帯刀は詫びていた。それはレオンに対してではなく、夢の中のこととは言え弱気になったことを部下全員に詫びた物だった。その真意を悟る者は誰もいなかったが。
「そうだった。家族はいないが俺には大勢の部下がいた彼らの今後のことを考えていかなければならない、それが終わるまで死んでいる暇はない」
これが帯刀の心の内だった。
「で、どうした」
「中佐、自分レオン・バレル中尉とダニエル・バロー曹長は百目を離脱し、祖国へ帰ろうと思います。つきましてはその許可と次の経由地にて下船の許可をお願いいたします」
レオンとダニエルは同時に深々と頭を下げた。
「フランスへ帰って何をするつもりか」
数秒の時を置き帯刀は答えた。そして返答したのは若いダニエルだった。
「自分たちはパリのあの状況を見て祖国の復興に一役買いたくなりました。誠に図々しお願いではありますが、離脱に際し若干の路銀を頂ければ有り難く存じます」
この図々しい願い出にレオンは顔を青くし他の者は大笑いした。帯刀も苦笑を禁じ得ず笑いながら答えた。
「戦時に軍からの離脱を願い出るだけで常識外れだが、その上金までせびるとは、図々しいにもほどがあるな。だが、たった今のその言葉でお前という人間性が良くわかった。
これから、よりわかり合え、強い部隊になろうと言うときに、全く残念なことだ。
だが、明石大佐から諸君の好きなようにさせろと命令が下っている。ついでに路銀も預かっている」
帯刀の言葉に嘘はなく、二人の離脱は帯刀の構想している重機部隊には言葉通り非常に痛手ではあったが、祖国復興の礎になりたいという二人の思いは痛いほど良くわかり、引き留めることはとても出来なかった。
「わかった。次の寄港地で君らを降ろす。だがそこから先は援助は出来ん。自力でフランスへ向かってくれ。そして他の諸君も彼らを止めるのは無用、好きにさせてやってくれ」
フランスの荒廃はドイツにも大きく原因がある。先の大戦がなければ、ドイツがフランスに攻め入らなければ、フランスは裏はともかく表向きは平穏な国でいられるはずだった。
しかし世界情勢はそれを許さず、戦争を仕掛けた側も仕掛けられた側も相応に被害を受けていた。それはここにいる全員、フランス人もドイツ人も日本人も皆同じだった。それ故に祖国を復興させたいという思いをだれも止めることは出来なかった。
特にドイツ人の三人は攻めこんだ国の人間だけに責任を感じ余計に何も言えなかった。
しかし以外にもレオンの副隊長就任に不満を持っていたエゴンミュラーが手を差し出した。
「あんたには複雑な思いがあったが・・・だが、今はあんたたちの活躍に感謝している。無事の帰国を祈る」
レオンはためらわず堅く手を握り返した。お調子者のダニエルは握手した途端に全力で相手の手を握りつぶそうとしたが握力はエゴンミュラーの方が遙かに上で、逆に痛い目を見ることになった。
「これをやろう。忍び秘伝の丸薬だ。特に食あたりに効く。水や食べ物が体に合わないときに使うと良い」
そういったのはルーブル潜入部隊の長、黒葉真風だった。こうして早々と皆別れの挨拶を交わした。そして某所。離れ小島と思われる様相に密かに小さな船着き場があった。
二式水戦が係留されているところからしてかつての日本海軍の基地であるらしかった。
燃料補給のための寄港である。ここで二人のフランス人は袂を分かった。おそらくは今生の別れになるだろう事は誰もがわかっていた。だがそれを口に出さず、あえて笑顔で分かれる。そしてゆっくりと離岸し、水上を滑走する二式大艇に二人は帽子を振って最後の別れを遂げた。不安と希望をその胸に秘めて。
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